観測にまつわる問題

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ハタは和語ではないのか?(八幡浜地名考)

2019-03-04 23:15:20 | 日本地理観光
愛媛県の地名八幡浜(ヤワタハマ)の語源ですが、大分県の宇佐神宮は全国に約44,000社ある八幡宮の総本社で、伊予(特に南予)と宇和海を挟んで対岸の豊の国は関係が結構深いですから、八幡(はちまん)神に由来すると思います。製鉄所が有名ですが、北九州にも八幡の地名はありますね。神名「八幡」は「やはた」が古名なのだとか。ここで宇佐の語源ですが、宇佐とは麻で三母音(琉球語)の名残でア→ウの転訛だという説があるようで(宇佐神宮 玄松子の記憶)、筆者は当たってるような気がします。そうだとしたら伊予の謎地名宇和はアワで宇摩はアマになるのですが(特に前者はありがちな日本の地名でそれっぽいような)。

幡はサンスクリット語のパターカー(patākā)という言葉に由来する仏具で、日本の宗教は元来は神仏習合でした。ハタは秦氏、八幡神は新羅と結び付けられ渡来系のイメージが半ば定説化していますが、筆者は俗説に近いのではないかと思います。ハタは元来多岐に渡り使われる和語ではないでしょうか?ハタは動詞としては「はためく」でも使われ、「はた」は擬音語とされ、①鳴り響く②ひるがえる③ゆらゆら動くの意があるようです。中国も朝鮮も仏教発祥の地ではなく、パターカーが日本に伝わり、和語のハタに似ていると日本人が捉えたのだと考えます。有名な渡来系氏族秦氏に関して言えば、日本書記の記述から百済説(「弓月」の朝鮮語の音訓が、百済の和訓である「くだら」と同音・同義であることから、「弓月君」=「百済君」と解釈できる。また『日本書紀』における弓月君が百済の120県の人民を率いて帰化したとの所伝もこの説を補強する)は尊重すべきと思いますが、一度にそれほど大量の移民があったかは疑問でしょう。あったとすれば、ハタ=パタで朝鮮語で海を指し、渡来人全般を指した可能性の方がありそうです(三井寺>連載>新羅神社考>福井県の新羅神社(1))。ただ海という氏はないと思いますからそれもどうかという気もするんですが。それより波多とか羽田も一部そうらしいですが、ハタに異字が多過ぎるような気がします。またハタは和語で畑か端田のような気がしないでもありません。漢字に意味があるとすれば、秦韓だと思いますが、

他にハタと言えば機織(はたおり)もあります。機=ハタになっていますが、これも元々はひらひらした反物を和語でハタと表現したと理解するのが素直と思います。機織が日本発祥のはずはありませんが、外来語が由来ならキになると思います。七夕(たなばた)が「しちせき」でない謎がありますが、バタ(ハタ)はひらひらしたものと考えると日本独自とされる短冊の風習が理解しやすくなります。また元は棚機(たなばた)で織姫をイメージしたと思えます。七を宛てたのは勿論7月7日が理由に違いありません。

ハタハタという秋田県の県魚がありますが、ハタハタは古語では雷の擬声語で、現代の「ゴロゴロ」にあたるのだそうです。ということは当初パターカーをハタと言っている内にハタがヒラヒラのイメージに変わっていき、そのイメージがついて使いにくくなったので、ハタハタをゴロゴロに変えたのかもしれません。恐らくハタハタは深海魚ですからそれほど起源が古いものではなく、非常に大きい胸ビレのイメージがハタではないかという気もします(通説は秋田で雷が多い11月に獲れるから雷魚(カミナリウオ)の意だそうです)。鳥取県ではシロハタと呼ぶほか、カタハ、ハタと呼ぶ地域もあるそうです。


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