愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

家族や他人の呼び方

1999年10月21日 | 八幡浜民俗誌

 八幡浜市釜倉の昭和三年生れの老婦人に聞いた話だが、昭和十年頃までは父、母のことを「トット」、「カッカ」もしくは「オトッツアン」、「オッカサン」と呼び、兄は「アンチャン」もしくは「アンヤン」、姉は「ネエチャン」と呼んでいたという。私のイメージでは「オットウ」、「オッカア」なのかと思っていのだが、そうは呼んでなかったようで、「それは時代劇やまんが日本昔話の世界だ」と老婦人に言われてしまった。その次の世代、つまり昭和十年代以降には「トウチャン」、「カアチャン」が一般的となり、昭和四十年代から「オトウサン」「オカアサン」と呼ぶ家庭が徐々に増えはじめ、現在では、「パパ」、「ママ」が主流となっているようである。私事ではあるが、先日、娘が誕生した。娘に自分をどう呼ばせればよいか悩んだが、時代の流れに沿って「パパ」を採用しようかと思っている。
 このように、時代、世代とともに親族の呼称は変化している。『日本国語大辞典』(小学館)によると「ツマ(妻)」という言葉についても、古代には「夫」の漢字で「ツマ」といっていた例がある。「ツマ」は側にいる者という意味らしく、昔は招婿婚だったので、女性中心に夫を「ツマ」と呼んだのだろう。現在、普通一般に、妻という言葉を使用しているが、「夫の側にいる者」の意味で、男性中心の見方から来た呼び方なのである。 話はかわるが、人の呼び方に関して、八幡浜地方独特の方言に「ワレ」、「ワレラ」という言い方がある。標準語であれば、当然「自分」、「自分達」を意味するが、八幡浜ではそうではなく「お前」、「お前達」の意味である。日常的に使う言葉ではなく、少々喧嘩腰になったときに、相手に向かって発する言葉である。目下の者に対しても使用する言葉である。あまり上品な言い方ではない。
 この方言は実に不思議なものである。通常「ワレ(我)」は自分を表す一人称であるが、八幡浜では相手を表す二人称として使用されるからである。
 ところが、古い時代の文献を見ると、例えば鎌倉時代初期成立の説話集『宇治拾遺物語』十の十に「この僧に問ふ。我は京の人か。いづこへおはするぞと問えば」とあり、相手の僧侶に向かって「ワレ」を使用している。鎌倉時代には既に存在した用法であるが、これは中世以降、江戸時代までの文献に散見できる。
 このように見ると、八幡浜の「ワレ」という方言は、古い日本語(標準語)の名残りと見ることができる。しかし、今の若い世代はこの言葉はほとんど用いていない。いずれ消えゆく言葉なのかもしれない。

1999年10月21日掲載
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