愛媛の伝承文化

大本敬久。民俗学・日本文化論。災害史・災害伝承。地域と文化、人間と社会。愛媛、四国を出発点に考えています。

方言「おちょっぽ」

2001年03月29日 | 八幡浜民俗誌
方言「おちょっぽ」

 郷里を離れると、誰しも自分の方言を意識してしまう。普段何気に使っていた言葉が地元を離れると通じないことを発見し、驚きを感じるのだ。私の場合、高校を卒業して郷里を離れ、東京で大学生活を送る際に愛媛の方言を再認識させられたが、就職して愛媛に戻った後、愛媛県内各地の出身者と交流する中で、愛媛の中でも八幡浜出身者にしか通じない方言が多いことも発見させられた。その方言の代表的なものを挙げてみると、「にやす」、「ぞぶる」、「ひなち」、「つべ」、「おちょっぽ」というところであろうか。これらは八幡浜とその周辺でのみ通じる言葉である。簡単に意味を説明すると、「にやす」は、なぐるという意味であるが、それよりもニュアンス的には強く、打ちのめすといった感じである。「ぞぶる」は「どぶる」とも言い、川の水に入ることを意味する。「ひなち」は日、期日、日どりの意味で「日にち」が訛ったものである。「つべ」はお尻のことで、運動会の競争で最後の者をビリとは言わずに「つべ」と呼んでいた。ただし、日本国語大辞典によると、これは四国各地で聞くことのできる方言だということである。
 さて、八幡浜人にしか通じない究極の方言は「おちょっぽ」ではないだろうか。これは正座することを意味し、家では親に、そして学校では先生に叱られると「おちょぽしなさい!」とよく言われたものである。東宇和郡城川町にてこれを使用する例を確認している以外、八幡浜、西宇和郡以外では類例を知らない。「おちょっぽ」に類する方言としては、温泉郡重信町に「おちゃん」という言い方がある。これは今ではかなり高齢の人しか使っていない言葉であるが、語源については不明である。
 さて、南予地方には正座することを、「おつくなみ」とか「おつくやみ」と言う地域がある。これも今では高齢の方のみが使用する方言であるが、伊方町九町越では「おつくなみ」、北宇和郡三間町音地では「おつくやみ」という。同じ正座を意味する「おちょっぽ」よりも格式ばった言い方だということである。この方言の語源は「つぐなむ」という古語で、身をかがめるとか、しゃがむといったもともとの意味があり、これが現在では中国、四国地方に方言として残っている。高知県では「きちんとすわる」の意味で「つぐなむ」という方言が使われている。推測の域を出ないが、八幡浜の方言「おちょっぽ」は「おつくなみ」を砕けさせた言い方なのではないだろうか。「おつく」プラス「っぽ」が訛って「おちょっぽ」になるといった具合である。つまり、かつては正座の方言には丁寧語の「おつくなみ」、日常語の「おちょっぽ」の二種類が存在していたものの、「おつくなみ」は次第に使われなくなり、「おちょっぽ」のみが現在残ってしまったと言えるのではないだろうか。

2001/03/29 南海日日新聞掲載
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