昨日はツアー二回目のお休み。コインランドリーで洗濯です。洗濯の量が半端じゃありません。半日かかりました。
この三日間、夕食はホテル内で済ませました。外に出ていく元気が少し・・・。でも、ホテルには温泉もあるし、屋久島の焼酎「三岳」をボトルにして飲み切りましたよ。ツアー後半戦に向かって楽しみます。
12月2日 鹿児島北部子育て支援センターなかよしの
この7月に開所した北部地区での子育て支援センターでのコンサートです。50組募集したそうですが、定員を越えている?かも知れません。ホールいっぱい親子です。
コンサートと聞いてみるだけ、聞くだけ、その場だけ、テレビの「お母さんといっしょに」のように手あそび、あそびうたを楽しむと予想していた親さんが多かったのでしょうね。私の場合は、その場でも子どもに関わりながら高い高いやブランコやからだをいっぱい動かして、そのうちに立って歩いて走って、汗だくになって「楽しかったね」をいっぱい感じるようなつながりあそびですから、初めての経験だったでしょうね。戸惑いながらも子どもたち、お母さんたちの笑顔が嬉しかったです。
最後に『おなか』をうたいあそびながら、子どもの帰る場所は親さん、親さんたちが帰る場所は、子育て支援センターや親仲間、子育て支援センターの先生たちが帰る場所は親さんや働く仲間の中だよね、なんて言う話をさせてもらました。
終了後,写真撮影を求められたり、以前、研修やコンサートでお世話になった桜ヶ丘養護学校の先生が母親として参加してくださり、楽しみにしていたということを伝えに来てくれました。子育て支援センターの保育士さんたちも喜んでいましたよ。
11月30日 鹿児島子ども療育センター30周年記念「感じよう平和・笑顔いっぱい キラキラ☆コンサート~つながり、守り、育んだ30年!~」
今回のツアーのメインのコンサートです。コンサートと名付けた記念式典と仲間たちのお祝の文化行事の30周年記念事業の一環です。
30年前、自宅を開放して始まったあすなろ療育相談室から、30年間で療育関係施設が140ヶ所を越える数に増えました。その中心になったのが鹿児島子ども療育センターであり、園長の大迫より子さんです。そして当事者である親さんであり県通連(鹿児島県発達支援通園事業連絡協議会)の仲間たちです。自治体の中でも積極的に関わったところもあります。
コンサートのスタートは「太鼓集団 蒲生郷 太鼓坊主」のプロと間違ってしまうほどの演奏、療育センター開設当時から、生の音楽を子どもたちに、という願いに応えてきました。
続いて実行委員長の挨拶。「療育センターも保育事業や学童の場づくりに取り組み、新たなステージを迎えています。一方で憲法改悪や原発再稼働、保育制度の崩壊等の動きもあります。来月の総選挙ではこれらの安倍政権のすべてが審判され、未来の子どもたにとって『生きることが光になる』平和な豊かな社会づくりの契機になることを願っています」と。(記念部集より)、
続いて、4人の親さんたちの語りとスライドによる「鹿児島子ども療育センター物語」。バックにはヴァイオリンが静かに流れていましたよ。物語の最後には、療育を県下に広げるときに長編アニメ「ぞう列車がやってきた」の上演運動が展開され、その時に歌われた「ぞう列車」の2曲が子どもたちや地域の保育園・合唱団・うたごえサークルの仲間たち150人以上で歌われました。
感謝状贈呈の後は4人の卒園児により「将来の夢」が語られました。
療育センターの仲間たち「むぎのめジャンベ隊」の楽しい演奏に続いて、ラストは私の出番で、療育センターの仲間たちに贈った『強くやさしく人らしく』『あしたへレッツ・ゴー!』の初演も含め、『ワッショイワッショイ』『晴れた日には』『手と手と手と』など、リクエストで30分間、会場のみなさんとうたい踊りました。ピアノも音楽療法士のNさんがナイスな伴奏をつけてくれました。「元気が出たよう」「また明日頑張れる」などの声が寄せられました。『手と手と手と』は大迫さんをはじめ仲間たちが一番苦しかったときに、自らを奮い立たせるために子どもたち、親さんたちとうたった歌だそうです。もう一度、こういう作品を取り上げて良いのかなと思いました。
今回は療育の仲間として出演だけでなく、音響も担当、400人を超える参加者にメッセージ、うたごえが届くように頑張りましたよ。徳島市の学童っ子まつりも400人規模だし、明後日の鹿屋養護学校コンサートもあるし、少し大規模な参加者に対応できる音響を持参しているので、担当させてもらいました。こういう活動、音響というか、裏方も楽しんじゃうのです。また、実行委員の二人の青年が音響についてくれて、音響のことも知っていて、よく働いてくれて助かりました。少しでも自分のできることで、仲間の一員になれるのが嬉しいのです。
屋久島でのドラマは次号に。
この三日間、夕食はホテル内で済ませました。外に出ていく元気が少し・・・。でも、ホテルには温泉もあるし、屋久島の焼酎「三岳」をボトルにして飲み切りましたよ。ツアー後半戦に向かって楽しみます。
12月2日 鹿児島北部子育て支援センターなかよしの
この7月に開所した北部地区での子育て支援センターでのコンサートです。50組募集したそうですが、定員を越えている?かも知れません。ホールいっぱい親子です。
コンサートと聞いてみるだけ、聞くだけ、その場だけ、テレビの「お母さんといっしょに」のように手あそび、あそびうたを楽しむと予想していた親さんが多かったのでしょうね。私の場合は、その場でも子どもに関わりながら高い高いやブランコやからだをいっぱい動かして、そのうちに立って歩いて走って、汗だくになって「楽しかったね」をいっぱい感じるようなつながりあそびですから、初めての経験だったでしょうね。戸惑いながらも子どもたち、お母さんたちの笑顔が嬉しかったです。
最後に『おなか』をうたいあそびながら、子どもの帰る場所は親さん、親さんたちが帰る場所は、子育て支援センターや親仲間、子育て支援センターの先生たちが帰る場所は親さんや働く仲間の中だよね、なんて言う話をさせてもらました。
終了後,写真撮影を求められたり、以前、研修やコンサートでお世話になった桜ヶ丘養護学校の先生が母親として参加してくださり、楽しみにしていたということを伝えに来てくれました。子育て支援センターの保育士さんたちも喜んでいましたよ。
11月30日 鹿児島子ども療育センター30周年記念「感じよう平和・笑顔いっぱい キラキラ☆コンサート~つながり、守り、育んだ30年!~」
今回のツアーのメインのコンサートです。コンサートと名付けた記念式典と仲間たちのお祝の文化行事の30周年記念事業の一環です。
30年前、自宅を開放して始まったあすなろ療育相談室から、30年間で療育関係施設が140ヶ所を越える数に増えました。その中心になったのが鹿児島子ども療育センターであり、園長の大迫より子さんです。そして当事者である親さんであり県通連(鹿児島県発達支援通園事業連絡協議会)の仲間たちです。自治体の中でも積極的に関わったところもあります。
コンサートのスタートは「太鼓集団 蒲生郷 太鼓坊主」のプロと間違ってしまうほどの演奏、療育センター開設当時から、生の音楽を子どもたちに、という願いに応えてきました。
続いて実行委員長の挨拶。「療育センターも保育事業や学童の場づくりに取り組み、新たなステージを迎えています。一方で憲法改悪や原発再稼働、保育制度の崩壊等の動きもあります。来月の総選挙ではこれらの安倍政権のすべてが審判され、未来の子どもたにとって『生きることが光になる』平和な豊かな社会づくりの契機になることを願っています」と。(記念部集より)、
続いて、4人の親さんたちの語りとスライドによる「鹿児島子ども療育センター物語」。バックにはヴァイオリンが静かに流れていましたよ。物語の最後には、療育を県下に広げるときに長編アニメ「ぞう列車がやってきた」の上演運動が展開され、その時に歌われた「ぞう列車」の2曲が子どもたちや地域の保育園・合唱団・うたごえサークルの仲間たち150人以上で歌われました。
感謝状贈呈の後は4人の卒園児により「将来の夢」が語られました。
療育センターの仲間たち「むぎのめジャンベ隊」の楽しい演奏に続いて、ラストは私の出番で、療育センターの仲間たちに贈った『強くやさしく人らしく』『あしたへレッツ・ゴー!』の初演も含め、『ワッショイワッショイ』『晴れた日には』『手と手と手と』など、リクエストで30分間、会場のみなさんとうたい踊りました。ピアノも音楽療法士のNさんがナイスな伴奏をつけてくれました。「元気が出たよう」「また明日頑張れる」などの声が寄せられました。『手と手と手と』は大迫さんをはじめ仲間たちが一番苦しかったときに、自らを奮い立たせるために子どもたち、親さんたちとうたった歌だそうです。もう一度、こういう作品を取り上げて良いのかなと思いました。
今回は療育の仲間として出演だけでなく、音響も担当、400人を超える参加者にメッセージ、うたごえが届くように頑張りましたよ。徳島市の学童っ子まつりも400人規模だし、明後日の鹿屋養護学校コンサートもあるし、少し大規模な参加者に対応できる音響を持参しているので、担当させてもらいました。こういう活動、音響というか、裏方も楽しんじゃうのです。また、実行委員の二人の青年が音響についてくれて、音響のことも知っていて、よく働いてくれて助かりました。少しでも自分のできることで、仲間の一員になれるのが嬉しいのです。
屋久島でのドラマは次号に。