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つながりあそび・うた研究所二本松はじめ

二本松はじめ(ピカリン)の活動予定や活動報告、日頃、考えていることなどを書きます。研究所のお知らせも掲載します。

抱っこ通信1290号(2025.1.18) 阪神・淡路大震災から30年

2025年01月18日 | 抱っこ通信
 1995年1月17日の阪神・淡路大震災にはほんとうにビックリしました。その10日前に淡路島の保育士さんとつながりあそび・うたの研修会を開いていたこともあり、また、サマー・カレッジin神戸に参加した仲間たちや保育園の子どもたちのことが心配でした。なにもできない自分が悲しかったです。

 1月31日付のつながりあそび・うた研究所機関紙『手と手と手と』第18号には、テレビのニュース等で知った「遊ぶ子どもたち」の姿を通して、子どもたちに安心の世界と自分の存在を示せる場所をと感想を綴りました。
そして、5月には、淡路島の保育士さんを通して知り合えた全日本教職員組合(全教)の組合員の先生たちから依頼を受けて、淡路島でつながりあそびのボランティア活動をしました。その感想を7月9日付の『手と手と手と』第22号に掲載してありますので転載します。あれから30年、それぞれがそれぞれの「前」に進めているでしょうか。


震災復興コンサートで得たもの
心の中に春のつぼみを

 「子どもたちに夢と希望と元気を…つながりあそびの二本松はじめさん震災復興コンサート…」
 全教・淡路教職員組合の先生たちが震災復興の第2弾として、被害の大きい北淡町と一宮町を中心に「被災した子どもたちが少しでも早く元気をとりもどし、震災の心の傷を早く癒やしてほしいと願って」コンサートを計画、5校の小学校と一つの保育園でコンサートが実現しました。5月中旬のことです。
 今、教育現場では教育課程の精選の名のもとに行事の切り捨てが強行されており、しかも、淡路教組はすべての組合が一人分会である、という現実の中での取り組みです。実際、このつながりあそびコンサートの取り組みは、そんなに簡単には進まなかったようです。
 「最悪の場合、自分のクラスだけでも」、との不安と期待が交差する中での取り組みです。しかし、それぞれの学校での取り組みは数多くのドラマを生みました。それだけでも、私が「行って良かった」ようです。反対に、私自身が先生たちから「とにかく足を踏み出すこと」の大切さを学び、「勇気」と「本気」をもらってきたのです。
 そして、子どもたちからも多くのことをもらってきました。本音を言うと、子どもたちは震災に打ちのめされて、あそびやうたどころではないのでは…、もしかしたら、ぜんぜんノッテこないのでは…、と少々心配していたのです。
 でも、子どもたちはそんな心配を吹き飛ばしてくれ、本当に楽しく元気にあそびあい,笑いあっていました。もちろん、心の深部まで伺うことはできませんでしたが…。
 子どもって変わり身が早いのですね。良いも悪いも、現状には満足できないのですね。そして、なによりも前向きなのですね。どんな時だって、心の中に、春のつぼみをいっぱい持っているのですね。子どもたちからは「人間のしたたかさ」や「人間のしなやかさ」をもらってきたようです。
 「先生と会えてよかったです。つながりゲームっていうのは、手のつながりと心のつながりっていういみなんだね」(井高恵梨香 北淡町立室津小学校3年)


 阪神・淡路大震災でもう一つ思い出すのは、2000年に神奈川で開かれた全国合研(全国保育団体合同研究集会)での閉会集会で、翌年の33回開催地兵庫の保育仲間たちが『春よこい』を歌ってくれたことです。♬ひとつふたつ ゆびおって 春よこいこい 早く来い♬と。翌年の全国合研プレ企画(オルグ)で兵庫県内をまわった時にも各地で歌いました。
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抱っこ通信1289号(2025.1.11) わっせわっせ

2025年01月11日 | 抱っこ通信
80年代初めの頃まで、全レク(全日本レクリエーション・リーダー会議)の2泊3日のレクリエーション学校は、群馬県水上町湯の小屋にあった葉留日野山荘でよく開かれていました。春のレク学校、キャンピング学校、雪のレク学校、中級レク学校、バスレク等々。山荘は廃校になった少学校分校を改築して宿泊施設としていました。浴室は温泉。寝室は2段ベットが4台。談話室も。食堂は元体育館、と言っても分校でしたから、かなり狭いです。
この食堂が主に研修会場です。朝食、昼食、夕食が終われば机やイスを廊下に出して研修する会場に変わります。一応、食事の準備は班(グループ)活動だったと思うのですが、机、イス等の出し入れは、みんなでわっせわっせやっていたように記憶しています。

このわっせわっせの時間が、レクリエーション学校では良いアクセントにもなって、また、大事な時間になっていたと思います。学び、遊ぶ主体は参加者一人ひとり、その一人ひとりがつながってみんなでつくるのがレクリエーション学校です。研修の時間だけでなく、生活そのものも本人が意識するとしないとに関わらず、主人公になっていくということにつながっていたのですね。もちろん、最初からその時間(仕事)を意識してレクリエーション学校のプログラミングに入れていたわけではなかったです。そうせざるを得ない会場の制約もあったのです。そこはみんなで力を合わせてやる、ということを誰にも分っていたのでしょうね。いまはどうなんでしょうか。

夜10時過ぎは、この食堂が交流会会場。よく飲んで、食べて、歌って、踊って、おしゃべりしていました。語り合う、議論し合うもあったかな。2泊3日のレク学校ですから1泊目より2泊目は、からだも心も解放されて、それはそれは楽しかったです。私も午前様は当たり前の若い若い頃でした。いろいろ仲間たちから学びました。さすが、何年後からかな?0時を回ると山荘後ろのメアリーさん?から苦情もいただいたこともありましたっけ。反省。

そういえば、春のレクリエーション学校会場はその後、葉留日野山荘から千葉県岩井海岸の民宿に変わったのですが、そこでも食事会場が研修会場。わっせわっせの時間がありました。

時々、机やイスを片付けなければ実技研修ができないような会場での依頼を受ける時ありますが、その時は、参加者が集まってからみんなで会場準備をしましょうと担当者に話しますが・・・。

写真は1975年の全レク準備会当時のレク―リーダー学校。事務局の大竹さんと私。黒板が懐かしい。


写真は1979年春のレクリエーション学校で葉留日野山荘の玄関が見えます。2日目の午前・午後は野外活動。近くの上の原高原へのハイキング実習。観天望気や地図の読み方や野外料理なども、高原では水芭蕉が咲いていました。講師は草一平さん

10数年前につながり楽集会・東京の仲間たちと葉留日野山荘へ、当時の玄関です。その下は、79年春レクの朝のつどいで「タタロチカ」を踊っています。元校庭です。


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抱っこ通信1288号(2025.1.7) 蟻さんたちのように群がって

2025年01月07日 | 抱っこ通信
昨年末の敦賀市での保育のうたごえサークル『まつぼっくり』のコンサートは、外はみぞれ模様でしたが、客席いっぱいのうたごえの仲間や保育の仲間や地域の仲間たちに見守られて、とても心温まるコンサートとなりました。ともかく、まつぼっくりをはじめ、とても真面目で真摯な演奏に、これまた、真面目なみなさんが惹き込まれていました。

このコンサートで私が印象に残ったことです。演奏ではなく申し訳ないですが、嬉しかったというか、懐かしかったことです。
コンサート終了後の片付けの時間に、コンサートに参加していた仲間たちが、ピアノに蟻さんたちのように群がって、舞台から、幼稚園ホールの定位置に移動させる光景を見たときに、なんだか胸が熱くなりました。
コンサート開始前のピアノ移動の時は、数人で、ピアノの脚下にダンボールを引き、リーダーの掛け声よろしく、床を傷つけないようにそろりそろりと移動させていたのです。ピアノの移動キャスターが会場にはなかったのです。その光景に出くわしていますから、余計に蟻さんたちがお菓子?に四方八方から群がっているように、10数人位はいたのでしょうか、みんなでピアノを持ち上げて移動させている光景は印象的でした。最近では、会場によっては危険が伴ったりしますから、移動キャスターがあって、素人さんには移動させなくなっているようですので、久しぶりに見た光景でした。

きっと、コンサートに参加して楽しかったからでしょうね。心があったまったのでしょうね。この光景を見るだけで、まつぼっくりの30年間、仲間たちの中で育ってきたうたごえだったことが伝わってきました。

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抱っこ通信1287号(2025.1.6)風の便り1月号 子どもたちの願い

2025年01月06日 | 抱っこ通信
つながりあそび・うた研究所風の便り2025年1月号
     子どもたちの願い
                         二本松はじめ

「子どもたちから『私たちってなんのために生きているの?』なんて、素朴な疑問を発せられたら困惑してしまう大人は多いことでしょう。そういう私も困る一人ですが、私の場合は答えを決めてあります。それも単純明快に。『しあわせになるため』と答えます。『じゃあ、しあわせってなに? どんなこと?』とたたみこんでくるかも知れません。そうしたら『そのしあわせってよくわからないから、そのしあわせを見つけるために生きているんだよ』と答えます。そして一声加えます「お前たち(子どもたち)が生まれてきてくれただけでもしあわせだよ」っと。子どもたちは照れくささを隠すようにさらに突っ込んできます。『どうして?』。子どもたちは親や先生たちの苦労を知っているからです。『だってお前たちがお父さんに、親にしてくれたんだから。ほんとうにありがとう』と言ってあげます。この話はわが娘との15年前の会話が元になっています。
 誰でもがしあわせになるために生まれてきたのです。しあわせになるためにみんな精いっぱい生きているのです。子どもを育てる意味もそこにあるのです。そのためにも子どもを育てるだけなく、子どもに育ててもらいましょう。親として、先生として、人間として共育ち合い、育て合うことが大切なのです。(略)」
これは今から20年前に出版されたつながりあそび・うたシリーズ『遊園地につれてって』の巻頭文です。

今までもサマー・カレッジ等のレジュメには「人は幸せになるため、人を幸せにするために生まれてきた」と書いてきました。

2025年、新しい一年を迎えて、いま一度、この文章を、言葉を思い出しています。戦後80年、被爆80年。阪神淡路大震災30年。昭和100年等々、今年は節目の年といろいろ各方面から言われています。
でも、どうでしょう。ウクライナでは、ガザ地区では、シリアでは、アフリカやアジアでは・・・。いのちを奪われ、家族を奪われ、暮らしを奪われ、日常を奪われています。
日本でも、戦後すぐの話ですが、給食のパンを兄弟姉妹のために持って帰る子どもたちがいたことをニュースで知っていましたが、いまでも給食でしかおなかを膨らませることが出来ない子どもなど、絶えずおなかをすかしている子どもたちがいることも知っています。貧困のために食べることさえ奪われている子どもたち、格差と見えない競争と貧困の中で、未来図を描けない子どもたちがたくさんいる現実があります。

いま、子どもたちから「なんのために生まれてきたの?」「なんのために生きているの?」「しあわせってなに?」等の問いかけに、なんて答えたらよいのでしょうか。その答えを見つけるために、今年もつながりあそびの活動、運動に参加していきたいです。

今年も、私たちが東日本大震災を忘れないため、憲法九条を守り平和をつくるための夢わかばコンサート第15弾を開きます。ゲストはまっちゃんです。多くの仲間たちの参加をお待ちしています。



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