

7月30日(火)
新京成線 新鎌ヶ谷駅から直通電車で千葉中央駅に来た。
目的は、千葉市立美術館での“彫刻家 高村光太郎展”(6月29日~8月18日)





市役所のビル、7・8階が美術館。
光太郎20歳の作品“獅子吼”(若い僧の全身像・ブロンズ塑像)が入ってすぐの所に置かれ、彫刻家としての実力をまず印象づける。
1945年の空襲でアトリエが被災、多くの彫刻作品が喪われ、“道程”“知恵子抄”などから、詩人として知られているが、光太郎自身は、最晩年に「私は、今でも自分を彫刻家だと思っている」と語ったそうである。
十和田国立公園の裸婦像(小型試作)も展示されていた。この制作の3年後、1956年73歳で亡くなられた。
千葉県庁前の羽衣公園にも立ち寄った。





亥鼻城下に、千葉(せんよう)の蓮の花が咲き乱れる美しい池があって、天女も見物に舞い降りてきた。
城主の平常将(つねまさ)が天女の衣を隠して妻に迎えた、という伝説があって、この松が何代目かの“羽衣の松”という。
千葉にも“羽衣伝説があった”ということらしい。(美術展とは無関係ながら、一応つけ加えました)
千葉に行かれたのですねぇ
懐かしい街並みを拝見出来て嬉しいです^^
高村光太郎氏が彫刻家だったとは知りませんでした。
雨曇子さんのブログで知って、改めて検索してみました。
実は「亡き人に」という高村光太郎氏の詩に感銘を受けていまして
旦那に、「もしも私の方が先に死んだら、墓石にこの行を掘って欲しい」と
今から頼んでいます^^
智恵子さんを謳った詩の一遍です。
「あなたはまだゐる其処(そこ)にゐる
あなたは万物となつて私に満ちる
私はあなたの愛に値しないと思ふけれど
あなたの愛は一切を無視して私をつつむ」
中心地はおしゃれなスペースがあったり
県庁所在地としての風格はマァありますね。 ポートタワー付近もきれいに整備され県立
美術館でしたか?ありますね暑いですから
気おつけてください。
「高村光太郎(1883~1956)は江戸末期から明治期に活躍した木彫家・高村光雲(1852~1934)の長男として東京・下谷に生まれ、幼い頃より後継者としての修練を与えられました。(略)
生誕130年の節目を迎えて開催される今回の展覧会では、光太郎の原点もいえる木彫作品をはじめ、彼が参照したロダン(1840~1917)や同時代の荻原守衛(1879~1910)、佐藤朝山(1888~1917)などによる作品と妻・千恵子(1886~1938)が制作した紙絵を併せて展示します。(略)
会場に大きなパネルに解説文がありましたが、それが読みやすく、おもわず全文読んでしまいました。
今回はパルコ8階の和食店「美弥和」で昼食にしました。
何が凄いかと言うと企画力です。千葉市立ですから、泰西の名画など到底所蔵していないでしょう。ですから、展示の作品はほとんど個人蔵のものを借りてくるのです。
前回の「千葉の仏像展」では101体の仏像を千葉中の寺、いや、富山県、京都、大阪の寺からも集めてきました。参観者は4万弱だったそうです。
今回の光太郎展もそうです。十和田湖畔に建つ乙女の像の原型の塑像もありましたよ。
一度思い切って訪れてみて下さい。
魅力あるランチの店もあります。