トシコロのありのままの暮らし


  世田谷カフェとの交信の必要性で、登録しました。それ以外の皆さんもよろしくお願いします。

佐久の児童館向け

2020-04-20 16:05:30 | 日記
 佐久のみなさんへ.                 🌷

 今はコロナ病で、学校もお休みの所が多いようですね。「コロナ」についてはみなさんも先生やお父さん、お母さんから聞いているでしょうから、あまり話しません。ただし、その病気の元のウィルスというものは、ネズミの肉の料理から出たそうです。「もっとおいしいものを食べたい」と言って、欲ばりになって、おそろしい病気のウィルスを出した。たしかに、ぼくもおいしいものは好きです。みなさんも好きでしょう。長野県の名物の「おやき」はとくにおいしいですね。食べ物をおいしく食べることは、かまいません。でも、楽しみも、食べ物だけでもないでしょう。音楽も楽しいし、動物や植物を見ることも楽しい。星を見ることも、本でお話を読むことも楽しいです。すもうをしたり、見ることも楽しいですね。サッカー、野球とか。みんなで好きなことを話し合うのも楽しい。お金を使わなくても、楽しむ方法もいくらでもあります。食べ物のことだけに楽しみをもとめることは、ほかの楽しみを知らないで過ごすから、損(そん)でもあると思います。
 さて、東京はとくにコロナ病がはやっていて、ぼくも今年の春はお花見に行けませんでした。でも、東京もいろいろな花が咲いています。チューリップとか、菜の花とか。花もいいですね。
 長野県は、昔は信州と言いましたが、その春の名物にリンゴやアンズの花があります。リンゴの花は、僕は昔からよく知っています。白く、地味ですが、白い妖精(ようせい)みたいで、きれいですね。やがて、リンゴやアンズの実もなるわけですね。それらの花のようすは、みなさんの方がよく知っていますから、その写真は送りません。
 それでは、何でも食べて、よく寝て、体に気をつけて、ウィルスに負けないようにしてください。



「マリア預言」の補足

2020-04-20 16:05:30 | 日記
昨日(19日)午後7時のNHKニュースに出ていたコロナの拡大写真は、何故か赤い色に、丸い形。かつて僕が夢に見た「マリア様の左手の甲の大きく丸い傷」とそっくりでした。また、南極に現れるオゾン・ホールにもそっくり。


  3つが非常に似ている事は、偶然と言えば偶然になりますが、内、コロナ流行とオゾン・ホールは、「現代文明の歪み」が生み出したものであり、同根です。また、よくは判りませんが、「マリア様の傷」も、人々と文明の大罪を背負ったものであり、同根と聞いています。形は違いますが、福島の原発事故なども同根ですね。


  我々地球人が大罪を悔い改め、ぜいたくはせず、自然や命を尊重する文明をこれから作る事を僕も切に願います。


「植民地支配」とは

2020-04-20 10:51:58 | 日記
簡単に言えば、国が強盗みたいな事をするようなものである。近代期のスペインやポルトガルがアフリカやラテン・アメリカの地にした事や、その後のイギリスなどがインドや中国にした事を想えば、誰でも判るだろう。


  国自体がそうすれば、国民も真似するわけである。近代にそれらの国々で海賊になる人が増えたのも当たり前だ。また、勉強して盗みは良くないと悟る人たちもいるが、かなりはその癖が植民地支配を止めた後も残るようだ。ヨーロッパに観光旅行に行った日本人が強盗や詐欺、レイプなどに遭う話は前から絶えないが、それもその現象の一角に過ぎない。ヨーロッパは遊びに行けるような所ではないかもしれない。

  元々はヨーロッパ社会は神を中心に教会共同体が形成され、そこで農業協同組合とか、病院・諸々の福祉事業も行われていた。その様子はヨハン・ホイジンガ―著「中世の秋」にも詳しく述べられている。しかし、その後、十字軍戦争とその挫折、及び、ペストでヨーロッパの人たちの信仰心は形だけになり、新たな生き方・生活の拠り所として「お金」を求めるようになった。とは言え、まだ資本主義経済が発展していなかったため、「他の国々の富を奪う」という短絡的な発想で、植民地戦争をしたわけである。それに反対した神父もいたが、多くの神父は国に従った。中学の歴史の時間に先生が「植民地支配の時に、最初はキリスト教は病院などを作り、親切そうにしながら、やがては植民地支配に協力したのです」と皮肉を浮かべながら教えられていたのを今も覚えていますが、その先生は以上のいきさつを完璧に理解していたようです。当時の国策に従った神父たちも、実際は神は信じていなかった事にもなりますね。お金を信じていた。

   20世紀前半の日本の植民地政策はやや違う面もあったようです。それ以前の、日本の資本主義導入や憲法整備なども、どれだけ西洋の以上の歴史的因縁や精神を理解していたのか。実際は「判らないで、真似ばかりした」のではないかと。植民地主義になった西洋の人たちには以上のようなニヒルな歴史がありますが、それを理解しないで、更には「植民地をする恐ろしさ」も理解できなくて、朝鮮王国などを植民地化して、今に至るまで恨まれているわけです。また、戦後の経済成長も「アメリカの事が判らなくて、真似した」ようだし、僕の見た島田療育園や教会関係も「ヨーロッパの事が判らないで、真似した」例だと今の僕は気が付いています。更には、明治以来の恋愛や結婚の愛にも言えると思います。そのような事は、また別の機会に書きます。


  因みに、以上の流れは科学にも影響が出ているわけです。1945年の時点で素早く原子爆弾を作りながら、そのような物理学は発達しながら、今のコロナのワクチンや特効薬作りには時間がかかる。科学もいびつに発達していると言わざるを得ない。仮に、できても、普及に時間がかかるし、インドやアフリカなどの貧民には、今の経済構造では行き渡らず、大悲惨のままになるでしょう。文明の病根は根が深いわけです。