去る4月に起きたJR宝塚線の列車事故以来、日本の鉄道の定時運行が「いかに悪いか」調の記事やコメントがテレビや新聞、雑誌に多く掲載されている。
本書は奇しくも事故の起こる直前に新潮社から出版された日本の鉄道の定時運行をレポートし、その歴史を追いかけたノンフィクション作品である。
日本の鉄道では定時運行の定義は「一分以上遅れないこと」。対して欧米では「十五分以上遅れないこと」が定刻運行の定義だという。
この時間に対する価値観が、日本の鉄道文化の特徴であり、強いては鉄道だけでなく日本人の生活すべての尺度なのだという意味合いが本書には著されている。
確かに日本の鉄道は正確過ぎるぐらい正確らしい。
列車が時間通りに駅を発車し、時間通りに次の駅に到着する。
これが水や空気のように当たり前の世界になっているのは、なにも鉄道が初めてではないという。
遠く鎌倉時代まで遡れる時間厳守の文化的要素が日本にはあり、江戸時代にはすでに時間通りに寺が市民に時刻を知らせるために鐘をつきようなシステムが確
立されていたり、それらが鉄道文化へと引き継がれたことを本書は論理的に検証しているのだ。
だからいくら鉄道憎しの人たちが「無理な定刻運行が事故を招いた」と叫んでも。本書を読めばそれは単なる通り一遍な批判に過ぎないことを理解することが
できる。
初めてタイのアユタヤを列車で訪れた帰りにアユタヤ駅からバンコクに帰ろうと切符を求めた。
手渡された切符には午後12時15分発の刻印が押してあった。
そのときすでに時刻は12時30分。
私はてっきりタイ名物の運賃のゴマカシにあってしまったのだと思った。
駅員に英語で詰め寄ると、ホームで待てというジェスチャーをする。
駅員が指さしたホームには多くの客が列車を待っている様子が見て取れた。列車はまだ到着していないのだ。
暑さにバテながらミネラルウォーターをチビリチビリ飲むこと1時間、午後1時30分にバンコク行きの快速列車はやってきた。
「この切符が、この列車か?」
と切符と列車を指さし駅員にジェスチャーで訊くと、「そうだ」とうなづいた。
停車した4両編成の気動車に大勢の乗客は粛々と乗り込んでいく。
「遅いじゃないか」と駅員に詰め寄る客は一人もいない。
カルチャーショックを受けつつ私は窓から吹き込む涼風に身を任せバンコクへ帰ったのだった。
5分遅れるとホームに人が溢れ、10分も遅れると駅員に詰め寄る客が現れる。
それが日本の鉄道風景だ。
本書は日本の鉄道の驚異的なメカニズムを知ることのできる実に面白い一冊だった。しかも著者が女性であることにも驚きを感じた。
なんせ鉄道オタクはほとんど男。
もっとも著者はオタクでもなんでもなく、経済関係のノンフィクションライター。
経済活動のメカニズムと鉄道運行のメカニズムは似ているらしい。
~定刻発車 日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?~ 三戸祐子著 新潮文庫
本書は奇しくも事故の起こる直前に新潮社から出版された日本の鉄道の定時運行をレポートし、その歴史を追いかけたノンフィクション作品である。
日本の鉄道では定時運行の定義は「一分以上遅れないこと」。対して欧米では「十五分以上遅れないこと」が定刻運行の定義だという。
この時間に対する価値観が、日本の鉄道文化の特徴であり、強いては鉄道だけでなく日本人の生活すべての尺度なのだという意味合いが本書には著されている。
確かに日本の鉄道は正確過ぎるぐらい正確らしい。
列車が時間通りに駅を発車し、時間通りに次の駅に到着する。
これが水や空気のように当たり前の世界になっているのは、なにも鉄道が初めてではないという。
遠く鎌倉時代まで遡れる時間厳守の文化的要素が日本にはあり、江戸時代にはすでに時間通りに寺が市民に時刻を知らせるために鐘をつきようなシステムが確
立されていたり、それらが鉄道文化へと引き継がれたことを本書は論理的に検証しているのだ。
だからいくら鉄道憎しの人たちが「無理な定刻運行が事故を招いた」と叫んでも。本書を読めばそれは単なる通り一遍な批判に過ぎないことを理解することが
できる。
初めてタイのアユタヤを列車で訪れた帰りにアユタヤ駅からバンコクに帰ろうと切符を求めた。
手渡された切符には午後12時15分発の刻印が押してあった。
そのときすでに時刻は12時30分。
私はてっきりタイ名物の運賃のゴマカシにあってしまったのだと思った。
駅員に英語で詰め寄ると、ホームで待てというジェスチャーをする。
駅員が指さしたホームには多くの客が列車を待っている様子が見て取れた。列車はまだ到着していないのだ。
暑さにバテながらミネラルウォーターをチビリチビリ飲むこと1時間、午後1時30分にバンコク行きの快速列車はやってきた。
「この切符が、この列車か?」
と切符と列車を指さし駅員にジェスチャーで訊くと、「そうだ」とうなづいた。
停車した4両編成の気動車に大勢の乗客は粛々と乗り込んでいく。
「遅いじゃないか」と駅員に詰め寄る客は一人もいない。
カルチャーショックを受けつつ私は窓から吹き込む涼風に身を任せバンコクへ帰ったのだった。
5分遅れるとホームに人が溢れ、10分も遅れると駅員に詰め寄る客が現れる。
それが日本の鉄道風景だ。
本書は日本の鉄道の驚異的なメカニズムを知ることのできる実に面白い一冊だった。しかも著者が女性であることにも驚きを感じた。
なんせ鉄道オタクはほとんど男。
もっとも著者はオタクでもなんでもなく、経済関係のノンフィクションライター。
経済活動のメカニズムと鉄道運行のメカニズムは似ているらしい。
~定刻発車 日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?~ 三戸祐子著 新潮文庫