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今日の筆洗

2021年08月09日 | Weblog

 茶のもてなしの場で失敗が起きるのは、茶をたてているその時ばかりではないらしい。<茶の湯すぎて和らぐ時にこそ上手下手あれ>。江戸期の賢人の言葉を茶道研究者筒井紘一さんの著書に教わった。誤りは、茶事が済んで緊張を解いたときに現れると▼コロナ禍の中で東京五輪が幕を閉じた。終わったと緊張を解く時とは思えない閉幕だろう。開催が感染に対する気の緩みにつながったと指摘されている。和らいだときに、さらによからぬ事態が現れないか、不安が残る▼選手の活躍は開幕から最終日まで見事だった。同感の方は多そうだが、数多くのメダル獲得に何度もじんとなった。サッカーや陸上競技のリレー、マラソンなどメダルに及ばなかった選手たちからは大勝負の醍醐味(だいごみ)を見せてもらった気がする▼閉会式を見ながら、いい大会であったと和らげる大会であれば、どれほどよかったか▼振り返ると、招致をめぐる金銭疑惑があり、開催経費が膨張した大会にもなった。理念を疑わせる事態も相次ぎ、選手第一とは言い難い、猛暑の下での日程は、競技に影響を与えている。コロナ禍を離れた問題も、たくさん出た大会である▼簡素に、選手本位に回帰し、政治の影響からも脱して…五輪再生の転機にしなければならない大会であるはずだ。主催者は早くも成功を口にしているが、緊張を解いている時ではないだろう。


今日の筆洗

2021年08月07日 | Weblog
受け継がれてきた精神であろう。沖縄空手会館の一角に昔の達人たちの言葉が記されているのを見たことがある。「空手に先手なし」「長年修行して、体得した空手道の技が、生涯を通して無駄になれば、空手修行の目的が達せられたと心得よ」「人に打たれず 人を打たず」▼鍛えよ、しかし自ら仕掛けるな。そんな倫理観の色濃い格闘技や武術もあまりないのではないか。平和を願う沖縄の人の心に、どこかつながっているようでもある。近代的なスポーツの中に入ると、異色の競技にも思える空手だ▼沖縄ではぐくまれたその精神が、ついに世界に披露される時を迎えたようで、いつにない誇らしさを感じる。沖縄に源流を持つ空手は、東京五輪で初めて正式競技として実施されている▼形の喜友名諒(きゆなりょう)選手が昨日、沖縄県出身者で初めてという金メダルを獲得した。殺気を感じる突きや蹴りの中、打たずして、見えない敵をすくませるような目線の強さ。門外漢にも沖縄空手の伝統的な精神が重なったように感じられた▼空手は野球などと同様、次のパリ大会では採用されない。都市型スポーツといわれる競技の存在感が増す中、ブレイクダンスの実施が決まり、沖縄発祥の武道は、五輪から去ることになる▼いずれ大会を振り返る時があれば、少し異質な張り詰めたこの空気に、あの目力も思い出すことになるのかもしれない。

 


今日の筆洗

2021年08月06日 | Weblog

ロンドン北部の小さな公園に「フィリップ・ノエルベーカー平和庭園」と呼ばれる一角があるそうだ。英ニュースサイトの「インサイド・ザ・ゲームズ」によると、一九八二年に他界したノエルベーカー卿の平和への貢献を顕彰している。園の扉には、ハトの装飾が施され、桜も植樹された。広島と長崎で被爆し亡くなった人への追悼の思いが込められているという▼存命中、日本で今の時期に五輪があれば、卿はより脚光を浴びただろう。二〇年五輪の陸上競技1500メートルで銀メダル。のちに軍縮に取り組みノーベル平和賞を贈られた人だ▼広島を何度も訪れ、「この核の時代に、人間にとって大きな希望は、オリンピック運動があるということだ」(『あの一言はすごかった!スポーツ編』)の言葉も残した▼きょう広島原爆忌。国内開催の五輪と初めて重なる。卿も言う五輪の精神を背に、広島から発せられる核のない世界への願いは響こう。五輪で黙とうしないのが残念だ▼前回東京五輪は復興を示す大会でもあった。<ヒロシマの川の/透きとおる水底に/ふとみつけた/小さな骨/ふさふさとした黒髪の少女か/つぶらな瞳の少年か>。同じ時代の深川宗俊さんの詩は、消えていない跡を語り、骨に<平和へのちかい>をしている▼骨は見えなくても、核兵器はいまだ消えておらず、広島からの平和への願いはまだ重い。


今日の筆洗

2021年08月05日 | Weblog
旧日本軍は、部隊が敗走するのを「転進」と呼んで、惨敗の印象を取り繕っている。<一般社会の慣行と違ふ漢語を…強要した>。作家の丸谷才一さんが「轟沈(ごうちん)」などとともに「軍人漢語」と呼んで批判した言葉だ▼的外れな心配であるのを願っているが、最近、似たような語感があった気がする。新型コロナウイルス感染症の患者の入院要件について、政府が明らかにした厳格化の方針である。感染急増の地域で、入院対象は、重症者や重症化リスクの高い患者らに限るという。菅首相は「方針転換した」と説明したそうだ。「方針転換」が「医療崩壊」の始まりを意味しているのでなければいいが▼中等症ではあっても症状は厳しい。急に悪化する怖さがある感染症でもある。自宅で療養する患者も医療関係者も、不安は大きいはずだ。深刻な事態ではないだろうか▼感染の急拡大について、デルタ株が手ごわいのだと説明しているそうだ。ただそれは国内外の専門家らが以前から指摘していたことでもある▼<私たちに欠けているのは、知らないものについての知識のことなのではなく、知っているものを深く考える能力である>。仏社会学者、エドガー・モラン氏の言葉という(『科学の言葉』)▼知っている「手ごわさ」より不確かな楽観論を見てきたための事態に思える。惨敗でなければいいが、心配な「転換」である。

 


今日の筆洗

2021年08月04日 | Weblog

前回の東京五輪を知る方の中には、ヘーシンクよりアベベより、記憶に残る海外の選手はチャスラフスカという意見もあろう。体操女子で名花とたたえられた人気の金メダリストが、のちに長い不遇の時を過ごしたのは、知られている▼大会後に起きた母国チェコスロバキアの自由化運動をチャスラフスカさんは支持し、体制ににらまれた。弾圧であろう。職を失い、社会からはじき出されたそうだ。「魔女狩りが始まっている」と恐怖を語った言葉も残る(工藤美代子著『チャスラフスカの証言』)▼国の顔にもなる優秀な選手が反体制的であることは、独裁的な体制や人物には耐えられないことらしい。似たような事態は起きている▼今回の東京五輪で、母国ベラルーシへの帰国命令を拒み、亡命を望んだ陸上女子のツィマノウスカヤ選手もかつて、独裁的なルカシェンコ大統領の選挙の不正をめぐり、抗議をしたそうだ。帰国命令はコーチとのトラブルが発端らしいが、「魔女狩り」が始まる恐怖を感じたようである。ポーランドに向かうという▼母国では、夫も国外に出たと報じられた。拡大している民主化運動に対して、多くのスポーツ選手が支持を表明している国だ▼独裁的な国があって、国をこえて活躍する選手がいるかぎりこの手の事態は起きる可能性があるのだろう。現代の強権支配を五輪は映し出しているようだ。


今日の筆洗

2021年08月03日 | Weblog
将棋の内藤国雄さんが、厳しい勝負の世界に飛び込んだばかりの十代のころを随筆に書き記している。家に帰ると、母はなぜか一目で勝ち負けを察した。「負けたかてかまへん、相手の人が喜んでくれてはる」。負けたときにはそう声をかけられたという。自分に勝った少年が家で母と喜ぶ様子を思い浮かべて平常心に戻れたそうだ▼「喜んでくれてはる」ライバルの姿は、時に勝負の世界でのなぐさめかもしれない。内藤さんの母上の言葉を思い出しながら、東京五輪の柔道女子での小国の快挙を見た。二〇〇八年に独立を宣言したコソボの二選手による金メダルである▼悲惨な紛争の後、国際舞台に復帰して間がない。十人ほどの選手団で来ているそうだ。国は大喜びという▼コソボ紛争で破壊された小さな街につくられた道場が始まりらしい。指導者のクカ氏は旧ユーゴスラビア時代、バルセロナ五輪で活躍が有力視されていた選手だった。欧州メディアによれば、政権に反発し代表を外れている▼当初は屋根が壊れていたような粗末な道場で、紛争に苦しめられた近所の子どもたちを熱心に育てた。五輪初参加だったリオデジャネイロ大会の一人とあわせて道場から実に金メダリスト三人を出したことになる▼日本選手の金が阻まれた。残念だが、紛争で苦しんできた相手さんの国の喜びを思い浮かべ、拍手を送りたくなる。

 


今日の筆洗

2021年08月02日 | Weblog

一九六四年の東京五輪での選手団の活躍に心打たれたコメディアンの谷啓さん。日本選手団の上着をこしらえ、それを着て町を歩いたそうだ。選手団に間違われたかった▼閉会式の次の日、近所の銃砲店へ行った。四年後のメキシコ五輪に射撃で出場する気だったそうだ。当時三十二歳。その後、熱は冷めたが、「やりすぎ」が分からぬではない。競技にすべてを懸け、躍動する選手たちを見れば、自分も何かという思いが少なからず、わいてくるか▼新型コロナウイルスの感染拡大が過去最悪のレベルにある。東京の新規感染者数はこのところ連日、三千人を超えている。政府の対策分科会の尾身茂会長の言葉を借りれば「今、火事が燃えさかりつつある」▼五輪を開催できるぐらいだから大丈夫だろう。そんな気の緩みや政府の一貫性のない対応が今の事態を招いたことは否定しにくく、それを思えば中っ腹にもなるが、今は「火事」を消すことを第一に考えたい。医療崩壊だけは何としても食い止めねばなるまい▼もう一度、気を引き締め、対策の基本に立ち返るか。残念ながら不要な外出はできるだけ控えるしかなさそうだ▼逆境を乗り越え、活路を見いだす。谷さんではないが、テレビの向こうの五輪選手を励みにして感染対策に一人一人が取り組んだ方がよさそうである。努力なしに火は消えまい。ガンバレ、ニッポン。


今日の筆洗

2021年08月01日 | Weblog
 五歳の男の子なら自分を救い出してくれる正義のヒーローがやって来ることを願い、辛抱強く待っていたのではないか。そんな想像をしてしまう▼「遅くなってごめん」。重い扉を片手で軽々と押し破り、空を飛んで自分をお母さんのところに連れて帰ってくれるヒーローを。ヒーローは来なかった。その事実に胸が痛くなる。福岡県中間市の保育園の送迎用バスの中で見つかった男の子が熱中症で亡くなった事件である▼朝、バスで保育園に到着したが、男の子はバスから降りていなかった。園長は気が付かず、そのままバスにかぎをかけて園内に駐車していた▼三〇度を超える七月の暑さと閉め切った車内。想像するまでもない。五歳の子どもにはどれほど苦しかったか。暑さや喉の渇きばかりではないだろう。閉じ込められた恐怖、家族に会いたいという願い。ここから出してと声を上げ、泣いていたはずだ。男の子が見つかるまで九時間。数字を見るのがつらくなる▼警察は業務上過失致死の疑いで調べているが、園長は男の子がバスから降りたことを確認していなかったという。別の職員は男の子は休みと思い込んでいたと聞く▼同じような事故は過去にも起きている。もしもバスから降りていなかったら…。命を救えるのはそうした人間の想像力しかない。乗り降りの確認を徹底したい。正義のヒーローは来ないのだから。