前回の東京五輪を知る方の中には、ヘーシンクよりアベベより、記憶に残る海外の選手はチャスラフスカという意見もあろう。体操女子で名花とたたえられた人気の金メダリストが、のちに長い不遇の時を過ごしたのは、知られている▼大会後に起きた母国チェコスロバキアの自由化運動をチャスラフスカさんは支持し、体制ににらまれた。弾圧であろう。職を失い、社会からはじき出されたそうだ。「魔女狩りが始まっている」と恐怖を語った言葉も残る(工藤美代子著『チャスラフスカの証言』)▼国の顔にもなる優秀な選手が反体制的であることは、独裁的な体制や人物には耐えられないことらしい。似たような事態は起きている▼今回の東京五輪で、母国ベラルーシへの帰国命令を拒み、亡命を望んだ陸上女子のツィマノウスカヤ選手もかつて、独裁的なルカシェンコ大統領の選挙の不正をめぐり、抗議をしたそうだ。帰国命令はコーチとのトラブルが発端らしいが、「魔女狩り」が始まる恐怖を感じたようである。ポーランドに向かうという▼母国では、夫も国外に出たと報じられた。拡大している民主化運動に対して、多くのスポーツ選手が支持を表明している国だ▼独裁的な国があって、国をこえて活躍する選手がいるかぎりこの手の事態は起きる可能性があるのだろう。現代の強権支配を五輪は映し出しているようだ。