作家の池波正太郎さんが子ども時代のお寿司(すし)の思い出について書いていた。家に来客があると出前のお寿司をよく取っていたそうだ▼そのお寿司をお客さんは全部は食べないで、いくらか、残す。それを子どもだった池波さんが頂戴する。子どもへのおすそ分け。「子供の私たちは、家に客が来るのをたのしみにした」▼高度成長期生まれのわが身にも同じ思い出がある。子どもがいることをお客さんもよく分かっていて遠慮し、残してくれたのだろう。今と違ってお寿司なんぞめったに食べられなかった時代である▼お寿司を子どもにも身近なものにしたのは一九七〇年代以降の回転寿司だろう。手ごろな価格と気軽さが受け、急成長を遂げたが、業界の裏側では企業小説も真っ青の攻防戦があったのか。回転寿司チェーン「かっぱ寿司」を運営するカッパ・クリエイトの前社長が不正競争防止法違反の容疑で逮捕された▼前社長はライバルの「はま寿司」の元役員で、「かっぱ寿司」に移る前後に原価などの情報を不正に入手していたそうだ。義理とも人情とも無縁な、なりふり構わぬ闘いが透けて見える▼<鮓(すし)のめし妖術といふ身でにぎり>は江戸期の川柳。寿司を握る職人の手が忍術使いの「ドロンドロン」の手つきに見えたらしいが、競争相手を蹴落とすための怪しげで不正な「妖術」の方は見苦しいばかりで食欲もうせる。