富士山をえがくのはどんな画家でもできるけれど、楽器で表現するのは大変なことで…。邦楽奏者の言葉を目にしたことがある。その困難に挑み、乗り越えるのが達人なのだろう▼美しさ、うまさ、完ぺきであること…。絵でも言葉でもなく、バットの一振りで表現してきた人ではないか。米大リーグ・マリナーズのイチロー選手である▼多くの一振りが、よみがえってくる。「中前打ならいつでも打ちます」。そんな言葉が、冗談や大口ではないと思えたオリックス時代。伝説的なピート・ローズ氏の通算安打記録を抜いたころの打席。日本を世界一に導いたあの意地の適時打…▼「小さなことを積み重ねることが、とんでもないところに行く唯一の道だということ」(『イチロー積み重ねる言葉100』)。振り子のようにくり返し、築き上げた安打の数々は次の世代さらにその先の世代の日本人選手の道しるべになっただろう。はるか遠くに通じる大きな道をつくって、現役を退く。昨日の試合後、明らかになった▼かつて「今の僕は日本の野球なしには作れなかったと思ってます」と話している。地元のバッティングセンターなどで磨いた技は驚異的な打撃術に至った。今季も、不振に陥っていた開幕前から、向上心を見せ続けている▼「日本人も世界の頂点を極められること」。見事に表現し抜いた野球人生であっただろう。