「われわれの間では普通ムチで打って息子を懲罰する。この国ではめったに行われない。ただ言葉によって譴責(けんせき)するだけである」「注目すべきことに、家庭でも子供を打つ、叩(たた)く、殴るといったことはほとんどなかった」。かつてのある国の印象である。かくも子に優しき国はどこか▼答えは江戸期の日本である。当時来日した複数の欧州人がそう語っている。思想史家、渡辺京二さんの『逝きし世の面影』の中に紹介されている。当時の欧州では体罰があたりまえで、日本人が体罰を使わぬことを不思議がっている▼時代は変わって昨日。政府は親権者のしつけに際し体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案を閣議決定した▼相次ぐ、しつけの名を借りた虐待事件を踏まえての判断だろう。体罰の定義があいまいな点など問題もあるが、親の暴力に泣き、命を落とす子がいる現状を思えば、法制化は理解できる▼やっかいなのは江戸期はともかく親の体罰が長い間容認されていた過去である。親にたたかれた経験のない人を見つけるのが難しいという世代もある▼体罰と手を切る。それは難しい挑戦になる。戸惑いもあろうが、決意と自信をもって挑むしかあるまい。かつての欧州人の言葉を信じるなら、われわれの先輩たちはもともと子どもに寛大で「手で打つことなどとてもできることではない」ほどなのである。