もともとは野獣であった人間がいたのだという。動物が増えすぎたのを見た神が人間につくり変えたから、野獣じみた心が今も顔を出す。イソップ寓話(ぐうわ)のさしておもしろくない一話を思い出すのは、人の心を失ったかのような人間の蛮行を知ったからだ。ニュージーランド・クライストチャーチのモスクでの銃乱射事件である▼テロにくわえ、銃の乱射や大量殺人をわれわれは数多くみてきたはずだ。今回は自暴自棄になった一人の犯行や、乱心による突発的な犯行ではなさそうだ。おそらく複数が準備し、イスラム教徒であろう少数者を襲った。今までになかったような野蛮と冷酷を感じてしまう▼反移民の訴えをつづった文書が、残されていたと報じられている。数十人の命を奪った犯人たちの実像は、まだ明らかになっていないが、現地では、白人至上主義者であると早くに断じた専門家もいる▼思想家ルソーによると<理性、判断力はゆっくりと歩いてくるが、偏見は群れをなして走ってくる>。憎悪と差別の感情を膨らませた野獣たちの姿を想像してしまう▼日本人留学生も犠牲になっている八年前の震災から復興の道を歩んできた街である。世界各地で災害支援の建築を手がけた坂茂さんが設計した「紙の大聖堂」もある。傷ついた街と人の再生を重ねる人も多いようだ▼まだ事件の全容が知れないが、傷を思い再び祈る。