WHOは、19世紀後半と比べて2023年の世界の平均気温は約1.4度上昇すると見通していました。さらに、この報告書では、予測死亡率も掲げています。悲しいことですが、予測死亡率が2013~2022年には、1991~2000年より85%も増加しているのです。この85%増えているとしたデータをもとに、気温が2度上昇したときを推定しています。その推定によると、2041~60年には65歳を超す高齢者の熱に関連した死亡率は、2014年の4.7倍になるとしています。温暖化の健康影響は、すでに媒介する蚊の生息域の変化などによる感染症の増加が目についています。1951~60年頃には、マラリア原虫の生息に適していなかった中緯度の地域がありました。ところが、マラリアの生息に適していなかった地域の約17.3%が、2013~22年に新たに適地になっていたのです。マラリアの兆候は、将来起こるかもしれない危険の初期症状だと警戒する国が増えています。
人類も、温暖化に無策というわけではありません。気温と湿度、放射熱、通風の4要素を反映した「暑さ指数(WBGT)」を理解して、暑さに負けない体つくり、さらに過ごしやすい居場所を見つけることも行っています。行政も、このような活動を支援する環境整備も進めています。本格的な暑さが始まる前から、熱中症に備える体つくりを行っている人たちもいます。暑さに体を徐々に慣らしていく取り組みは「暑熱順化(しょねつじゅんか)」と呼ばれています。なるべく早く暑熱順化に着手して、夏の暑さに備えるために、熱中症にかからない体にすることを行っているわけです。これは、自分に合った運動、自分の好きな運動を続けることが基本になります。次に、リーズナブルな場所を確保することになります。家の近くに、冷房が稼働していて涼みに行ける場所を調べておきます。自宅内の環境整備に限界がある場合は、暑さから身を守るための場所を事前に探しておくわけです。最近は、熱中症特別警戒アラートが発表された際に、開放されるクーリングシェルターの運用も始まっているようです。2024年度から、各自治体が「クーリングシェルター」と呼ばれる施設を事前に指定することになっています。このような施設を事前に把握して、温暖化に備える人々もいます。
しかし、これらの備えをあざ笑うかのような状況が起きています。温暖化が、体だけでなく心の健康に影響するかもしれないという統計報告も次々に出てきています。中国の復旦大学の発表の論文が、注目されています。この論文は、熱帯や亜熱帯地域で年平均気温が1度上がると暴力が4.5%増えるとしているのです。この研究対象は、インドなどになります。2010~2018年に、インド、ネパール、パキスタンなどの約19万人について体や精神、性的な暴力の頻度を調べました。これらの19万人の人々は、ほとんどが年平均で25度を超える場所に住んでいます。この地域で、年平均気温が1度上がると、妻などパートナーの女性への暴力が生5%ずつ増える状況が生まれたのです。21世紀末に世界の平均温が3.3~5.7度上がると,この地域での暴力は21%増えるというショッキングものでした。この報告を裏付けるように、ハーバード大学のクラス・リンマン博士は暑さが短絡的な問題解決に走りやすくなると付け加えています。ストレスが高まると、視床下部、下垂体、性腺軸といったホルモンを作る組織の働きが高まります。これらのホルモンを作る組織の働きが高まると、攻撃などの短絡的な問題解決に走りやすくなるというのです。
暑さが、攻撃性を増加させるということは、人間だけでなく動物にも見られるのです。暑いと凶暴になるという疫学調査は、動物にも見られています。米ハーバード大学の調査によると、気温が上昇すると人がイヌにかまれる頻度が増えたのです。米国8都市で、2009~2018年にイヌにかまれた約7万件の報告を分析しました。この7万件の報告を分析において、気温が高い日は、約4%も犬にかまれる頻度が高かったのです。さらに、米エモリー大学の研究によると、気温が上がるとヘビかまれる頻度が約6%高まると報告しています。温暖化が進むと、へビにかまれるリスクが上がるかもしれないというわけです。暑さなどの生理的なストレスが高まると、人間だけでなくイヌやヘビも攻撃などの短絡的な問題解決に走りやすくなる状況が生まれています。地球温暖化が、人の健康の悪化や動物の凶暴化などをもたらすという好ましくない状況が生まれているわけです。
人類は、温暖化による狂暴化の状況をどのように克服すればよいのでしょうか。解決の一つのヒントが、セロトニンになります。サルの前脳にあるセロトニン作動性線維を取り除くと、攻撃行動が増加します。セロトニン放出量が少ないほど、反社会的衝動的になる傾向が犯罪者と男性に見られます。他者を認めない排他的な犯罪者の精神は、不安定な自分に根ざしています。攻撃性を抑制するためには、セロトニンの分泌を良くすることが一つの方法になります。セロトニンは、耐性ホルモンともいわれるものです。精神が安定しているとか、我慢強い性格の人に、このホルモンが多く分泌されます。セロトニンが多ければ、昼は安定した勉強や行動がとれます。一般的に、運動量が増えると、セロトニンの分泌が促されます。セロトニンは、夜になると睡眠を促すメラトニンになります。運動がセロトニンの分泌を促し、そのた結果として良い睡眠をもたらすわけです。そして、夜はセロトニンがメラトニンに変わり、高い睡眠に恵まれるという好循環になるわけです。この好循環を維持することが、温暖化による狂暴化の歯止めになるかもしれません。
温暖化は、さらに人類を追い詰める武器を持っているようです。地球は、およそ10万年周期で、温暖化と寒冷化が交互に訪れています。その寒冷な時期が、1万5000年前に終わりました。いわゆる最後の氷期は、1万5000年前に終わったということになります。平均気温が、現在よりセ氏4~6度低い非常に寒い「氷期」が終わったということです。現在は、間氷期と呼ばれる温暖な時期にあたります。人類史を振り返る研究によると。この寒暖差によって、脳の大きさは変わるという研究報告があります。この脳の縮小は、米ロサンゼルス郡自然史博物館の研究チームよる論文で指摘されています。この研究は、気候の寒冷化と温暖化が相次いだ過去5万年の約300個の頭蓋骨の容積を調べたものです。非常に寒い「氷期」が終わり、暖かくなる1万5千年前から急激に脳が11%も縮んだというのです。その理由に挙げられるものは、容積が小さいほど脳で生じる熱が少なくなり、冷やしやすくなり、過熱を防げるというものです。脳の縮小は、脳で生じる大量の熱を外気へ効率よく逃がすためという説を述べています。脳は小さい組織ですが、人間が使うエネルギーの20%以上も使う発熱器官でもあるのです。睡眠をとることによって、脳を冷やしているのです。この冷やし方に、特徴があります。一般に、入眠の前には手足の指先が温かくなることが知られています。手足の指先が温かくなるのは、末梢から熱を逃がすために毛細血管が拡張しているからです。手足の指先の毛細血管が拡張したとき、体温と脳の温度が下がり、眠りが訪れます。脳の機能が、休める時間になるわけです。もし、この休める時間を持たないと、脳は十分な働きをしない状態になります。温暖化で脳が小さくなったということは、脳を冷やしやすく形態を変えたとも言えます。
最後になりますが、温暖化の脅威に対する小さな備えの3つのお話になります。一つは、暑熱順化になります。気温が上昇すると体がこの変化についていけず、5月から6月に熱中症を引き起こすケースが増えます。一方、8月~9月ごろになると、暑さに体が順応し、熱中症の発生が落ちついていきます。この暑熱順化が、1年中できていれば、ある程度、温暖化の脅威を防ぐことができます。有力な対策として、運動があります。ある事例では、自転車こぎや早歩きなど、汗をかくレベルの運動を1回30分、1週間以上続けて備えることになります。
もう一つは、暑い地方の服装になります。蒸発して目に見えない汗を、有効発汗といいます。この汗が、体温を冷やす働きをしています。目に見える汗は、無効発汗です。この無効発汗は、汗といっても身体を冷却する効果があまりありません。有効発汗のみが、熱中症を防ぐ冷却作用の汗ということになります。この作用を効果的にするためには、着衣の空間に空気の出入口を作ると良いのです。ハワイの民族衣装であるムームー、インドのサリー、そしてアラブの男性が着こなすトーブは、足の下から首にかけて気流を作り、熱の発散を効果的に行う仕掛けが組み込まれています。良い汗が出れば、暑さに対する耐性が高まることになります。これらの民族衣装は、民族の知恵の結晶ともいえるものです。この知恵を活用したいものです。
3つ目は、セロトニンになります。脳はものすごい発熱器官なので、睡眠をとることによって脳を冷やしています。脳を冷やす行動は、脳の大きくなった動物に必ず見られるものなのです。脳が大きくなった動物は、どんな動物でも、かならず眠るのです。そして、脳を冷やす仕組みを持っています。人間の場合、眠りに入るとき手足が熱くなります。これは、手足から熱を効果的に発散させて、身体の内部にある脳を冷やす作用になります。これがないと、脳は十分な睡眠を取ることができません。ある意味、セロトニンの分泌が減少するのです。そして、変化する環境への耐性がなくなります。1万5000年の人類は、頭を小さくして、脳を冷やす選択を選びました。現代人は、知恵を絞って、手足から熱を発散させるツールを開発してほしいものです。脳の容積を維持して、新しい事態に対処する頭脳を使うわけです。