2021年3月、福島第1原発の事故で生じた放射線の被曝の重要な国連の報告書がまとまった。原発の事故で生じた健康影響を考える上で、国連の考えがまとまったということです。結論は、「将来、被曝が直接の原因となってがんが増えるなどの可能性は低い」ということでした。この報告書を作成し公表したのは、放射線に学術的影響を持つ国連科学委員会です。この委員会は、原水爆の実験による環境や健康への影響を懸念する声や批判が高まるなか、1955年の国連総会決議により設立されたものです。主に放射線の環境への影響を調査と評価を行う科学者集団で、日米欧など27カ国が参加しています。国連科学委員会は、他の国際組織に比べ政治から距離を置き科学的かつ、中立的な立場をとっています。国際原子力機関(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)の原子力や核、そして放射線に関する組織とは、距離を置く委員会でもあります。
政府は、原発の敷地内にたまる処理水に関して、海洋放出する形で処分する方針を固めました。トリチウムは外国の原発でも発生し、基準値以下に薄めて海に放出されている現実があります。原発の今後の廃炉作業では、燃料が溶けて固まったデブリの取り出す作業などが控えています。デブリの保管場所の確保のためにも、敷地内の処理水タンクの撤去は必要になります。国際原子力機関は、処理水放出で「科学的な分析に基づくもので、環境に影響を与えない」と明言しています。トリチウムは、国内外の原子力施設では普通に放出しています。フランスの再処理施設からの年間放出量は、福島のトリチウム総量の10倍以上になります。国連科学委員による10年目のお墨付きをもってしても、日本の人々には放射能への不安がなくならないようです。
各種の国際組織も、2012年までに原発沖の沿岸域の海水におけるセシウムが、原発事故前のレベルを超えることはなかったと言及しています。一方、これらの科学的事実に反して、事故後10年たっても、海洋放出すれば風評被害は確実だとされています。海洋放出した際の風評被害は、払拭されるものではないようです。風評被害は、根拠を欠くうわさを増幅しながら、生産者にたいして経済的な被害を及ぼします。根拠を欠くうわさなどをもとに、本来、安全上なんら問題のない食品の買い控えを起こすのです。風評被害のコストは、福島と日本全体で負担することになります。福島第1原発の敷地内には今、1000基を超す数の貯水タンクが立ち並びます。東電が専用装置で主要な放射性物質を取り除いたうえで、敷地内のタンクにためているわけです。いつまでも、この状態を続けるわけにもいかないようです。
そもそもこれほど風評被害が大きくなった理由は、チェルノブイリ原発事故との比較によるものです。1986年のチェルノブイリ原発事故の際に、大量の放射性物質が放出されました。この原発では、被曝の影響でウクライナの子ども達の甲状腺がんが明らかに増えました。福島の原発も、炉心溶融(メルトダウン)が起こり、チェルノブイリ原発事故に匹敵すると見られていたのです。このために、国連科学委が福島原発事故の評価に乗り出すのは必然の流れでした。事故から2年後の2013年報告は、放射線による健康へのリスクは、チェルノブイリの場合よりはるかに低いというものでした。この年報告の基本は、「福島第1原発事故を原因とする放射線による健康へのリスクは低い」というものだったのです。実は、この報告を作成する際に、データが十分ではなかったのです。そのために、健康影響を考える上で、安全基準に関する数字を高めに見積もっていたのです。2021年の報告は実測データが蓄積されて、より実態を反映したものになっています。結果として、2013年報告で示された推計値の半分を下回る安全なレベルになっていました。つまり、実態を超えるリスクを想定した数字になっていたわけです。おかげで、無駄も自分出てきました。最たるものは、0.23マイクロシーベルトの一人歩きでしょう。除染を必要としない地域まで、丹念に除染を行いました。そのために、何兆円もの税金が投入されたわけです。
放射線被曝のレベルと影響を2年間にわたって調べた2013年の結果より、今回の報告は大きく下回る数値になっていたのです。7年の年月が、チェルノブイリ原発事故よりはるかに放射線量が少ないことを明らかにしたわけです。特に、流通した食品の汚染度が、推定値ではなく実測値で明確にされました。当然のように、人々の被曝線量の数値は大きく下方修正されました。福島県民の事故後1年間の甲状腺への平均被曝線量についても、推計値の半分以下になっています。原発事故地域で働く作業者の被曝線量が、実質的に低かったという評価も明らかになりました。将来、被曝が直接の原因となってがんが増えることは、その可能性が低くなってきたというわけです。もっとも、「低線量被曝」の健康影響について新たな知見や見解が示されたわけでもないという専門家もいます。この閾値のない問題は、永遠に続く議論になるようです。
政府が処理水を海洋放出する方針を固めたことに、福島県内では不安の声が広がっています。科学的知見によって安全性を高めることはできても、安心の醸成には限界がります。国際原子力機関(IAEA)は、処理水の海洋放出について「科学的な分析に基づくもので、環境に影響を与えない」と明言しています。他国でも、海洋放出は行っています。他国の海洋放出では、問題が起きていないわけです。でも、地元の方は、「学者は安全と言うが、汚染水の浄化処理装置だって正常に動いているかもわからない」と言いはなします。科学の力で、風評被害を解決することは難しいとされる状況があるわけです。このような心配がある以上、モニタリングと情報開示は重要になります。IAEAなどの国際機関含めた第三者のモニタリングが、必要になります。海洋放出後は、国際組織による海水中の放射性物質の濃度などをモニタリングすることにすることが不可欠になります。福島では、0.23マイクロシーベルトの基準ができてから、多くの地点でモニタリング行われています。結果として、県民の不安感は薄れています。
とはいえ、海洋放出は漁民の方に大きな経済的負担を強いることになります。この打開策を、試案として提出する必要があります。漁業の未来を切り開く経営を、開発していくことが求められるわけです。漁獲は、海から漁獲するもの、海洋 養殖をするもの、そして陸上養殖をするものに別れます。放射能にだけでなく、温暖化や酸性化、そしてマイクロプラスチックなどの海洋汚染はこれからも進んでいきます。陸上養殖であれば、放射能にだけでなく、温暖化や酸性化、そしてマイクロプラスチックをコントロールすることができます。安全という意味では、海洋養殖より優位な立場に立てます。世界の陸上養殖は、餌魚に代わるペレットの開発、安全な陸上での水槽による養殖の開発が進んでいます。海上養殖のように海の生態系に負担をかけなければ、海は健全さを取り戻すことにも貢献できます。
炭素や窒素、そしてリンなどの濃度が十分に高いのに、植物プランクトンの少ない海域があります。ここを「高栄養塩・低クロロフィル海域」といい、この海域では鉄さえあれば植物プランクトンが急速に増える条件が整います。植物プランクトンは、太陽光のエネルギーと水、それに二酸化炭素を利用してデンプンや糖を作ります。植物プランクトンの発生と再生は、6日に1回というハイペースです。福島第1原発の敷地内には今、1000基を超す数の貯水タンクが立ち並びます。東電が専用装置で主要な放射性物質を取り除いたうえで、敷地内のタンクにためているわけです。このタンクで、植物プランクトンを育てます。このプランクトンで、小魚を育てます。小魚をサーモンやトラフグの餌にすれば、安定的に飼料を供給できる陸上養殖が可能になります。海の漁を陸の養殖に代えることも選択肢の一つになるのではないでしょうか。