もう50年以上前の話であるが蓄膿の手術で死にそうになったことが有る。
今では蓄膿手術と言えば内視鏡を用いてそれほど痛みもなく出来るようだが
昔の手術は今思い出してもぞっとするものだった。
上唇と上歯の歯茎の間を切開し、頬骨をそれこそノミと金づちで叩いて穴を
あけ、内部の皮膚を削り取ると言うもので有った。頬骨を削るときの頭への
刺激は何とも言えない不快感で有った。
手術が終わってからガーゼを鼻に詰める(左右両方を一度に行ったので息が
苦しかった)が、普通2日目くらいから出血が殆どなくなるらしいが、この時
は垂れる位の出血が4日ほど続いてた。手術の時「ちょっと出血が多いな」と
先生が話していたのは覚えている。
4日目にガーゼを抜いた所、一気に出血。最初は粘度のある血液だったが徐々
にサラサラになりそのうち身体が痺れてきて「このまま死ぬ」と思った。
血圧が下がったためか出血が緩やかになった時点で鼻から紐を入れて喉に
通し、先にガーゼを取り付け外から引っ張り喉がわに栓をし、外からは鼻の
穴にガーゼを突っ込み何とか止血。輸血車を依頼して600mlを輸血。その後
救急車で国立病院へ移送された。国立病院でも少しガーゼを外しただけで出血
し、膿盆で受けたが3回ぐらい入れ替える量が出血。歯茎を再切開し出血部を
焼いてガーゼを詰めて何とか出血を抑えることができた。
この時は生の血液600mlを輸血。
一週間くらい経過してガーゼを抜くことになったが、念のため4人ほど職場の
仲間で同じ血液型の人に待機してもらった。幸い出血もなく回復に向かった。
ところがかなり良くなってきた時点で抜き取ったガーゼの数が一枚足りないと
言うことで再度歯茎を切開。しかしガーゼは無かった。
とんだ蓄膿手術だった。
最初に手術したのは個人病院で先生は手術翌日、翌々日とゴルフで不在。
出血を知っていたがそのうち止まるといって気にも留めていなかった。
国立病院で聞いた話では鼻の動脈を切ったことによる出血とのこと。
普通一週間くらいで退院できるのが40日もかかってしまった。
命が助かってそれまでの人生の2倍生きている。
蒸し暑い日が続いている。陽が照りつけないだけましである。
小雨に煙る福田公園も切り取り方で幻想的になる。

白鳥の卵は親が包卵してから優に40日以上経つ
今年も無精卵だったか。親はそれでも温め続けている。哀れ。
今では蓄膿手術と言えば内視鏡を用いてそれほど痛みもなく出来るようだが
昔の手術は今思い出してもぞっとするものだった。
上唇と上歯の歯茎の間を切開し、頬骨をそれこそノミと金づちで叩いて穴を
あけ、内部の皮膚を削り取ると言うもので有った。頬骨を削るときの頭への
刺激は何とも言えない不快感で有った。
手術が終わってからガーゼを鼻に詰める(左右両方を一度に行ったので息が
苦しかった)が、普通2日目くらいから出血が殆どなくなるらしいが、この時
は垂れる位の出血が4日ほど続いてた。手術の時「ちょっと出血が多いな」と
先生が話していたのは覚えている。
4日目にガーゼを抜いた所、一気に出血。最初は粘度のある血液だったが徐々
にサラサラになりそのうち身体が痺れてきて「このまま死ぬ」と思った。
血圧が下がったためか出血が緩やかになった時点で鼻から紐を入れて喉に
通し、先にガーゼを取り付け外から引っ張り喉がわに栓をし、外からは鼻の
穴にガーゼを突っ込み何とか止血。輸血車を依頼して600mlを輸血。その後
救急車で国立病院へ移送された。国立病院でも少しガーゼを外しただけで出血
し、膿盆で受けたが3回ぐらい入れ替える量が出血。歯茎を再切開し出血部を
焼いてガーゼを詰めて何とか出血を抑えることができた。
この時は生の血液600mlを輸血。
一週間くらい経過してガーゼを抜くことになったが、念のため4人ほど職場の
仲間で同じ血液型の人に待機してもらった。幸い出血もなく回復に向かった。
ところがかなり良くなってきた時点で抜き取ったガーゼの数が一枚足りないと
言うことで再度歯茎を切開。しかしガーゼは無かった。
とんだ蓄膿手術だった。
最初に手術したのは個人病院で先生は手術翌日、翌々日とゴルフで不在。
出血を知っていたがそのうち止まるといって気にも留めていなかった。
国立病院で聞いた話では鼻の動脈を切ったことによる出血とのこと。
普通一週間くらいで退院できるのが40日もかかってしまった。
命が助かってそれまでの人生の2倍生きている。
蒸し暑い日が続いている。陽が照りつけないだけましである。
小雨に煙る福田公園も切り取り方で幻想的になる。

白鳥の卵は親が包卵してから優に40日以上経つ
今年も無精卵だったか。親はそれでも温め続けている。哀れ。