AKB48 チームBのファンより

鈴木紫帆里さんを中心にAKB48 チームB について語るサイトです。

秋元才加、お遊戯会をお見せする訳にはいかない、9月12日チームK(KC)

2012-09-12 22:40:01 | チームA・チームK・SDN48
秋元才加、お遊戯会をお見せする訳にはいかない、9月12日チームK(KC)

テッド氏から
9-12 大島涼花のセンターを見に行く 奇跡は起きないまでの予定
9-13 小林茉里奈と佐々木優佳里のイントロを見に行く 初恋までの予定
とメールがきたので、
明日のゆかるんは、柏木ポジションなので、愛のストリッパー・イントロは、まりんー伊豆田、と回答し、
久しぶりにモニター観戦に参加。

アンコールMCで、秋元才加が、サイード横田絵玲奈を指名。
サイード「秋元さんに気になる存在と言っていただきうれしい。研究生公演では経験していた松井咲子さんのポジションを正規メンバーと初めて。研究生公演では、どこをよくしようと、みんなで話し合っているけど、今日気がついたことを、次回の研究生公演がもしあれば、いかしたい。」
秋元「もっと貪欲になって欲しい。突然指名すると、ビックリして泣いちゃう子もいるけど、研究生になるべく機会を与えたい(という趣旨)。値段は、研究生公演、正規メンバー公演で違うけど、お金を頂いて見せているのだから、AKB48は、

お遊戯会をお見せする訳にはいかない

原点に返って、気持ちだけは届けたいという気持ちで臨みました。」

感想: チームBが始まったばかりの頃は、お遊戯会(注)的パフォーマンスに、自分ははまったのだと回想しつつ、秋元才加の発言は、

研究生公演は、チームKに比べると、まだお遊技会で、
サイード横田絵玲奈よ、そこのところ貪欲によろしく

という意味なのかなと、深読みしてしまった。

(注)アイドルを揶揄する時、または褒める時には、「学芸会」という喩えが一般的。学芸会=小学生・中学生、お遊戯会=幼稚園というイメージ。

MC1では、梅田彩佳が、オープニング四曲の靴が破れていて(?)、私が二ヶ月間公演に出ていない間にアンダーを務めてくれたメンバーに思いをはせるという趣旨。
梅田彩佳ポジションは、13期長谷川晴奈が、セレクション落ちの後は、藤田那奈が務めている。

MC2後半では、峯岸家の喫茶店(ティールームタネ)でカレーを食べるのと、内田家の焼き肉を食べるのと、どちらがよいかという話題が、大島涼花に振られて、焼き肉が好きと。

峯岸喫茶店は、秋元康ぐぐたすで知っていたが、内田家実家は初耳。
内田眞由美は、お店の名前を出して宣伝につとめ、ファンの方がイベントの後に来てくれる、と言っていた。

このブログの某ライターは、大家志津香実家の割烹に食べに行ったが、あれは、HKT48が結成される前だったので、少なくともHKTを見てついでに行ったものではない。

昔のAKBは、親の職業情報は出てこなかったのに、時代は変わりましたな。

八王子の牛皇に行ったファんの方のブログによると、初来店のお客は内田眞由美のメッセージ(コピー)がもらえる
牛皇は2店舗あって、内田眞由美ちゃんのパパママが出てるのは最寄り駅が小宮のお店

磯太郎にて、大家志津香の母と会話したファンの方のブログによると、
ママからは、しいちゃんが今も尚、どれだけファンを大切にしているか…という極上のエピソードを聞かせて貰いました。生家の玄関には、彼女の"いま"を象徴する数々の品が飾られています。

KC
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AKB48は演歌、ぶっ壊したりしない(KC)

2012-09-12 00:00:26 | アイドル論
AKB48は演歌、ぶっ壊したりしない(KC)

「ぶっ壊してくれよ」というAKB48評が9月11日の朝日新聞の文化欄に出ていた(文末に引用)。

AKB48の良さって何だったのだろう。
AKB48が好きになったのは、何故だろう。

この答えは簡単。

曲が良かったから。
アイドルという古い文化を継承していたから。

AKB48が、1990年代から、2000年代前半にかけて破壊されたアイドルポップス(歌謡曲)を再構築した。
だから、古くからのアイドルファンにとっては、復古であり、
新しいファンにとっては、新鮮だった。

松浦亜弥、藤本美貴はアイドルポップス(歌謡曲)だったので、AKB48のみがアイドルを復古させた訳ではないが、
SPEED、モーニング娘。に代表されるグループは、歌謡曲ではなく、J-POPだった。

私の年齢は50代だが、自分がアイドルという文化(特定の歌手だけではなく、ジャンルとしてのアイドル)を好きになった子供の頃(70年代)

歌手は歌唱力がなくてはならないという既存の文化を「ぶっ壊した」のはアイドルで、
既存の文化=歌謡曲を体現していたのは、演歌だった。

全ての前衛は体制になるように、「ぶっ壊した」文化であるアイドルは、40年後はAKB48として、現代の「演歌」=復古文化となったのである。

以下朝日新聞を要約引用しながら感想をはさむ。
コラム名:甲乙閑話
タイトル:ぶっ壊してくれよ
記者:近藤康太郎

(引用)AKB48のシングル(中略)などと書きだすと、いかにも詳しいみたいだが、何ひとつ知らない。元音楽担当記者として失格である。

(感想)AKB48は音楽なのだろうかは、疑問。CDは聴くためではく、握手するため、選抜投票権のため買われている(という意見もある)。

(引用)これだけ売れているのだから、好きにならないまでも、どこに惹かれるのか「分かろう」とは努めてきた。
ロック、ソウル、ポップスを問わずガールズグループは大好きなのだ。
日本のガールズポップの金字塔・赤痢を聴き直し、音楽のジャンルの前に、「ガールズ」とすけると、それはルールを変えることを意味する。
男たちが作ってきた、パンクはこうあるべし、ロックはこうあるべしという既成概念をひっくり返し、女の子だけに許される禁じ手・生意気・わがまま。

(感想)文化とは分かろうとして分かるものではなく、素直に感じるしかない。
全ての「ガールズ」が新しかったわけではなく、既成のジャンルを踏襲した者もいる。プリンセスプリンセスしかり。踏襲しているから、売れるのである。

(引用)選挙、センター争い、左遷、AKB48の戦場は男社会そのもの。ガールズはそんなくだらない価値観ぶっ壊して、自分の好きなことをやってくれよぅと懇願してしまう。

(感想)自作自演のシンガーソングライターは素晴らしく、既成の作り手の作品を人形のように歌うアイドルは、(それに加えて演歌も)は音楽としては低いという価値観に通じるものを感じる。

人形のように歌うアイドルが、いかに素晴らしいか、「嘆きのフィギュア」を見れば分かる。
モニターでシアター公演を見れば分かる。

KC
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