AKB48 チームBのファンより

鈴木紫帆里さんを中心にAKB48 チームB について語るサイトです。

2021年ベスト12を選定。(ときめき研究家)

2021-12-31 16:22:13 | ときめき研究家
大晦日なので、恒例どおり2021年に発売されたAKBグループ、坂道グループの楽曲からがベスト12を選定する。
2020年は発表された楽曲自体が少なかったが、それに比べれば2021年はまずまずの楽曲が発売された。去年は「ベスト5」しか選定できなかったが、今年は「ベスト10+2」にできたことが嬉しい。
しかし紅白出場は2020年と同様に坂道3グループのみ。AKBグループにとっては厳しい結果となった。

1位『友情ピアス』(乃木坂46)
新たなデュエットの名曲が生まれた。大園桃子、遠藤さくらの歌唱は舌足らずで心細いが、これぞアイドルという魅力に溢れている。ピアスのエピソードが泣ける。

2位『あの頃の君を見つけた』(SKE48)
松井珠理奈が卒業した後のSKE48再出発のシングル。原点回帰で、ノスタルジックな学園生活の甘酸っぱい感傷を歌っている。「自転車を押して歩いた距離が青春」とは、AKBグループらしい青春定義。

3位『酸っぱい自己嫌悪』(日向坂46)
未熟さゆえの取り返しのつかない失敗を、酸っぱい思いで振り返っている。アコースティックなサウンドが切ない。青春とは後悔するもの。

4位『君と僕と洗濯物』(櫻坂46)
一人暮らしの部屋に突然彼女が訪ねて来て、洗濯物を干してくれるという、何とも都合のいい妄想を満喫できる楽曲。『青空が違う』に続く「一人暮らしの部屋来襲」シリーズだ。時系列に疑問があり、あれこれ推理したのも楽しかった。

5位『あの頃のロッカー』(SKE48)
初期の名曲『手をつなぎながら』を想起させるような楽曲。「心のロッカー片付け」という歌詞から連動している。SKE48のテーマソング、応援歌のようでもある。

6位『音の割れたチャイム』(SKE48)
『あの頃のロッカー』と対になるような楽曲だ。この曲は、初期の名曲『チャイムはラブソング』を想起させる。

7位『我が友よ、全力で走っているか』(NMB48)
この曲はNMB48の青春回顧ソング。今年はなんだかこんな曲が多かった。というか、私がこんな曲に惹かれるのか。彼女たちも、私も、今も全力で走っているとは思うが、全力で走れるスピードは遅くなっているのかもしれない。

8位『夢は何歳まで』(日向坂46)
夢を見ていい年齢制限を尋ねていて、ユニークなプロテストソングだ。この曲のような焦りは理解できる。しかし本当に叶えたい夢ならば、年齢制限などないのだ。還暦の私だって未だにがらくたのような夢を隠し持っている。

9位『気にならない孤独』(STU48池田裕楽)
「歌唱力No1」になった池田裕楽のソロ曲。確かに上手い。曲調はZONE『secret base~君がくれたもの』によく似ている。歌詞の世界観は乃木坂46『君の名は希望』に通じる。

10位『櫻坂の詩』(櫻坂46)
櫻坂46の新たなテーマソングなのだろう。色々な深読みができそうな歌詞。コロナ禍を超えて、久々にライブができた櫻坂46メンバーとファンの心情にはぴったりの歌詞だろう。

番外1『ドラマティックに乾杯』(山本彩)
ドラマ主題歌で、ドラマの内容にも合っていた。山本の歌唱は相変わらず達者だった。彼女にはシンガーとして息長く活躍してほしい。

番外2『歳月の轍』(乃木坂46生田絵梨花)
この曲についてはまだ感想を書いていない。乃木坂46のベストアルバムに収録された新曲のうち1曲で、生田絵梨花の卒業ソングだ。8年前のソロ曲『あなたのために弾きたい』と対になるような曲だ。ピアノ弾き語りのように始まり、徐々に他の楽器も加わり盛り上がっていく。彼女の10年間を振り返る卒業ソングという枠を超え、普遍的な青春の軌跡を歌う、渾身の名曲、名演奏だ。


2020年のベスト5はこちら

2019年のベスト10はこちら

2018年のベスト10はこちら

2017年のベスト12はこちら

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2013年のベスト12はこちら

2012年のベスト10はこちら
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櫻坂46『流れ弾』とカップリング曲を聴く。(ときめき研究家)

2021-12-19 10:44:22 | ときめき研究家
タイトル曲とカップリング曲合わせて7曲。同4曲のSTU48との待遇の差は歴然だ。また、タイトル曲を含め、尖った曲が多く、勢いを感じる。

『流れ弾』。
イントロが恰好いい。アクションもののテレビドラマの主題歌のようだ。
歌詞の内容はいかにも櫻坂46らしい。
かつてNMB48『ワロタピープル』、HKT48『人差し指の銃弾』で描いた世界に通じるものがある。
常に誰かの視線に怯えている。何が炎上し、どこで叩かれるかわからない。油断できない現代社会の恐ろしさ。その2曲は加害者側と被害者側の両側から歌っていたが、『流れ弾』は誰もがその両方になりえるという前提で歌っている。そして最後には流れ弾が止まるというエピローグまで描く。あまりに楽観的過ぎるとも思えるが、これが秋元康の結論なのか。

『Dead end』。
この曲がシングル表題曲であってもおかしくない。イントロも格好いいし、疾走感のある曲調。いかにも櫻坂46らしいプロテストソングだ。
大人たちへの反発、自分のやりたいことが見つからない焦燥感、それらがないまぜになった「行き止まり感」を緊迫感いっぱいで歌う。象徴的な行為として、夜中の商店街を全力で走っているが、『黒い羊』で夕方の商店街を避けて帰っていたことと符合している。要するに反抗する手段さえ見つからない、見当はずれということなのだろう。こういう青春は辛い。

『On my way』。
この歌は緩いプロテストソングだ。大きく道を踏み外すわけではない。ただ、マイペースで寄り道しながら、自分らしく生きて行きたいと歌っている。
ちょっとコミカルな歌い方で、聴いている方も少し息が抜ける曲だ。
曲調はSKE48『Nice to meet you』やNMB48『何度も狙え』にどことなく似ている。

『ソニア』。
母親のルージュを盗み、バスルームでこっそり塗っていた少女が、成長して大人の女性になったという歌。
「母と娘」シリーズの楽曲は、『ママのドレス』『教えてマミー』『女の子の第六感』など定番だが、この曲もその流れを汲む。
1つ疑問なのは、この曲の視点はどこにあるのかということだ。「ソニア ソニア ソニア」と呼び掛けているのは一体誰なのか。冒頭に「ある時僕に教えてくれた」とあるので、普通に考えれば現在の恋人か?でも歌詞をよく聴くと、ソニアが幼い頃のエピソードを過去形でまるで見てきたように語っている。だとすれば、幼馴染で現在も付き合っている恋人なのか?あるいは、神様とか、俯瞰して見ている存在だという解釈も成り立つだろう。
しかし、私は別の解釈を採りたい。それは父親という解釈だ。母親のルージュを盗んだという秘密を父娘で共有するくらい親密な関係なのだと思いたい。そして、いつしか大人になり、恋をして、やがて自分の手元から離れていく日を予感している父親の寂しさまで感じ取ってしまう。

『ジャマイカビール』。
ジャズっぽいお洒落なサウンド。AKB48の『エンドロール』を思い出す。
出て行った恋人が冷蔵庫に残して行ったジャマイカビールを飲んでいるという歌。賞味期限が切れていることから、彼が去ってからかなりの月日が経ったことがわかる。また、ジャマイカビールなどというこじゃれた嗜好から、彼の人となりも想像できそうだ。お洒落で見栄っ張りのアーティスト系か?そんな彼に、彼女は未練たらたらで「断捨離なんてできるわけない」と吐露する。
そもそもジャマイカビールってどんなビールなのだろうか?『裸足でサマー』のルイボスティーもそうだったが、実際に飲んでみると、どうってことないのだろう。

『無言の宇宙』。
「愛は言葉にすると失われてしまう」というのがこの曲のテーマだ。
以前『愛を語る詩人になれなくて』の感想でも書いたが、愛やときめきを言葉で表現することなど不可能。野に咲く花のように、ただ見つめていればいいという歌詞。それはその通りと思う。一瞬で消えてしまう儚い感情を、無力な言葉ですくい取ることは至難の業だ。
しかし作詞家自身、無理だと言いながら、その無理なことに挑むために詞を書いているのではないか。
難しくてほとんど不可能、でも表現したい。この詞はそんな矛盾した心情を歌っているのだ。
『無言の宇宙』だって、結局その無謀な挑戦を試みているのだ。「僕は君を理由なく好きだ」というシンプルな言葉が結論だ。「理由なく」と説明を放棄しているように見えて、その表現でギリギリ愛の真実に迫っている。

『美しきNervous』。
ちょっとふざけたような歌い方が印象的。「ナーバス」を連呼することで不思議なリズム感が生まれていて、耳に残って離れない。
偶然会った彼に一目ぼれして、平常心でいられなくなっていると、一言でいえばそれだけの歌。「ナーバス」をどう訳するか辞書を引いて考えたが、「神経質な」とか「繊細な」ではちょっと違う。「臆病な」が近いだろうか。
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STU48『ヘタレたちよ』とカップリング曲を聴く。(ときめき研究家)

2021-12-08 22:23:01 | ときめき研究家
『ヘタレたちよ』。
ヘタレだってやる時はやるよ、という歌だ。
もう少し細かく見ていくと、2つの主張が込められていることが分かる。
1つ目は、常に「頑張れ、頑張れ」と言われて、汗をかいて努力し続けるのは性に合わない。自分のペースで、自分なりに努力していることを認めてほしい。
2つ目は、そんなヘタレな自分だけど、たまにはいつも以上に頑張ってみようかな、と思うこともあるのだ。
STU48のメンバーがヘタレ揃いなのかは分からないが、気候も穏やかな瀬戸内育ちは、性格もおっとりしていて、ガツガツした人が少ないイメージはある。
そもそも、人間のやる気とは、0か100かではないだろう。ほとんどの人間がその中間なのだ。須田亜香里とか高橋みなみとかがやる気90くらいだとすると、島崎遥香はやる気50くらいに見えた(あくまで私の印象である)。じゃあ、何点未満を「ヘタレ」と言うのか、そんなこと一律には決められないだろう。どんな人間にもヘタレな部分、ヘタレな時があり、それはそれで認めようということではないか。そして、今50なら、たまには60くらい出してみようとか、そういう歌なのだと思う。
AKBグループの定番「弾む息、光る汗」のセットが、「汗かいて、肩で息する奴が評価されやすいけど・・・」と、この曲では否定的に登場しているのが興味深い。

『後悔なんてあるわけない』。
別れの歌なのだろう。共に頑張って来た友と、明日からは別の道を歩いて行く、そんな状況の歌だ。
誰かの卒業ソングなのかと思い、ネットで調べてみたが、そのようなことを書いている記事には行き着かなかった。その過程で「後悔なんてあるわけない」とは、アニメ『魔法少女まどか マギカ』第5話のタイトルでもあり、劇中の名セリフであることを知った。それを踏まえた楽曲タイトルなのかもしれない。
曲調は穏やかで、淡々としている。まるで瀬戸内海の凪のようだ。良くも悪くもSTU48の個性に似合っているのかもしれない。

『夢をガラス瓶の中に』。
ガラス瓶に手紙を入れて海に流す歌と言えば、ユーミンの『瞳を閉じて』を思い出す。坂道グループでは『海流の島よ』(乃木坂46)もあった。海をテーマに歌い続けるSTU48らしい楽曲だ。
ガラス瓶の手紙が、世界のどこかの海岸に漂着し、誰かの目に触れる可能性はどれくらいあるのだろう。それは限りなく0に近いだろう。それなのになぜ人はそのような行為に及ぶのか。それはきっと、誰かに読んでもらうことが目的ではなく、自分の気持ちを文字にして流すこと自体が目的だからなのだろう。『夢をガラス瓶の中に』も、ガラス瓶は世界一周して自分の元に帰ってこないかな、と歌っている。
考えてみたらこのブログも同じだ。もちろん誰かに読んでもらえれば嬉しいし、ありがたいことに少なくない数のアクセスもあるのだが、第一義的には自分のために書いている。自分が感じたこと、考えたことを書き留めておきたい、そしてせっかく書き留めたのなら世界の誰かが偶然目にしてくれることも期待する。そう思う人が多いから、昔ならミニコミ、今はブログやSNSをする人が絶えないのだろう。

『気にならない孤独』。
ソロ曲で、最初に聴いた時から気になった。どのメンバーが歌っているのだろう(と言っても、STU48のメンバーは岡田奈々と瀧野由美子しか知らないのだが)。
少し調べてみると、「AKBグループ歌唱力No1決定戦」で優勝した池田裕楽が、その褒賞としてソロ曲を与えられたのだと分かった。そう知ってみると、確かにしっかりした歌唱だ。また、その歌唱力を活かすような楽曲だ。ミディアムテンポで、抑揚があり、細かな節回しは歌うのが難しそうだ。
更に驚いたのが、「AKBグループ歌唱力No1決定戦」は今回既に3回目だったということだ。過去2回も開催されたことは全く知らなかった。不勉強を恥じるのみだ。第1回優勝者は野島樺乃(SKE48)、第2回は矢作萌夏(AKB48)だったようだ。野島にはソロ曲「夢の在処へ」が与えられたが、矢作は優勝した直後に卒業してしまったようだ。因みに第4回は来年1月12日に開催予定。
私はアイドルの基本は歌手だと思う保守的なファンなので、このイベントは良い試みだと思う。しっかりボイストレーニングして歌唱力を磨いた「歌が上手い」メンバーはもっと評価されるべきだ。しかし一方、技術的には拙くても、「歌でときめかせる」力があるメンバーもまた評価されていい。
『気にならない孤独』は、自己評価が低く孤独を好んでいた「僕」が「君」に出会って心を開いていくといった内容だ。歌詞の世界観は乃木坂46『君の名は希望』『今話したい誰かがいる』などに近い。一方、AKB、坂道グループ以外の曲で、この曲調はなんだかどこかで聴いたことがあると感じたが、ZONE『secret base~君がくれたもの』だと思い出した。特にサビの感じは似ていると思う。
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日向坂46『ってか』とカップリング曲を聴く。(ときめき研究家)

2021-12-01 20:58:56 | ときめき研究家
『酸っぱい自己嫌悪』については既に記事を書いた。それ以外の曲について書く。

『ってか』。
「可愛いから好きになったと言われてもピンと来ない ってか、嬉しくない」という歌だ。
アイドルの歌で「可愛いから好きになる」ことを否定するとは、結構大胆な内容だ。「内面を見て」とか「同じ価値観がほしい」とか、アイドルがそんなこと歌っていいの?と思う。もちろん、歌唱力だったり、ダンスだったり、演技力だったり、バラエティ力だったり、あるいはSNSで発信する性格や文章力だったり、アイドルにも多様な魅力があり、それぞれが個性的に活躍していることは事実だ。でも、可愛さ、美しさ、キュートさ、スタイルの良さなど、ルックスが重要な入り口になっていることも間違いないだろう。そこを否定することは、アイドルという存在自体の否定につながる危険な考えと思う。そんな危険な歌を、何食わぬ顔して歌う所に倒錯した魅力を感じる。

しかし、2番まで歌詞をよく聴くと、単にルッキズム批判の歌ではないことが分かる。
可愛いから、ではなく、どうして私を選んだのか納得できる理由を教えてほしいという要求に変って来ている。「自信ない私を叱ってよ」。つまり、ルックス以外の「内面」に全く自信のない彼女が、全肯定されたいという歌なのだ。
彼女は、ルックスにはそこそこ自信があるのだろう。これまでもルックスを誉められたことは何度もあるのだろう。その反面、自分の魅力はそれだけなのかという不安に苛まれている。そうじゃなくて魅力的な所は沢山あるよと誉めてほしい、そういう心境の歌なのだ。それを素直に言えず、最初はルッキズム批判のような攻撃的な歌詞となっているが、だんだん本音の弱さが顔を出してくる、という複雑な構図なのだ。「ってか」という軽薄な接頭語をつけないと話せない心の弱さを、自分自身が揶揄しているようにも聴こえる。

この楽曲のテーマは、日向坂46に限らず、アイドルというジャンルそのものに存在する永遠の課題でもある。アイドルとは見かけだけで実力がないといったステレオタイプの見方に長年曝されてきたことによる被害者意識、怨念のようなものを感じる。「西野七瀬が、アイドル出身に見えないと言われて喜んだ」という残念な出来事と同根だ。
アイドルはまずは見た目で勝負、可愛いから好きになったとは最高の誉め言葉だと、私は思うのだが。

『夢は何歳まで?』。
タイトルが秀逸。『夢はいつまで?』ではありきたりだが、「何歳まで?」とデジタルに区切って答えを求めている所が新しい。その問いへの回答を考えてみたい。
若いうちは若者らしい夢を見る事を奨励されるが、ある一定の年齢を超えると現実的に生きる事を求められるというのは、世の中の「常識」の不条理さだ。
小学校低学年の作文で「宇宙飛行士になりたい」「プロ野球選手になりたい」「アイドルになりたい」と書くと、夢があっていいと褒められる。「会社員」「公務員」などと書くと、現実的過ぎるとがっかりされる。
では、高校3年生の進路指導で同じようなことを言うとどうか?一部の特別な才能ある生徒を除けば、いつまでも夢のようなことを言っていないで、現実的な人生設計を考えろと言われるだろう。そこでの妥協案は「とりえず大学に行って、やりたいことを見つける」であって、本人と親や教師もそのモラトリアムを許容する。
更に4年後、大学を卒業する段になって、まだ夢のようなことを言っていると、さすがに怒られる。それ以上のモラトリアムは、多くのケースで許容されない。
そう考えれば、夢は18歳~22歳まで、というのが一般的な答えになるだろう。『アーモンドクロワッサン計画』でも、「18で時計は止まらないし」と歌っていた。

ただ、この楽曲は、歌詞をよく聴くと何かが違う。彼には「夢」などない。叶えたい夢があって、その夢のタイムリミットを問うているのではないのだ。夢を持つ前に、夢を持てない世界に最初から絶望しているように見える。社会の一員となって働くことにただ嫌気を感じ、少しでも長くモラトリアムを過ごしていたいだけに聴こえる。実態は『モラトリアムは何歳まで?』。切実感のある曲調に騙されるが、実はあまり真剣味のない歌詞なのだ。

『思いがけないダブルレインボー』。
この曲は「珍しい気象現象シリーズ」だ。『蜃気楼』『Green Flash』『逃げ水』に続く4部作と言える。
そうでなくても、AKBグループ、坂道グループにとって、虹は大事なモチーフだ。ましてや珍しい二重の虹が見えたら、きっといいことがあるだろう。そう言って、落ち込んだ友を励ます歌だ。
爽やかな曲調、癖のない素直な歌詞。日向坂46に似合った、元気の出る応援ソングだ。

『何度でも何度でも』。
この歌も応援歌。
タイトルから、どうしてもドリカムの有名な歌を思い出してしまう。気のせいか、その歌と雰囲気も似ている。

『あくびLetter』。
行進曲みたいな曲だ。夜中にあくびしながら彼へのラブレターを書いているというそれだけの曲だが、何か元気になれる曲だ。
紅茶(ミルクティー)を飲みながら手紙を書いているのは岩崎宏美『思秋期』へのオマージュに間違いない。
恋しているのに眠くなるというのは吹田明日香『バケーション』へのオマージュかどうか自信がない。

『アディショナルタイム』。
些細なことから別れ話になってしまった2人。そんなはずはない、今からでも撤回できる。まだ試合終了していないアディショナルタイム、という内容だ。
サッカーの試合で、アディショナルタイムに点が入ることはよくあることだ。ドーハの悲劇もそうだった。
しかしこの曲の男女はどうだろう。今回の喧嘩は最後のきっかけに過ぎず、もうとっくに心は離れていたのではないか。アディショナルタイムは何事も無く終わるのではないだろうか。
似たようなシチュエーションの歌を思い出した。松田聖子『ハートノイアリング』。彼に嫉妬させたくて架空の男友達の話をしていたら、彼から急に別れを告げられるという歌だ。その歌でも、実は既に彼の心は離れていたと思われる。

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