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同じ本を2度読むのは時間の無駄なのか?(ときめき研究家)

2024-08-16 14:48:37 | ときめき研究家
最近気になるテレビコマーシャルがある。
サントリーのノンアルコールビールを飲みながらのんびり読書していたダイアン津田が、突然「この本、読んだことがあった! 時間返せ!」と叫ぶのだ。
このコマーシャルは、飲んでも酔うことがなく、読書もできるというノンアル飲料の良さを伝えている。そして、一度読んだことのある本に途中で気づくという、誰でもやったことがある「失敗」を微笑ましく描いて、好感度を狙っているのだろう。しかし、私は「時間返せ」という一言に引っ掛かってしまう。

同じ本を2回読んでしまうのは、本当に時間の無駄なのだろうか?
それは、その人の価値観によるだろうし、読んでいる本の種類にもよるだろう。
気に入った小説の本なら、二度三度読み返すことはよくある。あるいは伏線がたっぷり張ってあるミステリーなら、結末を知った後でもう一度読んで確かめたくなる。
一方で、ハウツー本などは、一度読んで内容を把握したら、全文を再読することは少ないだろう。
つまりは「鑑賞」と「情報取得」の違いなのだ。もっと分かりやすい例で言うなら、アイドルを含むミュージシャンの楽曲を繰り返し聴いても「この曲、聴いたことあった! 時間返せ!」とは言わないだろう。漫画もそうだ。気に入った漫画は何度も読み返すという人は多いだろう。ストーリーは覚えていても、同じシーンで何度でも感動できるものだ。
一方で、昨日の新聞を今日のものと間違えて途中まで読んでから気づいたら、失敗したという気分になる。

ベストセラーとなっている三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』にも似たような分析があった。現代人は忙しすぎて「情報」にノイズが混じる「読書」ができなくなっているという説だ。「情報」を得るだけならインターネットが手っ取り早い。時間をかけて、ノイズの中から情報を読み解かなければならない「読書」をするには疲れすぎているというのだ。

ダイアン津田が読んでいた本がどんな本なのかは不明だが、おそらくハウツー本など「情報取得」系の本だろう。しかし、半分読むまで気付かなかったということは、忘れてしまっていた情報を再度取得できたのだから、時間の無駄とは言えないだろう。いっそ最後まで気付かなければ、なおよかったのだ。ただ、読んでもすぐ忘れてしまうような「情報」に価値があるのかどうかはわからない。

要するにこういうことか。2度目と自覚しての再読は「鑑賞」なので、無駄ではない。2度目と自覚せずに再読してしまったのは、気持ちの問題も含めて「失敗」という感情になりやすい。

私自身は、還暦を超えてから、昔読んで良かった本を読み返すことを増やしている。自覚しての再読だ。好きだった小説でもストーリーの細かな部分は忘れてしまっていることも多く、新鮮な気持ちで鑑賞することができる。そんな時は「時間返せ!」どころか、忘れさせてくれた長い時間に感謝したい気持ちになる。
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