梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

研修時代8・再び運命の時

2005年05月25日 | 芝居
二日間のブランクでしたが、ようやく閑話休題ということで、研修生の思い出を。
実は大事なことを書き忘れておりました。それは、「研修生にはもう一度試験がある」ということです。
入所のための一回目の試験では、実技的な試験は行われませんでしたね。これは先述の通り、礼儀や行儀を審査する意味が強いのと、実技課題を出したところで、その場で受験生が簡単に実演できるほど、歌舞伎は「甘くない」からです。
しかし、研修が始まり、さまざまな課目を習ってゆくなかで、養成所側としても、「本当にこの生徒達に、伝統芸能を演じる適性があるのか?」を改めて判断する必要がでてくるわけです。そこで、半年ほど研修をうけた頃に、改めて「適性審査」という実技試験が行われるのです。これに落ちた場合は、即刻退学! じつに恐ろしい試験です。
課目は三つ。「歌舞伎実技」「日本舞踊」「立ち回り・とんぼ」です。私達の期では、又五郎さん指導の「白浪五人男・稲瀬川勢揃いの場」から五人男の名乗りだけを抜粋したもの、花柳流の「松の緑」、そして松太郎さん指導の「義経千本桜・吉野山」の花四天の立ち回りが、課題となりました。
二週間ほどの夏休みが明けた九月のはじめが試験日。もちろん夏休み中も研修室で自習、特訓を重ねておりました。「日本舞踊」は十人の研修生全員で踊りましたが、「稲瀬川勢揃いの場」は、五人男というくらいですので、五人ずつ半分にわけて二回(私は赤星十三郎役)。「立ち回り・とんぼ」は忠信役と藤太役、それに八人の花四天という配役(私は花四天でした)をし、とんぼも実際に返る(ただし「三徳」のみ)、というものでした。
すでに何度も稽古したとはいえ、もしセリフが詰まったら、とか、振りを忘れたら…と思うと気が気でなく、不安でいっぱいでした。目の前には審査員として、又五郎さん花柳壽楽さん松太郎さんはじめ大勢の関係者が見つめてらっしゃる…。いざはじまってしまうともう無我夢中というか、いつのまにかに踊って喋ってとんぼを返っておりました。
審査は当日の三課目の成果と、それ以外の研修課目の講師から提出されている「評価表」とによって合否を決定し、結果は一人ひとり別室に呼ばれて口頭で通知されます。「やるだけやったから大丈夫」なんて思ってみても「もしかしたら…」と悪い予感。またしてもマンジリともせぬ待ち時間を過ごしましたが、やがて私の名が呼ばれ、別室に向かうと…。国立劇場の養成担当の職員方が居並んでおりまして、その責任者の方から、「無事合格」、そして「これからも歌舞伎(の修行を)続けてくれますね」という、有り難いお言葉を頂戴したのでした。
結局十人の研修生は全員合格いたしました。そしてこのときからが、正式な研修生としての修行となったのです。


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