梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

ここにいるワケ

2007年05月22日 | 芝居
『め組の喧嘩』第2場「八ッ山下の場」で見られるのが<だんまり>。
善悪、敵味方が暗中で探り合うさまを、様式的な演技でみせるのが<だんまり>ですが、お家の重宝がからんだり、主な登場人物が<実ハ◯◯>という正体を隠していたり、衣裳のぶっかえり・引き抜き、六方での引っ込みなどの演出が見られる、古風な<時代だんまり>に対し、この芝居や『四谷怪談』の「堀」、『十六夜清心』の「稲瀬川川下」で見られるのは<世話だんまり>と申しておりまして、見た目の派手さはないものの、下座の使い方にしても演者の動きにしてもどこか“粋”でございますし、後のストーリーに密接に関わる展開がみられたりいたします。

「八ッ山下」のだんまりでは、相撲取り四ツ車、四ツ車に意趣返しをしようとするめ組の辰五郎を軸に、尾花屋女房おくら、夜回りの杢蔵、そして炊出し喜三郎、計5人が暗闇で探り合うわけですが、ここに炊出し喜三郎が登場するのを不思議に思う方もいらっしゃるようですね。なにしろこの喜三郎、次の出番はこの芝居の最後の最後、神明社内の喧嘩場に止めに入るだけ。筋の展開には関係のないこの<だんまり>に、わざわざ出てくるその意味は? と思われるのはもっともなことでございます。
しかしながら、実はここに喜三郎が出てくるのは大きな意味があるのです。このだんまりの終盤に、辰五郎が莨入れを落としてしまい、それを喜三郎が拾うという芝居があります。続く2幕目「神明社芝居前」の後に、現行の台本では上演されませんが、「炊出し喜三郎内の場」というのがございまして、ここで喜三郎が、訪ねてきた辰五郎に、くだんの莨入れを見せ、八ッ山下で四ツ車を襲ったのが辰五郎であることを、この莨入れから知ったということを語り、ひいては辰五郎が相撲を相手に大喧嘩を目論んでいるいことを見破り意見するという芝居があるのです。
このように、<だんまり>で起こった出来事が、さらに展開したり、謎解きのように解決することを、<だんまりほどき>と呼んでおりますが、この「喜三郎内の場」では、騒ぎを大きくしてはならないという自分の意見を受けながらも、なおも男の意地を捨てられない辰五郎に、喜三郎も最後は得心、骨は俺が拾ってやると、別れの盃を交わすことになるのです。

…というわけで、「浜松町辰五郎内の場」は、辰五郎が喜三郎の家から帰ってくるところから始まるという設定です。もちろん台詞には書かれておりますが、この場に至るまでどんな物語があったのか、わかっていると興趣もますます深まるのではないでしょうか。
ちなみに、この芝居は竹柴其水の作ですが、「喜三郎内の場」は、師匠である河竹黙阿弥が筆を執ったといわれております。