梅之芝居日記

歌舞伎俳優の修行をはじめてから15年がたちました。
日々の舞台の記録、お芝居ばなし等、お楽しみ下さい。

笑うと真っ黒

2007年05月11日 | 芝居
『め組の喧嘩』での品川女郎役で、<お歯黒>をつけております。
官許ではない<岡場所>である品川や、内藤新宿などの遊女でも、吉原と同じくお歯黒をつける風習がございました。吉原では、女郎が<部屋持ち>とか<座敷持ち>という格に上がると同時に、一般女性の<元服>と同じように初鉄漿(はつかね)つけの儀式を行い、晴れて一人前となったようで、したがって見習い女郎である振袖や詰め袖の<新造>は、まだ歯を染めてはおらず、それは歌舞伎の化粧でも同様です。

本来のお歯黒は、ヌルデの木にできた虫こぶをすり潰した<五倍子(ふし)粉>を、米のとぎ汁などに酢を合わせ、金くずを浸けこんでおいた<鉄漿水(かねみず)>で溶いたものを塗り付けていたわけですが(その他の調合法もあります)、舞台化粧の場合は、手間を省くために、蝋や松脂、黒色顔料をもとに作り出された<早鉄漿(はやかね)>を使用し、付けるのも落とすのも簡単で、見た目は本物そっくりになっています。
あらかじめ歯の表面を拭って水気をとり、そこにライターで炙って溶かしたものを指でなすりつけます。乾いてしまえば台詞を喋ろうが水を飲もうが、そうそう落ちることはありません。舞台がすめば、ティッシュなどで拭き取って落とします。

歌舞伎では、遊女の他に既婚者(世話、時代とも)、局や乳母など奥向きの人々、立役では公家といったお役で、お歯黒をいたしますが、世話物での、長屋のおかみさんのようなお役や、老けのお役では、あまりきっちり塗り付けることはせず、少々雑につけるとそれらしい感じが出ます。逆に廓の太夫ですとか御殿勤めの役では、真っ黒に、そしてびっちり塗り込めることで、格式や品位を表します。…私の女郎役は、岡場所ですからそんなにキッチリ塗らなくてもよいのでしょうが、遊女は遊女ですので、雑に見えない程度にいたしております。

恥ずかしながら上下ともに八重歯なので、塗りにくい部分ができてしまい難儀をしております。苦心して付けたはよいものの、今度は落とすのが一苦労。いっそ歯ブラシでも使おうかしら…。