まろの陽だまりブログ

顔が強面だから
せめて心だけでもやさしい
陽だまりのような人間でありたいと思います。

一遍上人の自己破壊

2017年07月19日 | 日記

ギラギラと照りつける太陽の下で
グランドの雑草がグングンと伸びていました。
このまま放って置いたら天まで届きそうな勢いでした。



雑草という名の植物はないと言われますが
これはやはり畏敬をこめて「雑草」と呼びたいですねえ。
ちょっと詩的に言えば夏草でしょうか。

   夏草や 兵どもが 夢の跡  

芭蕉がこの句を詠んだのは
確か奥州・平泉だったと記憶しますが
かつて義経や藤原一族が功名・栄華を夢見た場所も
今はただ夏草が茫々と生い茂るばかり。
芭蕉ならずとも「無常感」を噛みしめてしまいますねえ。



仏教にはいたって疎い私ですが
昨日、新聞でたまたま一遍上人のことを書いた記事を読みました。
一遍上人は四国に生まれた鎌倉時代の僧侶で
ひたすら「南無阿弥陀仏」の六文字を唱えることで
人々を極楽浄土へと導いた人物です。

彼はすべてを捨てなさいと教えます。
捨てようと思う、その心も捨てなさいと教えます。
一種の「自己破壊」ですなあ・・・
自分を自分たらしめている意識、自我、自分と相手の境い目
それすらも捨てなければ、人間は救われないと説きます。
人一倍、嫉妬や雑念や煩悩の強い私には
とても無理な相談ですが
人間が「救われる」とはどういうことなのでしょうか。
何も考えず野放図に伸びる雑草を見ながら
ふとそんな高邁なことを考えてしまった一日でした。