満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

「Voicelessness」 千野秀一Shuichi Chino & 半野田拓Taku Hannoda

2017-03-31 | 新規投稿

千野秀一Shuichi Chino & 半野田拓Taku Hannoda

弛んだ弦をかき鳴らすような無機質な音はギターの空ピックのような、しかも指盤に弦が当たりまくって、打楽器のようなパーカッシブな一種、異様な音でもある。「Voicelessness」(無声)と題されたこの作品で私達はまるで何かの作業現場に立ち会うかのようなドキュメンタリー的演奏の風景に出合う。千野秀一が奏でるのは壊れたオートハープ(broken autharp)。氏によるとそれは最初から壊れていたという。私には千野氏がなぜ、この楽器を演奏しているのかという素朴な疑問も湧く。「もともと壊れていたのでオートハープとしては使っていません。弦が30本ほどあり携帯用インサイドピアノといったところです。コンタクトマイクで増幅しています。」彼のコメントから想起するのはピアノの弦を直接、タッチするいわゆるプリペアドピアノのような質感を求めた事と、壊れていたことで音階は弾けず、カシャカシャと響くその音そのものに着目し、コンタクトマイクで増幅する事によって、逆にオリジナルな音響機器としてしまったという事だろうか。


ポピュラーミュージックから映画音楽、ジャズ、実験音楽など数多のジャンルを横断してきた千野秀一は‘壊れたオートハープ’によるノイズ音響的インプロビゼーションに行き着いた。実際、クレジットには‘broken autoharp’とある。その音はかなり即物的で限りない無調の世界とも言える。私は一度、その演奏を観た時、一見、異様な機器を一心不乱に掻き鳴らす千野氏にある種の突き抜けた到達点を見る思いがした。氏によるピアノやキーボードによる即興演奏とは違う様相を示すその演奏は千野氏による音響への目覚めなのかもしれない。通常、即興演奏とは楽曲に対するアンチとして成立する場合が多く、音階やコードワークにまつわる楽理からの解放という本質がある。従って、即興演奏とは基本的には‘曲’に対する‘曲ではない’というどこまでもその演奏性によって認識されるケースが多い筈である。それに対し、今、私が言った‘音響’とは演奏ならぬ‘音’そのものの提示の事である。したがって、私は千野氏による即興演奏が音階に対するアンチテーゼからサウンドの即興的な提示という音響志向そのものに変容したのだと理解した。その意味でポイントになるのが、共演者の半野田拓なのである。二人は実に15年の長きに渡ってduoによる演奏を続けてきた。半野田氏が登場したのは内橋和久氏が神戸ビッグアップルで行っていた即興ワークショップnew music actionであるが、そこで皆が注目したのは並み居る演奏巧者によるインプロバイズとは別の切り口を持った演奏によるインパクトであったと思う。通常の楽器演奏による試行錯誤に満ちた即興演奏(苦闘にも似た)ではなく、音響機器的ギターを扱い、驚きのサウンドを奏でるそのセンス、発想の豊かさにあった。シンセでもなく電子音的な質感を持ったその奏法、音そのものの面白さで人を惹きつける、その独自の世界が驚異感を持って登場したのである。しかも彼が時折奏でる風変りなメロディ、童謡的なデジャブ感を持つ、独特でユーモラスな音階は、半野田拓というアーティアストの個性を決定つけ、もはや半野田拓と言えば‘あの可愛らしいメロ’とノイズが交差するサウンドによって認知される場合が多い。私が感じるに半野田氏は即物的なものから始まって、旋律に行き着くといういわば、千野氏とは逆の経緯を体現した表現者なのである。したがって千野秀一が調性音楽から即興演奏へ、そして、即物的音響へと到達したのに対し、半野田拓は音響的本質を有する演奏から音階へと横断する。
そんな両者の持ち味が最大に発揮されたのが、本作の5曲目 track 5かもしれない。千野氏が繰り広げる無秩序な音響に半野田氏が相乗りしながら、時折、あの半野田節ともいうべきユーモラスな和メロを差し込む事で、凄まじくも美しい音響の実験となっている。しかも特筆すべきは音の太さを実感できるそのアナログ感覚の充満度も見逃せない要素であろう。

千野秀一と半野田拓。
二人の演奏から‘先端’という慣用句を思い浮かべる事も可能であろう。しかし、それは私達を取り巻く音楽シーンにおけるある種、‘出尽くした感’を突破するのではなく、‘先端’の基準そのものを溶解させるような熱烈な快楽性を更新するものとして、立ち現われるのかもしれない。




2017.3.30

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