満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

『AUGUST BORN』 /  AUGUST BORN

2007-06-02 | 新規投稿

AUGUST BORNを聴いて咄嗟に思い出した事がある。
灰野敬二がインタビューでシドバレットが好きな理由を「部屋で流していて悪くないから」と答えていた事だ。それはだいぶ前(26年位前)の雑誌の記事だった。そんな昔の事が急に記憶として甦るのは不思議な事だ。多分、間違いないと思う。
<部屋で流していて悪くない>とは微妙な表現だ。積極的に聴くという行為やそこから得られる濃厚な快楽から離れているようで、しかし何物にも代え難い心地よさがあるという強い肯定の感覚もある。
私はAUGUST BORNからそんな実感を得た。正に<部屋で流していて悪くない>という感じだ。そしてこれは極上でもある。こんな音楽は滅多にない。
イーノの環境音楽のような微音スタティックな空間でもなく、ヒーリングミュージック等と称されるわざとらしく高圧的なものでもない。(あの手の押しつけがましさは処置ないね)いわばAUGUST BORNは私にとって本物の<癒し>の音楽なのだと感じた。

AUGUST BORN はベンチャスニー(Ben Chasny)と臼井弘行の二人によるユニットである。臼井弘行とは灰野敬二 / 不失者の元ドラマーであり、その後は歌、ギター、ディジリドウ等によるソロとなり、独自のサイケデリアを紡ぎ出す孤高のアーティストとなったようだ。その作品『holly letters』(92)を私は聴いていないが、ベンチャスニーがこれを聴いて感化され、臼井やP.S.Fレーベルのアーティスト(友川かずき、三上寛、灰野敬二など)の熱狂的なファンとなり、その臼井弘行と運命的な遭遇を果したのがこのAUGUST BORNである。ベンはsix organs of admittanceのリーダー。『school of flowers』(2005)という傑作がある。(これは最高だ)

二人の奏でるアコースティックギターの流麗な響き。もはやサイケデリックフォーク、フリーフォークという呼称すら、どこか遠いものに感じる。弦の音が全て鮮明に聞こえる。ムーディにダラダラ弾いてそれらしく見せる多くのサイケフォークとは訳が違う。この二人、表現の奥底まで辿って行っている。ダークな闇の中にキラっと光る光明が射し、少しずつ拡がっていく。神秘や精神世界を表す一種、高踏的な匂いを醸し出しながらも、自然に耳をそばだてたり、身を任す事のできるサウンド。臼井のまるで唱名のような歌声。この催眠効果はある意味、危ない世界だが、もう音楽的気持ちよさが勝ってしまい、私の心身は引き込まれ、そして離れる。確かに洗われる。すごく落ち着いた心情になる。私は音楽の力をここにも見つけたと思う。

曲名や英詞を見ると鳥の死に関するストーリーを持つコンセプトアルバムのようであるが、物語を象徴的に捉え、一つの世界観を体現している。無常観やわびさび、そして生命意識を簡潔な音で描ききっており、もはや雄弁な言葉や思惟、宗教の説法が無効になる。音楽の先端はいつでも時代精神や新たな思想潮流を導いてきた。それを感覚的にキャッチし次代への先導を果してきた。それも極めて無意識に。言葉の世界はそれを後から追いかけてきたのだ。
AUGUST BORNにある世界を私は人間に必要なある基底、一部分であると直感する。
<癒し>が個に留まらず、そこから一本ずつの小さな枝分かれによって無数の<癒し>へと発展する可能性を帯びた音楽の力。それが本物のサイケデリックだろう。嘗て究極のサイケを体現しながら個の狂気に陥ったシドバレットを超えうる音楽がAUGUST BORNにあると感じる。

 




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2 コメント

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素敵な言葉 (H.U.)
2007-10-06 03:08:48
たとえ世界のほんの一握りの人達だったとしても、私が意図しているところをしっかりと受け止めてくれている事が確認出来る事は何にも変え難き幸せです。リリースして良かったのだろうかと思い続ける気持ちが少しづつ癒されています。ありがとう。
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コメントありがとうございます (宮本 隆)
2007-10-06 23:38:46
このアルバムを聴いてすぐ、『holly letter』もPSFから購入しました。多くの人に聴かれるべき音楽。いや、人数に関係なく聴いた人の内部にしっかり刻まれる音楽だと感じています。次なる作品も期待しております。コメントありがとうございました。
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