満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

渋さ知らズ 『巴里渋舞曲』

2008-12-04 | 新規投稿

地底レコード(chitei record)のホームページによると私のバンド、TIME STRINGS TRAVELLERS(時弦旅団)は解散した事になっているが、解散したつもりはなかった。休んでいたのだ。最近、再びやる気になり、半年程前からリハを再開した。埃のかぶった楽器ケースを雑巾で拭いて、ベースを手にしたのが、殆ど7年ぶりだ。パートナーの山口くんがYOUTUBEにバンドの古い映像をアップしたのも、一種の景気付けか。意欲が湧き、月に2回というスローなペースで練習している。いずれ、ライブとレコーディングも再開したいものだ。その時はまた、地底レコード、吉田さんに頼もうかな。

地底レコードと言えば渋さ知らズ。殆どこのバンドだけで収益が成り立っているレーベルなのだ。いや、失礼。同レーベルの看板アーティスト、渋さ知らズの新作『巴里渋舞曲』はパリでのライブ音源。以前の『渋龍』(89)がドイツでのライブだった事からも解るようにこのバンド、ヨーロッパではもはや顔である。『巴里渋舞曲』はCD二枚組+DVDの豪華版。ステッカーまでついている。地底レコード、頑張った。内容もその圧倒的なパフォーマンスを生で捉えたようなドキュメンタリー感覚がある。客席の真ん中あたりでテレコで録ったみたいな音質が素晴らしい。いや、本当にそうしたんじゃないか。録音レベルの低さ(音圧の)、ホール感、微妙につぶれた音。低予算の代物とみたが、いかがか。空気感が充満している。自然のリバーブが心地よい。私はパーラメンツのライブアルバムを思い出した。あの音に近い。

ヨーロッパ、特に独仏に顕著な非―白人文化への一種、偏愛に似た嗜好。エスノイズム、エキゾチズムに対する感性の連続は、ヨーロッパ文化の‘不足’を補う為に必要とされるヨーロッパ自身の再生の滋養であろう。アールヌーヴォーを準備したジャポニズム、ダダ、シュルレアリスムにインプットされた黒人詩や海洋芸術の痕跡。ヨーロッパフリーを用意したのは60年代に渡欧した多くの前衛ジャズメンの活動であり、その多くはアメリカ本国で仕事にあぶれた者だった。ヨーロッパはいつでも異文化を吟味しながら鑑賞する。だから贋物は通じない。
渋さ知らズを目撃した多くの欧州人にかつての寺山修司=天井桟敷の公演の記憶が残っていたかは定かではないが、その祝祭度において、下世話さにおいて、ハチャメチャさにおいて、衝撃度は勝っているだろう。渋さ知らズの前ではもはや知的スノッブは通用しない。‘渋く’なる事を拒否するそのバンド名に倣う表現感覚は何物にも収斂され得ないラディカリズムを具現化する。もうアングラすら意識下にないその爆走感覚は、あらゆる解析をスルーするかのような裸性の固まりと言えようか。総勢30人の一大舞台。‘this is japanese groove’とうそぶきながら「エンヤートット!エンヤートット!」の呼応をフランスの観客に強要するMCはバンドの真骨頂。恥も外聞もないその振る舞いから繰り出される圧倒的な演奏は有無を言わせない開放感を教えているかのようだ。

メジャーからもリリースがあった渋さ知らズだが、地底レコードのリリースは続く。『巴里渋舞曲』はレーベルナンバー、B41F/42F。もう地下42階まできた。これからも地底の奥深く潜行し、いつか地球のマグマまで到達するんだろうな。

2008.12.4

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする