満月に聴く音楽

宮本隆の音楽活動(エレクトリックベース、時弦プロダクションなど)及び、新譜批評のサイト

   MILES DAVIS QUINTET 『EUROPEAN TOUR 1967』(DVD)

2008-02-29 | 新規投稿
  
粒の立った音が物質のようにビシバシ響く。
切れ味が鋭すぎて、身構える体勢を余儀なくさせるよう。腹に力が入る。実にリラックスできない音楽。ライブ会場の緊張に満ちた空気感は一種、異様。エンターティメント性は見事にない。マイルスデイビス達は演奏だけを行っている。しかも、かなり無愛想に。
モノクロームの映像から伝わる音響磁場。その強度は音楽形式の進歩史観そのものの再考を強いるものだ。全然、古くない。今でも軽く最先端。40年も前のライブなのにこのラジカルさ(根源的で革新的)。60年代マイルスグループだけ聴けばジャズは事足りるんじゃないのか。

目も眩むようなウェインショーターのアドリブプレイの硬質な輝き。
そのメロディを圧縮したような演奏にずっと魅了されている。ウェインのアドリブこそが60年代マイルスを決定付ける要素だと思っている。迎合的旋律やブルース臭すらも消去するような硬質さ。メロディが容易く流れる事を意識的にカットし、ブレスによる小刻みなフレージングを持続させる。このクールさはとてつもなく現代的だ。現在の全ての音響的先端性に通じていると言ってもいいだろう。メロディの振幅を制御する方向が逆に、そのブルースの深化へ至る。歌の歌い方、その多様性の奥深さを思い知らされる。
そしてそんな演奏の一つの秘訣と言うか、必然が解った気がする。スピードだ。スピードを絶対法則とした当時のマイルスクインテット内の不文律がウェインをしてあのような演奏へ導いていた。そしてそのスピードをコントロールしたトニーウィリアムスという起爆装置がバンド全体の方向をも示唆していた。メロディの振幅を最小限にしたジャズの実験。しかもフリージャズを意識的に回避しながら、各自の発する音が物質化し、混濁する速度を一つの快楽原則とする当時のマイルスデイビスの自信が見える。彼によってスタンダードさえもフリーとなった。フリージャズよりもフリーに。

ここにあるのは内発性の極地なのだ。
現在のジャズの多くが、いかにジャズという形式や音楽技法を意識した演奏の放流に終始しているか。音楽芸能が細分化し尽くされた現在、多くのアーティストは技法への依存や快楽原則を様式美の中に閉じる指向性が顕著であり、‘現状’という外界、しかも多くの場合、視野に入れる必要もない他者ミュージシャンの動向を意識した活動さえみられる。商業主義に拘泥されたUKロックなどはその最たるものなのだが、ジャズとてその演奏技術の習得や作曲、即興さえも意識範疇の中に実は同時代音楽への過剰な視線を真逃れていない。ここに決定的に脆弱さがある。アーティストが本来、意識すべきは己の想像力に向かい合い、ある種の限界を知る事で、技術や感性を深化させていく事以外にないはずなのだ。

60年代マイルスデイビスグループは‘創造’という地平への眼差し以外に何もないような気がする。もはやジャズすら意識していない。先達の開拓形式の技術習得の後、それを一旦、手放す冒険性をいつも覚悟している。自発性とはイノベーターへの真の理解と尊敬、その継承を意識する事に始まる。しかも‘継承’とは様式の模倣ではなく、超克を必然的に要求するものだろう。‘無’からは何も生まれないが、‘無’を意識する事で表現の拠点たる原形を確固とし、イノベーターから連なる者としての新種のイノベーターたり得るのだろう。マイルスデイビスはそこに自覚的であったからこそ、時代ごとに変化、進化があったのではないか。

だからこそ文句を言うが、このDVDもジャケ写真を適当にはめ込んでいる。60年代のマイルス映像に70年代のマイルスの写真。この手のいい加減な制作はブートのみならず正規盤でも結構、ある。もはや間違いさがしゲームの如きなのだ。カッコいい写真だからと言って許されるべきではない。なぜならマイルスの場合、その時期ごとに音楽性ががらっと変わり、それがファッションやビジュアルの変化とリンクしている。周知の通り。
60年代マイルスグループはスーツ。正装に決まっておる。正装でキメてこのような高速のパンクジャズを客に媚びず、一気に演奏する。余計にこのアグレッシブな演奏が映えるのだ。しかも正装しているくせに挨拶もMCもお辞儀すらしない。不敵な態度を貫く。
だからカバーフォトもスーツでキメたマイルスのカッコイイイ写真にしてほしかった。いくらでもあるだろうに。ちゃんと仕事して欲しい。

2008.2.29


                                                                                 
                                                                                                                                                                                                                                             
                          
                 
                                                           

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