it's a sony!!!

2009-08-08 10:18:51 | Weblog
 sonyが自動的に上下左右に首を振って、顔を認識し焦点はもちろんのこと、ズームもして構図を選んで撮影するデジカメを発売しました。
 やったー!



sound.

2009-08-07 11:24:20 | Weblog
 2009年8月5日水曜日。

 Lにばったり食堂で会った。
 彼女とは大学院の同期で、入学試験も一緒に受けたし、修士課程も一緒に卒業して、博士課程にも一緒に進学した。流暢な日本語を話すので、最初見たとき日本人かと思ったけれど中国人の女の子だった。博士に進学してから、僕と彼女しか受けていない講義の最中、教授が「Lはもう結婚してるからねえ」みたいなことをさらっとおっしゃり、僕はそのとき初めてLが結婚していることを知った。研究室も違うし、僕と彼女はたまにしか会わないわけだけど、ある時見かけて、なんかお腹が膨らんでるなあと思っていると次会ったときにはベビーカーを押していた。

 そして今は子供が中耳炎で困っているという。僕が「僕も子供の頃中耳炎になった」というと、Lは「日本人はみんなそう言いますね」と答え、中国ではそんなにたくさんの人が中耳炎になったりしないし、私もなったことないから、これは日本の湿度が高い所為なのではないか、と持論を述べた。

 僕はそれを聞いて、もしかしたらそうなのかもしれないなと納得した。
 子供の頃、結構たくさんの人が中耳炎を経験しているように思う。僕は何度か患って耳鼻科へ通っていた。耳の中に綿みたいなものを詰められたりしたような記憶がある。一度夜中に痛くて泣いて、父親が行きつけの耳鼻科を起こして診てもらったこともある。でも基本的に子供は誰でもなる病気だと思っていた。

 そうか、中国ではそんなに中耳炎がないのか。


 2009年8月6日木曜日
 Jにばったり会うと明後日から9月半ばまで韓国に帰るというので驚く。恋人であるOがその頃にはトルコに帰っているから、韓国へ行くともうOに会うのは今日と明日で最後になるからだ。僕は別に韓国にそんな長く帰らなくてもいいんじゃないか、ということを言ったけれど、彼女は「仕方が無い」と淡々としている。

 何度か原爆の話題が上がる。子供の頃は酷い酷いといっても戦争してたんだから、と実は思っていたけれど、大人になってからいくらなんでもあれはと思う。戦争のことは色々分からない。本当のところ何があったのだろうか。何が本当で何が嘘で何が全く知られていないのだろう。
 オバマ大統領が来日して広島を訪ね、そして原爆の謝罪をするのではないか、ということが言われている。アメリカはまだ日本に謝罪していないだとかなんとか。僕には国家が国家に対して謝罪したりすることの意味があまり良く分からない。それは一体誰が誰に謝ることになるのだろう。それとも、そういう詳細を省いた、ややぼやけた落とし所として、つまりは呪術的な意味合いで機能しているのだろうか。

 このところニュースは押尾学とXのことで持ち切りで、事件のことは別にいいとしてエクスタシーというちょっと懐かしいドラッグの名前を見るとどうしてもイギリスのsecond summer of loveを思い出す。懐かしいとか思い出すと言っても別に僕が体験したわけではないけれど、一時期はヒッピームーブメントに派生する文化がとても好きだったので、それらがとても好きだった時期を思い出す。summer of love というのは元々68年くらいのヒッピームーブメント最高潮の時期を差す言葉で、ついで80年代の後半には、当時流行っていたレイブがイギリスに移植されてイギリス中心にsecond summer of loveが起こった。summer of love はLSDとマリファナが象徴し、second summer of love はXが象徴した。80年代後半イギリスのクラブではXで死ぬ若者が多数出て問題になっていたと思う。Xは単にハイになったり幻覚を見たりいい気分になったりするだけの薬ではなくて、人との繋がりや一体感を強く感じる好意や愛情に似たものを体験することのできるドラッグで、日本でも一時期流行っていた。僕は可能な限りピュアでクリアな状態を保っていたいから(もちろん何がピュアでクリアかなんて分からない。薬で拡張された精神活動が実は日常の精神よりもピュアでクリアーなのかもしれないし、そういうことを目的にLSDを使う人だってたくさんいる。ここでは極々常識的な意味合いで)、薬を使いたいとは全然思わないけれど、summer of loveのような波がまた来たら面白いだろうなと思う。

 second summer of loveを受けて、イギリスでは「フレーズの繰り返しを含む音楽の掛るパーティー」が違法で警察は即座にこれを解散させることができるというクリミナル・ジャスティス・アクトという吃驚な法律が出来た。今、イギリスってどうなっているんだろう。

light.

2009-08-05 14:51:44 | Weblog
 この間の日曜日、文化博物館で開催中の藤城清治展にYと行ったところ、僕は彼の絵にはあまり興味がないけれど、いくつかの絵本のストーリーが全部書かれていて、それを読むのがとても面白かった。子供向けの本を書くときに文体っていいなと思う。
 スクリーンの周り、四方を鏡で囲い、万華鏡の要領で無限に広がる映像が体験できる展示があって、それはとてもとても面白かった。特に新しくもないはずだけれど、考えてみたらこういう風に鏡に囲まれて映像を見たのははじめてだ。目の前に無限の広さを持った画面があって、そこに写る動画を見る。面白いのでこればかりずっと見ていた。

 展覧会へ行く途中にM君達にばったり会い、さらにKちゃん達にばったり会って、なんとなく夏だなと思う。
_____________________________

 たとえば「自民か民主のどちらを支持するか」みたいな質問に、別にどっちもでないというような返答をすると、「そこを敢えてどちらかというと、敢えて選ぶと」と無理矢理どちらか一方を選ばそうと突っ込んでくる人が時々いる。答えは無い、と言っているのに、意味がなくても答えが欲しい、という人は本当のところ一体何が欲しいのだろうか。
______________________

 一昨日の夜、珍しくKが電話をしてきて、今から鴨川でビールでも飲みたい、というので月夜の出町柳へ。Kはギターを持ってきていて歌を歌っていた。
______________________

 色々思いもしなかったことが起きる。
 長い年月を経て何かが起きるととても不思議な気分になる。
 あれからなんと10年。
______________________

 最近あまりまともな物を食べていないなと思って、ひさびさに「おいしい」へ行って夜ご飯を食べる。気分がオープンなときは他のお店でもいいけれど、なんとなく閉じているときはカウンターに座ってもあまり話さなくて済むお店がいい。野菜ばかりのおまかせを注文する。出てくるのが遅いことを覗けばとてもいいお店。

_____________________

 写真はしばらく前に見た変な雲。
 真っ直ぐに立てに別れているように見える。

r.f.

2009-08-03 18:27:12 | Weblog
 梅雨が明けたかどうか、ということを特に気にせず生活していたので、今日が梅雨明けだと聞いて少し吃驚しました。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090803-00000027-kyt-l25

 普段どうして梅雨のことを気にしていないのかというと、梅雨だと言われても晴れている期間は晴れているし、梅雨が明けたと言われても雨は降るからです。僕にはそれほど梅雨という期間がはっきりと感じられなくて、じゃあ梅雨の定義って一体なんだろうと少し調べてみると、なんとはっきりした定義はないとのことで、梅雨入り、梅雨明けの宣言もマスコミの要請で始まったと書かれてあった。じゃあやっぱり梅雨なんて全然気にすることない。

 日食のときにこのことを書いたつもりだったのに書いてないみたいだから、空の話ついでに書くと、日食の観察は黒い下敷きとかでしてはいけません、専用の眼鏡を使いましょう、危険です、みたいなことがそこらじゅうに書かれていて、僕は自分が小学生のときに太陽の観察(高度測定)を黒い下敷きでしたこと、を思い出して奇妙な気分になった。僕達が子供のときはそれが当たり前だった。いい加減なものだ。

 いい加減な話。

 子供のときは太陽の光をたくさん浴びて健康に、みたいに言われて、でも今はなるべく日光から肌と目を守ることになっている。

 運動の最中は水を飲んではいけないと体育の時間に水を飲むと怒られた。今となってはとんでもない話だ。

 話が少し違うけれど、僕は子供の頃からずっと「外国の人はたくさん食べる」とどうしてか信じて生きてきたけれど、実際に大人になって沢山の外国人とご飯を食べて思うに、僕よりたくさん食べる人に会ったことがない。僕の感じでは日本人の方がむしろ沢山食べるのではないかと思う。これはどういうことなのだろう? アメリカではなんでも大盛りだ、みたいな話を取り違えているだけなのだろうか。


p->f; m->t.

2009-08-02 11:42:34 | Weblog
 2009年8月1日土曜日。
 夜に降った短い雨の後、さっと夕飯を済ませようとball&chainまで歩いて行った。どういうわけかお店に入る気がしなくて、2回も店の前を通り過ぎて、やっぱりやめにして寮に戻ると表でP達が話をしている。どこからか予定より早く戻ってきたみたいだ。あまりにタイミング良く僕が戻って来たのでPがちょっと吃驚していた。僕も吃驚して、それから店に入る気がしなかったのはそういうわけだったのかもしれないなと合点する。今日はPとMが寮にいる最後の日だ。
 ビールを飲みに行く前に、Pがシャワーを浴びるというので一度部屋に戻る。しばらくするともうこのまま今夜京都を出るMが僕の部屋にやって来て、いつか再会する未来までしばしお別れの挨拶をする。
 Pと月光草へ。結局ここへ連れて行くのも最後の日になってしまった。同じところに住んでいて同じ大学に通って、いつでも何でもできると思っていたら、4ヶ月はあっという間に過ぎた。Pは典型的なフィンランド気質で、難しい顔をして静かなことが多いので「嫌われている」と思う人も多いみたいだけど、実際のところ彼とは気が合った。楽しく弾む会話が止まらない、みたいな感じでは全然ないんだけど、きっと根本的には同じサイドにいるのだろうということをお互いに分かっていたと思う。池ちゃんがフィンランドのバンドを掛けて、うららさんが帰りにパンを沢山くれた。Pは「サルミアッキより甘い」と言ってラクリスのキャンディーをくれた。僕は何も上げなかった。彼は結構京都が気に入ったみたいで、そう遠くない未来に京都へは来ると断言して、流石に少しばかり感傷的に成りながら再会することを誓った。雨は降ったり止んだりした。