幸重忠孝さんのFacebook(https://www.facebook.com/share/16YZRKqw2L/)から
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【こども食堂に関わる人にはぜひ読んで欲しい記事】
杉山春さんによる、「こども食堂から一線を引く」宣言をしたこども食堂の名付け親であるだんだんの近藤さんへのインタビュー記事がネットにアップされています。読み応えと大事な問題提起がされている記事なので、ぜひ多くのこども食堂やこども支援に関わる人たちに読んで欲しい(特に中間支援団体)。
いくつか刺さった言葉を引用します.
「地域力、居場所作りといいますが、そんな生やさしいものではないです。そういうことを行政の方も知ってほしい。あなたたちはお仕事ですが、私たちはボランティアだということを忘れないでほしい。こども食堂は行政の下請けではありません」
ホントその通り。ちなみにこどもソーシャルワークセンターは、狭義の意味ではボランティア活動でも団体でもないです。雇用された専門家によるNPO法人です。ある意味では行政の下請けというか制度の狭間を民間団体の強みを生かしてアプローチしています。しかし近藤さんの発言にあるように、最近「こども食堂」「フリースクール」などに国や自治体が求めていることは、下手すると行政がすべき支援の丸投げややりがい搾取のように感じることがあります。
「また、地域には町会や商店会など既存の団体があります。自治会長や保護司、民生委員など、肩書きがある方たちもいる。こども食堂は地域の新参者で、なかなか関係を作りにくい。日本の体制って、国民をタダ働きさせるようにできているのではないかと思うこともあります。国民の善意を利用して、これはいいことですから、みんなで頑張ってください。頑張りましょうと。あおってきたんだなと私は思います。」
こども食堂などの民間活動の地域活動は、自然発生的に必要と感じたりやりたい市民の活動として増えていくべきものであったはずだと思います。だからこそその多様性や数は、たくさんあってこどもたちが行きたい場所を「選べる」からこそ「こどもの居場所」になるのだと思っています。「こどものための」場でこどもの権利が守られる場であるからこそ「こども食堂」の名前がふさわしいのであって、「こどもを支えたいおとなのための」場になってしまえば、こどもの権利やこどもの思いがあとまわしになって、今のこども食堂は何が主で何が従かわからなくなってしまっています。
最後に。個々のこども食堂否定したり、実践者のみなさん(特にボランティア)の頑張りを否定する気はありませんが、今の国や自治体がすべきことを棚に上げて、こども食堂を必要以上に賞賛したり、必要なこどものところにまわすべき税金や寄付が、おとなのエゴと思われることに使われている(おそらく意図的に作られた)世の中の流れに異を唱えています。
尊敬すべき実践者である近藤さんの思いを同じく尊敬すべきライターである杉山春さんが記したコラム。とにかく多くのみなさんに読んでもらったり、記事をシェアして広がることを願っています。
「こども食堂から一線を引く」 《こども食堂》の名付け親が決意した背景 ボランティアでできる支援には限界がある
「こども食堂」が全国で1万カ所を超えたという。地域のボランティア
などが運営する、子どもが無料あるいは低額で食事ができる場所だ。著名な俳優が「こども食堂」を訪ね、子...
東洋経済オンライン
私も地域の1住民として、「孤食の高齢の方や仕事帰りにホッと立ち寄る方、大勢で食べる楽しさを知らない子どもたちへの夕飯の提供」という思いをもって、
NPO法人「COCOいこっと」さんの「地域食堂いこっとや」の活動に関わって、
もう3年目になります。
木曜日夜の「いこっとや」は、
5月2週目で100回を迎えました。
先週102回目の「いこっとや」には、
●毎週来られるご夫婦
●お互いにひとり暮らしの友人同士
●パパが残業で遅くなるから来てみた、という幼児連れのおやこ
●同じこども園に通う友だち同士のおやこ
●違うまちに引っ越したけど、引き続き毎週食べに来てくれる家族連れ
●毎週ここに来るのが癒しという青年
など、50人弱が食事に来られました。
当初30人を目安にスタートしたのですが、
常連さん+初めての方、その初めての方がまた常連さんになって、と、
今は40人以上がふつうになっています。
50食以上は、人的にも物的にも難しい状況で、
今でも「今日はいっぱいになったので、ごめんなさい」とお断りすることもあるのに、
これ以上増えたら、毎週そんな感じになるのでは?
それって、やりたかった食堂のあり方かなぁと、ちょっと疑問になりそうな状況です。
この「こども食堂」「地域食堂」は、
幸重さんがおっしゃるように、
「こども食堂などの民間活動の地域活動は、自然発生的に必要と感じたりやりたい市民の活動として増えていくべきものであったはずだと思います。だからこそその多様性や数は、たくさんあってこどもたちが行きたい場所を「選べる」からこそ「こどもの居場所」になるのだと思っています。「こどものための」場でこどもの権利が守られる場であるからこそ「こども食堂」の名前がふさわしいのであって、「こどもを支えたいおとなのための」場になってしまえば、こどもの権利やこどもの思いがあとまわしになって、今のこども食堂は何が主で何が従かわからなくなってしまっています。」
ただの「食堂」なら、1食300円(子ども100円)とかではやっていけなくて、
今のこの地域で「必要」だからこそ、
仲間と一緒に続けられていることだということを、
あらためて思いました。
●忙しいママやパパが、夕飯の支度や片付けに使う時間を子どもたちとゆっくり過ごす時間に。
●野菜たっぷりの食事メニュー。
●いつもと違う料理も食べてみる。
●いろいろな人と食べる楽しさを体験。
●細かく、うるさく言われずに食べていい場所。
●孤食をなくす
などなど、私が食堂に寄せる思いです。
阪南市でもたくさんの「こども食堂」「地域食堂」が生まれていますが、
関わる人たちがそれぞれの思いをもう一度確認し合いながら進めていってほしいなあと思うし、
ネットワークを束ねる社会福祉協議会さんも、
「紹介」だけではなく、長く継続できるための研修や意見交換の機会を、
しっかり作っていってほしいです。