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うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

深尾くれない

2012年04月03日 | 宇江佐真理
 2003年4月発行

 江戸前期の剣術家で、雖井(井蛙)流兵法を開いた実在の人物である鳥取藩士・深尾角馬を描いた小説。
 角馬は妥協を好まぬ性格であり、妻二人と、娘の恋愛のこじれから相手方の親子を斬殺するなど残忍な面を持つが、反面、牡丹の栽培も好むなどの一面も持ち合わせ、その辺りのギャップが作者を引き付けたのだろうと思われる。宇江佐さん自身、あとがきにて、偶然の出会いだったが、ひどくドラマチックなものを感じたと語っている。
 決して間違ってはいないのだが、不器用な生き方しか出来なかった真っ直ぐな深尾角馬の生涯を読み終えて、頭の芯が痺れるような存在感を残した異色の長編小説である。

星斬の章
 短躯ゆえの反骨心から剣の道に邁進してきた深尾角馬。藩の剣法指南役を勤め、藩主の覚えも目出たいのだが、短慮な性質から姦通した妻を斬り捨てた過去を持つ。
 そのまま、牡丹を育てひとり暮らしていたが、周囲の勧めで迎えた二番目の妻かのを迎えるが、そもそもかのは父親の乱心から家名断絶となり、生きる術を失い内縁のまま否応無しに嫁がされたのだ。
 一方、藩では柳生新陰流の人気が高まり、角馬の丹石流は古臭いとの芳しくなり評価となる。角馬は、新たな流派を起こす決意をする。
 後妻かのの目線で描かれた深尾角馬は、「目の前に現れた角馬は、まるで子供のように思われた。~別に自分の夫となる男に役者のような男前を望んではいなかったが、背丈の低さは、かのを気落ちさせた」。とある。
 しかも角馬は吝嗇激しく下男すらもいつかない。絶望に満ちた生活だったが、次第にかのの気持ちも和らいでいったあたりで、ほっと胸を撫で下ろした。
 子も授かり、平穏に時が過ぎようかと思われたのだが…。
 まさかまさかの、かのの裏切りは、読んでいるだけでも辛かった。これまで貞淑な妻であっただけに、前妻と同じ過ちを起こさないで欲しいと、物語に切実に願ったのは後にも先にも始めてだった。
 
落露の章
 五十を迎えた角馬は城下でのお務めと剣法の指導を退き、ひとり娘のふきを伴い在郷入する。
 やがてふきは、村の豪農の次男である長右衛門と深い仲になるが、百姓の息子では身分が違う。
 「お父様、後生だけえ、うちが何をしても、斬らんといて」
 ふきの言葉に角馬はぎょっと振り向いた。
 「どこの世界に娘を斬る父親がおるか!」
 角馬は大音声で怒鳴った。
 このやり取りからも、角馬の普段の吝嗇振りが伺えるが、それでもやはり親としての情は吝嗇に勝り、角馬は娘を思い、不本意ながら長右衛門の父親に二人の仲を認めて欲しいと頼みに向かうのだった。
 角馬切腹のシーンは、ある意味恐怖が募る。身体が前のめりにならないように、自ら足の指まで折ったにも関わらず、介錯人の失敗。これは史実なのだろうが、敢えて宇江佐さんには、脚色をして奇麗に死なせて欲しかったと願わずにはいられない。
 どの時代においても彼のような人物が受け入れられる事はないだろうが、真正直な男の、不器用な生き様に温かな涙が止めどなく頬を伝った。

主要登場人物
 深尾角馬...鳥取藩士馬廻役、剣術指南
 かの...角馬の後妻
 ふき...角馬の娘
 お熊...深尾家女中
 おとら...隣家の女中
 石河四方左衛門...鳥取藩士、角馬の弟子
 ふじ...四方左衛門の妻
 石河甚左衛門...鳥取藩士、四方左衛門の父、角馬の弟子
 白井有右衛門...鳥取藩士、角馬の弟子
 白井源太夫...鳥取藩士、有右衛門の孫、角馬の弟子
 
 岩坪勘太夫...鳥取藩士、角馬の弟子
 
 鈴置四郎兵衛...鳥取藩士、角馬の弟子
 戸田瀬左衛門...山伏
 あや...八東郡隼郡家の百姓の娘
 
 治右衛門...八東郡隼郡家の豪農奥の家の嫡男
 
 長右衛門...八東郡隼郡家の豪農奥の家の次男
 
 清兵衛...八東郡隼郡家の豪農奥の家の当主
 池田光仲(大蔵殿)...鳥取藩藩主
 匂の方...光仲の側室


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