うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

花ふぶき~時代小説傑作選~

2012年08月05日 | ほか作家、アンソロジーなど
乙川優三郎、諸田玲子、佐伯泰英、高橋義夫、杉本章子、鈴木英治、今井絵美子、山本一力

 2004年7月発行

 結城信孝監修による、8作の傑作時代小説アンソロジー集。

磯波 乙川優三郎
お蝶 諸田玲子
寒紅おゆう 佐伯泰英
ははのてがみ 高橋義夫
かくし子 杉本章子
廉之助の鯉 鈴木英治
今朝の月 今井絵美子
代替わり 山本一力

磯波 乙川優三郎
 互いに思いを寄せ合っている志水直之進を父が後継者に決めた。それは即ち奈津の夫になる筈であった。だが妹の五月から、直之進の子を宿していると打ち明けられたのだった。
 姉妹の恋の葛藤と、幾年重ねても止む事のない尽きせぬ思いを描いている。
 姉妹であるが故に切れない関係。そして忘れ得ぬ直之進の面影。奈津の切なさが募る。だが、最終的には変わりようのない過去ではなく、先に開ける未来へと目を向ける奈津の逞しさが胸を打つ。

主要登場人物
 奈津...船尾村女塾師匠、神道流道場主川村清兵衛兵の長女
 五月...奈津の妹
 志水直之進...五月の入り婿、神道流道場主

お蝶 諸田玲子
 次郎長の妻お蝶には、忘れられない初めての男がいた。その相手の勝蔵が、池田数馬と名を変え、清水湊を進軍すると言う。次郎長に顧みられなくなったお蝶は、その懐かしい男との思い出を振り返る。
 陰惨な結末ではあるが、確か2代目お蝶の最期はこんな風であったと記憶の片隅が呼び覚まされた(脚色はあり)。
 一番驚いたのが、女性がこれ程までに生々しい性描写。そして主役でありながら、あばずれの描かれながらも、恋した男には一途な哀れさを感じた。

主要登場人物
 お蝶...次郎長の2番目の女房、甲州竹居一家の親分中村安吾郎の娘
 勝蔵(池田数馬)...官軍隊士、元甲州黒駒一家の親分
 次郎長(山本長五郎)...駿河清水湊清水一家の親分
 亀太郎...次郎長の手下

寒紅おゆう 佐伯泰英
 金町村の百姓の娘おゆうは、庄屋の放蕩息子伊三郎の執拗な誘いから逃れるため、単身江戸に逃げ、紅職人として身を立てようと修行に励んでいた。毎日の楽しみは、村で言い交わした光造が、小名木川に野菜を売りに来る姿を万年橋に立ち、互いに見極める事だった。
 やはり。後少しで何もかも巧くいくところだったのに。一般的な悲恋の結末であるが、おゆうが最後に見た色が探し求めていた紅の色だったという洒落た括り方で締めている。

主要登場人物
 おゆう...延五郎の弟子
 光造...金町村の百姓
 紅屋延五郎...清住町紅師の親方
 佐平...日本橋小間物屋三条屋の番頭
 伊三郎(太郎左衛門)...金町村庄屋の三男

ははのてがみ 高橋義夫
 父を殺した相手に仇討ちを果たした五郎左衛門だったが、百姓の仇討ちは御法度。島送りとなった。そこに年に1度の流人船に託された母からの手紙が届く。
 主人公の五郎左衛門同様、島暮らしも悪くないのではないかと思えるくらいに、刑罰に陰惨な部分はない。
 この作品のテーマは母の深い愛情である。そして、白髪頭になってから赦免されて、それが真実待ち望む事かといった主人公の胸中である。ラストは主人公の戸惑い思いが手に取るように分かり、最期の2行の締めに、放心の情景さえもが浮かび上がる。

主要登場人物
 五郎左衛門...八丈島流人、豆州君沢郡故坂村庄屋の三男
 弥作(天順)...八丈島観音堂の堂守(流人)、甲州の禅僧
 定吉坊主...八丈島流人、千住の無宿人

かくし子 杉本章子
 おぬいの元に、死んだ亭主宇之助の忘れ形見だという子を連れて訪ったさよという女。孝吉を引き取るか、証拠の書付を500両で買い取って欲しいと告げる。
 新手の強請ではないかと、信太郎は真偽を確かめる為、奔走する。
 「信太郎人情始末帖」の第1作に収録された作品と知り、納得出来た。短髪にしては信太郎の立ち位置が分かりずらかった。信太郎が主役の謎解き物である。

主要登場人物
 信太郎...本町呉服太物店美濃屋卯兵衛の総領息子(勘当中)、久右衛門の手伝い
 千歳屋ぬい...吉原仲之町引手茶屋の内儀(後家)
 千代太...ぬいの息子 
 さよ...両国広小路水茶屋井筒の茶汲娘
 孝吉...さよの息子
 久右衛門...猿若町川原崎座の大札、ぬいの叔父

廉之助の鯉 鈴木英治
 唐突に同僚の笹山軍左衛門に、刃を向けた森島新兵衛。「なぜだ」。理由も分からず、また日頃の新兵衛からは到底想像できない事柄に、戸惑う軍左衛門。だが、2名の戦いは続く。
 いきなりの斬り合いシーンからで、まずは内容が掴めず、どちらかと言えば森島新兵衛が悪役であった。だが、ここからが作者の見せ所である。
 この斬り合いには無関係と思われる新兵衛と廉之助の触れ合いを挟み、また場面は斬り合いに。そしてまた廉之助との出来事に。
 これを繰り返すうちに新兵衛の行動の謎が明かされる。ラスト4行、新兵衛と源次との会話に、新兵衛の人柄が現れ目頭が熱くなった。
 この作品も短編で成り立つが、「新兵衛捕物御用シリーズ」を読んでみれば、もっと深く森島新兵衛を知る事が出来ると思わされた。

主要登場人物
 森島新兵衛...駿州沼里藩の同心
 笹山軍左衛門...駿州沼里藩の同心
 木崎右京亮...駿州沼里藩の同心
 源次...新兵衛の中間
 廉之助...沼里宿西の添田町の町人の子

今朝の月 今井絵美子
 政道を正そうとした兄直輔を切腹と偽って殺された土屋直次郎は、その敵である鷲尾助左右衛門を打ち倒し、出奔した。
 5年もの間、江戸、京と探し歩いたが、故郷近くに潜んでいると知り、討っ手の鷲尾朔之進、保科惣吾は隠れ家へ向かうが、直次郎の傍らには惣吾の姉の里瀬が寄り添っているのだ。
 難しい。登場する名前ばかりが多く、かつ身分や所在などの説明も足りない。
 結局のところ藩のごたごたの末の良くある話に、姉弟が仇として相対するといっただけの話。正直粗筋を頭に叩き込むのも難義した。
 当方、この物語を性格に読み砕けていない為、登場人物の設定に見落としがあるかも知れません。

主要登場人物
 保科惣吾...某藩藩士
 鷲尾朔之進...某藩藩士
 利助...鷲尾家の若党
 土屋直次郎...某藩脱藩浪人
 保科里瀬...惣吾の姉

代替わり 山本一力
 荻野屋の仕事で、大きなしくじりを犯した左官職人の順吉は、身投げして償おうとしていたところを、老人に押し止められた。その老人は、死神と呼ばれている大和町の金貸しだった。
 そこで順吉は、思いも寄らぬ荻野屋忠兵衛の絡繰りを知る。
 清之助との出会いだけで荻野屋忠兵衛の絡繰りを知るというのも…。また、性描写が如何して必要だったのだろうか。おすみ(金を借りに来た女)の話もややこしい。
 「死神」の謂れも、タイトルの「代替わり」の意味も、特に六章の流れが当方の頭では理解出来ず、難解な作品だった。どなたか噛み砕いてご教授願いたい。

主要登場人物
 清之助...深川大和町の家主兼金貸し
 おゆき...清之助の下女兼取立屋
 順吉...猿江町塗り長の左官職人
 荻野屋忠兵衛...仲町太物屋の主

 単に個人的な指向の問題だが、男性作家や女性でも男性的切り口を得意とする作家よりも、当方は情景描写の美しい女流作家の作品が好みである。季節や景色の美しさを奇麗な表現で現した下町物、そしてほろ苦く、胸を打つ作品が好きである。



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