うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

泣き童子(わらし)~三島屋変調百物語参之続~

2013年07月31日 | 宮部みゆき
 2013年6月発行

 不幸な出来事で傷心のおちかは、叔父の袋物屋の三島屋伊兵衛に引き取られ、不幸な過去や不思議な出来事を体験した人たちの話に耳を傾ける。
 神田袋物屋三島屋の黒白の間で、明かされる不思議な話。「三島屋変調百物語事始」の第3弾。

魂取(たまどり)の池
くりから御殿
泣き童子(わらし)
小雪舞う日の怪談語り
まぐる笛(ぶえ)
節気顔(せっきがん) 計6編の短編連作

魂取の池
 幼馴染みとの縁組みが整ったお文と名乗る娘が、自分の祖母にまつわる話をする。
 それは岩槻城下にて、人気を嫌い、男女の姿が写されると必ずその2人は別れると言い伝えのある・魂取りの池に、別れたい夫と共に姿を写しみた祖母だったが、失ったのは夫ではなく家財産だった。祖母の心には、浮気をする憎い夫から財産を奪い取りたいといった思惑があった為で、魂取りの池は、その者が一番欲しているものを奪い去るのだ。

くりから御殿
 白粉問屋の主・大坂屋長治郎は、難波湊の西の漁師町(三島町)の出で、実家は干物問屋・三ツ目屋を営んでいたが、豪雨による山崩れに一瞬にして町は飲み込まれ、僅か10歳で天涯孤独になってしまった。
 お救い宿から助けられ、網元の山御殿の一画に収容されたが、毎日を共に過ごした幼馴染みたちに、今はなき実家でその気配に出会うといった夢うつつながらの出来事を経験する。すると、気配を抱いた人物の遺骸が上がるのだった。

泣き童子
 三島屋で行き倒れになっていた瀕死の老人は、名家でもある古名主の家守(大家・差配)を努めていた。そして、言葉を発せないばかりか、血の匂いを嗅ぐと突如として火が付いたように泣き出す曰くのある童・末吉を預かったのだが、老人のひとり娘・おもんに対しても泣き止まぬ末吉に業を煮やしたおもんが、あろう事か末吉を手に掛けてしまった。
 事を有耶無耶にしたものの、月日が流れ、おもんが生んだ子は末吉の産まれ変わりであり、おもんは自害してしまい、輪廻を絶つべく老人は我孫をその手にかけてしまったのだ。

小雪舞う日の怪談語り
 常陸と下野の国境の山里から冬の間で稼ぎに来てい源吉・おこち夫婦が、この年は未だ幼い娘のおえいを伴っていた。
 一方おちかは、岡っ引き・半吉から、札差井筒屋七郎右衛門肝煎りの百物語の会に誘われる。
 贅を凝らした座敷では、逆さ柱にまつわる家の衰退を語る北国出の商人、野州の橋で起きる怪異に命を縮める代償の話をする女、人の病いが見えなき瞳に写る母親の話をする上野国元検見役の豊谷。
 最後に半吉の番になると、駆け出しの下っ引き時代の、深川十万坪・小原村の寮にて、ひとりの男を看取るように命じられた話を始める。
 それは、生前の悪行が祟り、恨みを抱いた亡者に毎夜、身体をなでられ、次第に全身が黒く変色して息絶えた余之助という岡っ引きの壮絶な死であった。
 行きの永代橋で不思議な声を耳にした気がするおちかは、「橋は元々道のないところに築いた物であるので、別の世界へと繋がっていてもおかしくはない」と半吉が言っていた事を思い出し、帰りの永代橋で声に問い掛けてみると、雪沓と端布の綿入れ姿が目に入った。
 それが、初めての出稼ぎのおえいを案じた「おこぼさん()」であったと判明すると、おちかは、おこぼさんの優しさを身に染みるのだった。
 
まぐる笛
 江戸勤番藩士・赤城信右衛門は、子どもの預、山深い母・光恵の郷方の尼木村に預けられた。そこで山道に迷った折り、腕だけが喰い殺された奇妙な死体を目の当たりする。それは、里山に伝わる「まぐる」という生き物の仕業であり、退治出来るのは光恵だけだと言う。
 村にまつわる不思議な伝統と、村の定めを身を持って体験した幼い信右衛門が、これまで口に出す事も憚られ、胸の押込んでいた思いのたけを募らせる。

節気顔
 小間物屋の内儀・末が、幼かった頃。父・三蔵の長兄・春一が、三両を差し出し「1年養って欲しい」とやって来た。
 物置に住み、下男同然の働きを率先する春一に、放蕩を尽くし勘当されていた、昔の道楽息子の面影は無い。
 ただ、物置には近付くな。二十四節の節日は外出させて欲しい。謎めいた行動もあった。
 春一は、家守のような男に、「顔を貸す」代償として使っても減らない3両を受け取っていたのだ。「顔を貸す」とは、この世に思いを残した死者に1日だけ顔を貸し、思いを遂げる仕事だった。
 おちかは、その家守のような男と関わった人を喰らう屋敷の一件を思い出す。

 「おそろし」、「あんじゅう」に続きシリーズ3作目となるが、毎度その着眼点には脱帽である。切なく、怖く、遣る瀬ないながらも、陰に終始するのではなく、そこかた新たな兆しを見出していく。
 今回は、百物語の会として、一章に4編の話が収められ、語りだけではなく、人間模様も織り込んだ手法も新しく見事だった。
 そしてやはり表題である「泣き童子」。物悲しいだけではなく、番所へ知らせて欲しいで締め括った辺りが言うに言われぬ臨場感である。
 今回、新太や金田、捨松、良介3人組の出番はほとんどなかったのが残念であるが、青野利一郎とおちかの関係は継続させ、続編への期待を予感させている。
 回を重ねる毎に内容も濃くなり、もっともっと読みたいシリーズである。
 難が1カ所。黒子の親分・半吉が、朱房の十手を持っているといった記述があるが、朱房は与力・同心のみで、岡っ引きのそれには房はついていません。池波正太郎氏は、その辺りにまで拘りを持っておられます。そこが残念な思いです。ストーリには関係ありませんが。

主要登場人物
 おちか...川崎宿旅籠丸千の娘
 伊兵衛...神田三島町袋物屋三島屋の主、おちかの叔父
 お民...伊兵衛の妻
 八十助...三島屋の番頭
 おしま...三島屋の女中
 新太...三島屋の丁稚
 お勝 三島屋の女中
 青野利一郎...本亀沢町・深考塾の師匠
 灯庵老人(蝦蟇仙人)...口入屋の主
 半吉(紅半纏の半吉・黒子の親分)...岡っ引き
 金田、捨松、良介...青野利一郎の教え子




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