うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

夢をみにけり~時代小説招待席~

2013年03月23日 | ほか作家、アンソロジーなど
薄井ゆうじ、小杉健治、島村洋子、高橋直樹、多田容子、火坂雅志、藤水名子、宮本昌孝、森村誠一、山崎洋子

 2004年6月発行

 藤水名子監修・第4弾。千両箱(お金)をテーマに綴られる、10編の短編時代小説アンソロジー。

薄井ゆうじ わらしべの唄
小杉健治 はぐれ角兵衛獅子
島村洋子 梅の参番
高橋直樹 銀の扇
多田容子 すぎすぎ小僧
火坂雅志 人魚の海
藤水名子 フルハウス
宮本昌孝 長命水と桜餅-影十手必殺帖-
森村誠一 吉良上野介御用足
山崎洋子 ドル箱 計10編の短編集

薄井ゆうじ わらしべの唄
 武州中野村で百姓を営む伊左右衛門は、厳格で金に執着の強い父・長助との2人暮らしである。ある日父が、大八車に藁と笹を詰んで江戸へ行く。後にその藁は、象の餌である事が分かる。更に父は、象の糞から丸薬を作り出し、手広い商いで大当たりをした。
 ただ、父は農地の一画の小高い山を崩す事を激しく拒む。伊左右衛門は、税を取られる畑を遊ばせるのは損だと激しく攻め寄るが、父は頑であった。
 ふと、そこに亡き母が眠っているのではないか。その事実を隠遁するための賄賂が必要で父は金を稼ぐ必要があるのではないか。
 その疑惑が事実となる。
 
 長助の亡き女房・千代が語り部となり、夫とひとり息子を見守るという形の物語である。そしてラストは山を崩した事に寄り、母の御霊も消えていくといったファンタスティクな展開。
 途中、登場するなぞの娘・おまゆは、以前団子屋とか蕎麦屋とかで奉公していたとの件から、「象鳴き坂」(「しぐれ舟」に収録)のトシであろうかを伺わせる。
 薄井氏は象に対しての思い入れが強いようだが、象の登場で「おやっ」と、薄井氏のほかの作品が過るので、それはプラスのような気がする。

主要登場人物
 長助...武州中野村の百姓
 伊左右衛門...長助の息子
 千代...長助の女房
 
小杉健治 はぐれ角兵衛獅子
 信州上田の大庄屋の嫁だったおさわと深い仲となり、江戸へと出奔した弥一。慣れない小間物売りに嫌気が指していた折り、ふと知合ったましらの平蔵と共に、盗人の道を歩むこととなる。
 だが、弥一にもう一度、笛吹きとして生業を立てて欲しいと願うおさわは、庄屋へ戻ると言い残し、身を隠すのだった。
 ましらの平蔵に月潟村へ帰るように諭されるが、やけになった弥一は、盗人として生きていくのだった。そして、盗人稼業に空しさを感じた頃、千住の宿場女郎に身を落としていたおさわと再開する。

 盗人稼業の空しさをとくとくと説く、平蔵に耳を貸さずに突っ走る弥一が、平蔵の言葉をやっと理解出来た時、弥一を思い、身を隠したおさわの女心が切なく胸に響く。
 波瀾万丈に生きた弥一とおさわの、雨降って地固まるストーリ。 

主要登場人物
 弥一...小間物売り、元越後月潟村の角兵獅子の笛吹き
 平蔵(ましらの平蔵)...盗人
 おさわ...本所回向院境内の料理茶屋の女中

島村洋子 梅の参番
 江戸三富のひとつ、湯島天神で一等百両の当たり籤「梅の参番」が2組出てしまった。ひとりは、父が病死、母が病い、姉が苦界に身を売った娘のお艶。
 もうひとりは大奥女中のお駒。だが、こちらのお駒も、父親が病いでこれまでの番頭仕事が出来ず、日々の生活にも事欠き、増してや良縁も望めない状況にあった。
 籤係見習の的場慎太郎の手落ちでもなく、籤売りがどうせ当たらないと見込み、籤を2枚に割いて2倍の代金を着服したのだった。
 
 結末は、お駒と慎太郎が結ばれ、お駒がお鈴に当たり籤を譲り、八方巧く収まった。
 生涯、籤係見習いのままだろうといった慎太郎の客観的及びとぼけさ加減が楽しい。

主要登場人物
 的場慎太郎...湯島天神神官見習い(籤係見習い)
 お艶...八百屋の手伝い
 お鈴(小万)...吉原伏見町の格子女郎、お艶の姉
 お駒...大奥お末(女中)

高橋直樹 銀の扇
 皇室の儀礼を司る下臈随身の下毛野素尚。親兄弟も引き立てもなく、身を固めることさえ出来ず、役目を返上しようかと思い倦ねていた折り、多田三郎の引き合わせで、分限者の女君と目出たく夫婦となった。
 しかも、その義父より、使い放題にして良いと財物の詰まった蔵の鍵を渡される。
 その中でも心惹かれた銀の扇。だが、どうにも怪しい。義父は賊なのではと疑念を抱く。
 そして義父の名が多田行綱と分かり、素尚は、源頼朝暗殺という大きな陰謀に巻き込まれようとするのだが…。

 実存する多田行綱を登場させ、元暦2年(1185年)6月、頼朝に多田荘の所領を没収され行綱自身も追放処分となった史実をベースに、頼朝暗殺といった壮大な計画に、身分の低い下毛野素尚が巻き込まれていくといった展開である。
 全体に、難解と感じたのは、当方が江戸を背景にした物語が好きなためかも知れないが、最後の一行。「素尚は冷たく晴れあがった天空をあおぎ、すべてに別れを告げた」。の一文がかなり印象深い。
 
主要登場人物
 下毛野素尚...下臈随身(儀礼家)
 多田三郎高頼...検非違使、行綱の嫡男
 女君...六条坊門の女、行綱の娘
 多田行綱...従五位下・伯耆守
 志摩坊常念...故買屋

多田容子 すぎすぎ小僧
 一介の浪人者ながら、備前屋に雇われてからは過分な待遇を受けていた富坂俊三。その恩に報いるべき、その時、俊三はまんまと盗人に千両もの金を奪われてしまった。
 相手は、市井で評判の儀族・すぎすぎ小僧。そして、道場仲間とすぎすぎ小僧を追うも、またも取り逃がしてしまう。用心棒も解任。道場の恩師へも顔向けが出来ず、暇乞いを申し出るが、夢想一天斎はすぎすぎ小僧の傲慢さを剣術修行に例え、俊三へ鍛錬を促す。

 儀族と思われているすぎすぎ小僧が、実は、貧乏ったらしい恰好や、惨めったらしいものが大嫌いで、見るのも嫌。そこで金子を恵んで身形を整えさせているといった、新しい盗人の描き方が新鮮で面白い。
 分不相応は身を滅ぼすといった作者の意図が込められているが、漠然と読み過ごすには難解であった。

主要登場人物
 富坂俊三...備前屋の用心棒
 備前屋善十郎...米問屋の主
 すぎすぎ小僧...盗人
 夢想一天斎...道場主、俊三の師

火坂雅志 人魚の海
 代々上杉家の京方雑掌(留守居役)として、京に住まい、それ相応の袖の下も手中に収めている神余小次郎親綱。上杉と手を結ぶべく織田家の木下藤吉郎秀吉に目合わされた公家の娘・あこやに夢中になり、長年貯えた財宝が、あこやの為に次第に消耗されていく。
 そして、京での状況悪化から、帰国の命が下り、親綱はあこやを伴い越後へと向かう。
 しかし、謙信亡き後、その家督をめぐって謙信の養子である上杉景勝と上杉景虎との間で起こった内乱にて、影虎側に付いたことから、運命は一転。
 
 親綱が夢で見た人魚に瓜二つの美貌の女の為に、財を使い果たし、身を滅ぼす話で、最後にはその女・あこやが人魚ではないのかといったミステリアスな締め方である。
 背景には、御館の乱が流れる。

主要登場人物
 神余小次郎親綱...越後上杉家京方雑掌
 木下藤吉郎秀吉...尾張織田家京都奉行
 あこや...公家の娘 
 
藤水名子 フルハウス
 雨宿りに峠の辻堂に身を寄せた面々。隆之進は見ず知らずの者たちの、腹の探り合いをするも、話は畠山家の埋蔵金へと進み、どうやら今ここに身を置く辻堂もその隠し場所でないかと…。
 
 渡世人2人が武家娘を手込めにするのではと、隆之進は彼女を守る為のシュミレーションを繰り返したり、見ず知らずの人を疑ったりと前半は隆之進目線での物語だが、中盤から、実は隆之進以外、追ってがいる身であると分かる。そして商人や武家娘は変装で、その正体も明らかにされるが、無論、隆之進は知る由もない。
 そして、追ってが現れ、死闘が繰り広げられるだが、当の隆之進は、眠っており、目覚めた時にはそれまでの商人も武家娘も、渡世人姿を消しており、知らない顔の骸がごろごろとしているといったナンセンスコメディの落ちと、登場人物の設定が面白い。
 結局得をしたのは、追っ手に討たれる立場ながらも、隠密や忍といったプロフェッショナルに、勘違いながらも助けられる立場にあった渡世人2人。
 それにしても、そんな騒動の最中に目を覚まさない隆之進っていったい…。武術が不得手な筈だ(笑)。

主要登場人物
 日下隆之進...武家の二男
 美幸(小夜叉のお幸)...武家娘(伊賀上野のくの一)
 富久(蹈鞴の権八)...侍女(伊賀上野の上忍) 
 五兵衛(重五)...神田駿河町の太物問屋美濃屋の番頭(抗議隠密)
 伊佐吉...渡世人
 竹二郎...渡世人

宮本昌孝 長命水と桜餅-影十手必殺帖-
 父の看病で婚期を逃したおとよは、お世辞にも奇麗とは言い難い容貌である。以前、富川の板前だった浅吉に恋心を募らせたが、それも片思いのままであった。
 だが、父の命日に長命寺の水を汲んで帰る返り、ならず者に絡まれていたのを助けてくれたのが、なんと浅吉だった。それから、とんとん拍子に話は進み、浅吉と所帯を持つのだが、浅吉の目当ては、おとよが拾って届け出た30両にある事が分かり、おとよは、東慶寺へと駆け込むのだった。
 野村市助は、和三郎を江戸へ向かわせ、浅吉やならず者の周辺を探らせると、先の30両の落とし主が、おとよを狙って踏み込んだところだった。

 こちらはシリーズ「影十手必殺帖」の一編。和三郎の活躍と、おとよの女心が胸に沁みる。同シリーズが読みたくなった。

主要登場人物
 野村市助...鎌倉松ヶ丘東慶寺の寺役人
 兵左衛門...東慶寺参道の餅菓子屋の主
 和三郎...兵左衛門の息子
 おとよ...浅草駒形町料理茶屋・富川の女中
 浅吉...元富川の板前

森村誠一 吉良上野介御用足
 表向き、大工の雑役をしながら、忍び込む屋敷を物色する泥棒稼業の政吉。この日も、以前から目を付けていた本所松坂町の吉良邸へ忍び込んだのだが、時は元禄15年12月14日。
 忍び込んだまでは良かったが、なんと、赤穂の浪人たちの討入りに巻き込まれてしまったのだった。
 軒下を逃げ廻る政吉は、そこで高貴な老人と出会う。それが上野介本人であると分かるのだが、遠くから上野介を討ち取った時の声が聞こえてくるのだった。

 赤穂浪士が討ち取ったのは、影武者だったという落ちであるが、それでも既に上野介この世にいない存在となった。
 「ご公儀がいったん死んだと認めれば、死んだことになる」。
 の台詞が利いている。
 軒下で織り成される政吉と上野介のやり取りがコメディタッチの、ひと味も二味も違った「忠臣蔵」であった。森村誠一にかかれば、「忠臣蔵」もこうなるのかという良い例。さすがである。

主要登場人物
 政吉...泥棒、大工の雑役(ねぎり)
 吉良上野介義央...高家肝煎

山崎洋子 ドル箱
 金を貯め、いつか2人で店を持つことを夢見ていた花枝と久美であったが、妹分の久美が、好いた男と所帯を持つので、預けてある金を返して欲しいと花枝に迫る。
 そんな久美が許せない花枝は、久美を騙しうちにするも、それに気付いた久美が仕掛け…。

 狐と狸の騙し合い。正に、悪いのはどちらだと言わんばかりの女の執念の話である。
 が、最後は、思いも掛けない転回で、トンビに油揚げをさらわれる結末。

主要登場人物
 花枝...横浜本牧のチャブ屋・銀波楼の女郎
 久美...横浜本牧のチャブ屋・銀波楼の女郎 
 茂三...銀波楼の下男 
 マーシュ...神父

 それぞれが、人生に於ける格言を思わせる本誌。これにて、3冊読んだ「時代小説招待席」。正直しんどかった。藤水名子氏との感性の違いだろう。同氏の後書きもやはり…。
 アンソロジー集の中に、監修者の作品が組み込まれたものを初めて読んだ気がする。
 読み終えてほっとした。 



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