うてん通の可笑白草紙

江戸時代。日本語にはこんな素敵な表現が合った。知らなかった言葉や切ない思いが満載の時代小説です。

続 江戸職人綺譚

2013年03月25日 | ほか作家、アンソロジーなど
佐江衆一

 2003年9月発行

 市井に生きる様々は職人たちの職人気質と生き様と、人間模様を織り込んだ短編集。「江戸職人綺譚」の第2弾。

一椀(ひとわん)の汁
江戸鍛冶(かじ)注文帳
自鳴琴(じめいきん)からくり人形
風の匂(にお)い
急須(きゅうす)の源七
闇溜(やみだま)りの花
亀(かめ)に乗る
装腰綺譚(きたん) 計8編の短編集

一椀(ひとわん)の汁
 若き料理人・梅吉は、相弟子の信三郎に対する嫉妬のあまり、板元・小平次の包丁・重延で信三郎を傷付け江戸所払いの刑を受ける。
 再び料理人には戻るまいと心に決め、北へ北へと流れ江差に着くも、14年の後、「生涯一度だけでいい、包丁を握りたい」思いで、江戸朱引線の外まで戻り、おさよと再会を果たすのだった。
 信三郎の女房となったかつての思い人・おさよに、一椀の蜆汁を振る舞い、蝦夷地へと戻る決意を述べる。

 公私ともに切磋琢磨する2人の若者が、嫉妬心から取り返しのつかない事件を起こし、加害者である梅吉は、何もかも失うのだが、タイトルの「一椀の汁」に全てを込め、料理人としての未練や、おさよへの思いを断ち切り、新たな人生を見詰め直す、心温まるラストを迎える。
 登場人物が、皆善人であり、ミステリーや捕物帳に見受けられる悪意や引っ掛けがないことが、すがすがしい結末に繋がっている。

主要登場人物
 梅吉...柳橋料理茶屋・川長の包丁人
 信三郎...川長の包丁人
 おさよ...川長の仲居
 小平次...川長の板元

江戸鍛冶(かじ)注文帳
 一本立ちしてから、初めての客である渡り大工の安五郎から、大鉋の注文を受けた定吉。互いの腕を認め合った2人の友情と信頼の関係は続く。
 しかし、清定定吉の名が売れ出すと、贋作が出回り本家の定吉は困窮していく中、荒れる定吉に愛想をつかしたおまさも弥助も去っていく。
 そんな折り、大工の棟梁を張っていた安五郎が、頭領の座に胡座をかいていたら腕がなまると、またも渡り大工として修行の旅に出るのだった。
 安五郎の職人としての生き様に感服した定吉は、再び己を取り戻す。
 
 互いに認め合った男2人の友情が、眩しいくらいに描かれている。

主要登場人物
 定吉(清定定吉・バンバの定吉)...大川端の道具鍛治
 安五郎...渡り大工→棟梁
 おまさ...定吉の女房
 弥助...定吉の弟子

自鳴琴(じめいきん)からくり人形
 50日の手鎖の刑を受けた庄助。それを監視する鎰役の三右衛門は、5日毎に封印を確かめに庄助のやさを訪れるのも役目だった。
 最初は自暴自棄だった庄助が、次第に異国のオルゲルのことなどを語り出すようになると、三右衛門も絵師になりたかった幼き日を重ね合わせる。何時しか奇妙な油状が芽生え出す。
 刑期を終えた庄助は、自鳴琴を仕込んだからくり人形で一世を風靡するも、それが元で暗殺される。庄助の命が奪われた件の人形を目にした三右衛門は、庄助はからくりではなく魔物に取り憑かれたのだと、踏み込んではいけない領域にまで達したのだと思うのだった。

 カバーを飾るこの物語は、ミステリアスな不思議な結び方で終わる本章。
 鬼気迫るような恐ろしい絵ながら、内容は天才的な職人の悲哀を唱っている。

主要登場人物
 庄助(頑民斎)...からくり師
 黒田三右衛門...伝馬町牢奉行配下の同心・鎰役

風の匂(にお)い
 大工だった父を亡くし、10歳で団扇師の藤七の店へ奉公に出た安吉は、長屋でひとり暮らす母のおかねが恋しく、またおかねに早く自分で拵えた団扇を送りたいと奉公に励む。
 だが、ある時の薮入りで長屋に戻ると、おかねには男の影が見えた。母親の女としての部分を目の当たりにし、腹立たしくも心穏やかでもない安吉だったが、幼馴染みのおみつに、母親とは違う女の匂いを感じるのだった。

 早くいっぱしの職人になりたいといった焦る気持ちと、少年が青年へと変わりゆく過程で、母親離れをし成長してゆく姿を描いた作品。
 
主要登場人物
 安吉...団扇師
 おかね...安吉の母親
 藤七...高砂町・団扇師の親方
 源造...藤七の店の外回り
 おみつ...搗き米屋の娘、安吉の幼馴染み

急須(きゅうす)の源七
 行く方知れずの息子・栄吉が腫れ物に苦しむ夢を見た源七。連れ合いを早くに亡くし、男でひとつで育てたのだが、鍛金師として一人前の男にするために、厳しくいや厳し過ぎるくらいだったことが、言葉には出来ずとも胸につかえているのだ。
 そこに、弟弟子だったが今では店も構え多くの職人と弟子を抱える能登屋藤兵衛から、加賀家よりの銀の急須依頼が飛び込んで来た。
 栄吉が源七の元よりも藤兵衛の弟子になることを望んだことも、弟弟子に出世されたことも面白くない。ましてや「大名仕事はしない」が心情の源七だったが、藤兵衛より、栄吉は源七を超えられなくて壁に当たったと告げられ、仕事を引き受けるのだった。

 愛するが故、敢えて厳しい試練を与えてしまう職人としての親心と、それ故に息子も己もが苦しむことになってしまった感情の行き違いを描いている。
 幼い頃の回想にて、栄吉が哀れでならず、貰い泣きをしそうなほどだが、その根底にある真実の源七の思いを栄吉は理解している説き、未来へ向けて明るい終わり方である。

主要登場人物
 源七...深川の鍛金師
 栄吉...源七の長男、能登屋から出奔
 おみよ...源七の長女、小間物屋の内儀
 能登屋藤兵衛...牛込白銀町・鍛金師の主、源七の弟弟子

闇溜(やみだま)りの花
 物語は、按摩の独り語りで明かされる新吉の生涯。大川端に捨てられていた赤子は、玉屋の花火職人に拾われ、新吉と名付けられた。そして新吉も花火職人になるべく玉屋に奉公に出るも、父親の失態から玉屋は火事を出し取り潰しになる。
 その父親もその時目を潰し、片手を失うのだった。だが、新吉をいっぱしの職人に育てるため、己の秘伝を全て伝え、新吉を鍛え上げる。
 そんな新吉が大人になり、おしなと愛惚れとなるも、おしなに横恋慕した新政府の役人の謀で、新吉は無実の罪で島流しとなってしまう。

 按摩が、旧薩摩の侍に按摩しながらの独り語りである。最後の落ちに、新吉の花火が上がっている間に、件の役人がひと突きにされ命を奪われたと、復讐が果たされたことを伝えるが、そこには花火が上がっている間に巾着切りを働いていたおしなの思いと新吉の花火の双方の幻想が込められながらも、己が島で新吉に出会った事実。目開きの頃は畳職人だったと復讐を果たしたのは己であることを匂わせているかのようだ。

主要登場人物
 新吉...花火師
 おしな...菊花火の女掏摸
 按摩...元畳職

亀(かめ)に乗る
 亭主の文次が隠し事をしているようで気掛かりなおしずは、文次の仕事部屋から奇妙な鼈甲細工を見付けた。
 問い質すと、これまで張型を造っていた久兵衛に指名され、その跡を引き継いだと言う。
 だが、根が真面目な文次には、中々に困難な作業であり、日に日に痩せていく夫が、おしずは心配でならないのだった。
 文次が心血を注いで出来上がった張型を目にしたおしずは、あたかもそれが文次の分身のように感じ、誰にも渡したくないと…。

 かなりエロチックな内容なのだが、不思議と厭らしさを感じないのは、単に色物的扱いではなく、職人のプライドを表に出し、また作者のしっかりとした取材による正確な張型師の世界観が描かれているからだろう。

主要登場人物
 文次...日本橋通一丁目・小間物屋白木屋の鼈甲職人
 おしず...文次の女房
 久兵衛...白木屋の鼈甲職人・張型師

装腰綺譚(きたん)
 武士の身分を捨て、根付師としての再スタートを切った矢嶋清三郎改め清吉であったが、武家の手慰みとしては上出来でも、プロとしては未だ未だ甘いと三州屋伊兵衛に一喝される。だが、伊兵衛は試しのチャンスを与えてくれた。
 日々、根付と向かい合う清吉を、朝は蜆売り、昼からは小料理屋の女中をしながら支えるお仙。
 漸く出来上がった清吉渾身の先は、伊兵衛も万感の作だった。
 月虫と号を定め、根付師として歩み出した清吉の、その根付の持ち主が、清吉を貶める言動を吐いていた掘尾伝十郎と知った時、お仙は、足を洗った巾着切りの技で、その根付を奪い取ろうと決意する。

 大英博物館へと流れた江戸の逸品の中で、作者が実際に目にし、感銘を受けた月虫作の根付から描かれた作品。
 お仙の献身的な愛情と、飄々とした清吉がプロの厳しさを次第に身に付けていく様を爽やかに描いている。

主要登場人物
 清吉(月虫)...根付師、元御家人御徒組三男・矢嶋清三郎
 お仙...深川・小料理屋松川の女中、元巾着切り
 掘尾伝十郎...御家人御徒組→組頭
 三州屋伊兵衛...日本橋・小間物問屋の主

 佐江氏の作品を初めて読んだが、「実に面白い」。短編集だったこともあるが、あっと言う間に読み終えてしまった。
 また、佐江氏の取材力の厳しさは、彼が描くところの職人の世界にも酷似していると言える。
 江戸の地理、風景、祭事、世界観などを、ここまで性格に下調べした上で、自然に取り入れている作家が初めてのような気がする。
 読めば読むほど、佐江氏が如何に江戸を愛しているかがひしと伝わってくる。
 敢えてお泪頂戴のせつなさに終わらせずに、前向きな結末の作品が多かったのも、読み終えての清々しさに繋がっているのだろう。
 「亀に乗る」のような内容でありながら、少しも嫌悪感や厭らしさを感じさせないのも、興味本位ではなく、しっかりとした張型師の作業内容を調べた上での執筆bによるものだろう。
 同氏の作品をもっと読みたくなった。
 敢えて言わせていただくなら、カバー・イラストが、綺譚的には当てはまるのだが、もう少し柔らかい方が、多くの人が手に取り易いのではないだろうか。



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