児玉真の徒然

峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい
(真壁仁 峠)

広島県府中

2006年05月31日 | アウトリーチ
昨日今日と広島県府中市内で、小中学校4校を回りました。
指揮の茂木大輔の語りはもう誰も疑う必要はないのですが、基本的な内容は同様とはいえ、4回ともきちんと入口を変え出口への経路を変え、とオーケストラのメンバーに同じ事を聴かせまいとしているのは見事です。音活は演奏家と子どもとの真剣勝負ですが、オケ活は指揮者とオケメンバーと子どもの真剣勝負。そういう意味では指揮者にはより洗練された高度な術が必要になります。
そのやりとりは言葉の端々にも現れていて、ドキとすることもあったけれど、非常に面白かった。
自分には文才はないと思うのですが、本当は、茂木さんとオケと子どものやりとりを、昔の、松平氏の「バレーボールの実況解説」風に、今起こっていることを説明してしまう、という人間的なやりとりが表現できれば本当に面白いと思う。まあ、どちらにしろ、演奏本体の事は書けないのですけどね。

今日は広島に帰ってきて、安芸区の山本さんと広響のかた、茂木さん徳久さん(Fg)とラ・ボエーム、じゃなかったボヘミアンという店でおいしいものを食べました。ここは、最後にお好み焼きが出るとは言えお好み焼き屋ではなく鉄板焼き屋です。おいしかった。その間、ほとんど独演会状態の茂木さんでありました。爆笑また爆笑。
明日はリハーサル、2,3日がコンサートです(人間的楽器学)。


新潟の魚沼にて1

2006年05月28日 | 徒然
  新潟十日町と言えば「へぎそば」。新潟にもあって渋谷の青山通りにもある須坂屋が東京にも進出して有名になっているが、地元ではそうでもないらしい。
十日町からそれほど遠くない魚沼市でも、そばといえばへぎそばだそうである。へぎそばは「へぎ」に、盛られてくるかららしいが、信州あたりのそばとは違い、つなぎにふのりをつかうので、色もちょっと緑が入っている感じだし、噛みごたえも弾力がある。好きずきだろう。しかし、今年は下見の時に魚沼市の担当榎本氏の推薦の3軒中1軒にいき、今回もう一軒と元入広瀬村の校長先生の推薦であるそば屋に行き、へぎそばファンとなって帰ってきた。写真は榎本氏一押しのいたや。




まあ、そばもうまかったが、季節の山菜の天ぷらのおいしかったこと・・・。
 
 魚沼では、ハープの山崎祐介氏と学校を2校と道の駅でのロビーコンサート。魚沼はずっと榎本氏が司会をしてアウトリーチをやっている訳ですが、このやりかたもなかなか面白いという発見があった。まあ、司会者その人の個性というか能力の問題もあるが、色々やってみるのもいいかも・・。演奏家が客に一生懸命話すのが良いのだ、というのは正論ではあっても、聴き手にも(演奏家ではなく)、もう少し距離感が欲しいという感じの人もいるかもしれない。両方のてを持つことに意味があるかもしれません。特にサロンなどではそうかもしれないと考えた。これは、あくまでも演奏家が楽だからではないですよ。音活の現場ではコーディネーターとしてそういうことを敢えて言わないと思うけれど、いろいろな演奏家、いろいろな場所、いろいろな聴き手がいるのですよね。特に聴き手は、同時にいろいろなセンスの人が場所と時間を共有するわけですから、そんなに画一的なはずがない。それよりも、歩み寄るというか、多様な価値を良いなあ、と思える聴き手側の感覚が大事かもしれない、と思った。



オケのアウトリーチ1

2006年05月25日 | アウトリーチ
学校のアウトリーチの子どもによる扱いについて

 アウトリーチでオーケストラと小規模な中学校に行ったとき、ふたり障害者の子どもがいた。ひとりは完全に車いすの子、かれは音楽が鳴っている時間中、ずっとウーとうなっていた。もうひとりはときどき「もう帰りたい」とか「つまらない」とかいう発言をとてもきれいな声で案外はっきりと(みんなに聞こえるくらいに)言っていた。
 子ども個人、と言うことで考えるとはじめの方の子(A)は、音楽とかの刺激(アウトリーチ)が一番必要な子どものひとり。もう一人の子(B)はたぶん短時間で集中的に聞くのであればやはりとてもこういう体験の大事な子。
 終わったあと、指揮者と話しをした。これは判断の難しい問題だねえという話になった。現在の学校での教育は、障害児も健常児と一緒の生活を送る権利、というのが基本的な方向性であるようだ。社会の中にいろいろな人がいて、お互いに仲良く社会を形成していけること、それは非常に重要である。だから教育はそこに向かおうとする。
 一方、声が気になることで集中して聴けなかった子どもは「滅多にないすごい経験をそれ故に体感できなかった」というのも間違いない事実である。そのことはやはり問題なのではないか、という意見もある。それも確かに正しい。
 オケの場合はもう一つ要素がある。指揮者は観客だけでなくオケのメンバーのことも考えているのだ。その分回路は3倍にふくれあがるわけだ。曲目にもよるが、モーツアルトでプログラムを組んだような場合、オーケストラはきわめて精密にお互いの音を聞きながら音楽を作っていく。凝縮してピアニシモを作っていくところから、わっと広がるところなどの緊張感を維持するのに強い集中力が必要で、そこが崩れていくことで音楽への集中力が切れることが問題になるだろう。こういうところが芸術の一番エッセンスであるとも言えるだろうが、それ故、本来得られるはずだった感動を作り出せないことに繋がる。それが問題だと指揮者は言った。まったくそうだ。そこで起こることは当然予想がつく。曲目にもよるということも事実だろうが、それはともかく「オケはプロだからどんな状態でも最高の演奏をしなくてはいけない」などという理想論だけではすまない部分であって、客は静かに聴け、とか演奏家はいつも完璧でないとお金は払えないとか、その子のためには他の子は我慢をすることを学ぶのが社会教育なのだ、とかいうような議論は、生の芸術鑑賞という社会的な行為にとって不毛の入り口でしかないような気もする。

 芸術をする側からの現実論的には(というか直感的には)、その子のためだけにもう一回別のプログラムでやる、という覚悟を持つことが一番大事だとは思うのだが、それでも解決するわけではない。音楽会というものがそもそも社会性と密接な関係にあることは避けられないので、一人でCDを聴けばいいとは言えないのである。
 しかし、そういうことを超えて芸術は存在するし、人間のさまざまな面を無視してアウトリーチも出来ないのが現実だと思う。悩ましい。

 まだまだ、根本的な機会の量的問題があるような気もするし、分量では解決しない問題もあると思うが、もう少しいろいろとやってみるなかで考えていくしかないのだろう。





数住さんの痕跡

2006年05月21日 | 各地にて
昨日は久しぶりに北九州の響ホールへ・・・。
前に来たのはもう7年くらい前になるかしらん。仲道さんときたと思うのだけれど。そのときに非常に強く感じたのが数住岸子さんの気配だったが、それは今もまだいくらか残っているような気がする。Sさんは、以前数住さんと同室だった楽屋に今日は一人で入って、とても懐かしそうにしていた。私はむかし数住さんが陣取っていた監督室(今は館長室)で打合せをしたのだが、書棚にある日本の現代作曲家(藤枝さんとか野平さんとかの世代)の楽譜集が10冊ほど並んでいるのをみながら、ちょっと昔のことを考えたりしていた。そういえば、ゲンダイオンガク、というのもそのインパクトを失って久しい。21世紀初めの日本の状況の中では、御喜美江さんの「抽出方式」を採用するのが良いのかな、などと思いつつあわただしく帰京した。
響ホール音楽祭はたたずまいは変わってしまっているけれど、まだ、何らかの意識が残っている感じがするのは、それだけ良しにつけ悪しきにつけ当時のインパクトが強いのだろう。もちろん、ホールで企画をする、という意味や考え方は90年代とはかなり変わっていると思うが、ここに来ると、今追いかけている芸術の社会性とかがやや薄っぺらなもののように感じることがあるのはどうしてだろうか。

今日の演目は三輪郁さんを中心に、ピアノソロ、ピアノ4重奏(以上はモーツアルト)、ピアノ5重奏(シューマン)という、記念年を意識したプログラム。響ホールの響きは、以前よりも温和しくなった代わりに聞きやすくなったという印象。演奏家の弾きやすさ(コンタクトのとりやすさ)はよいようなので、もっと煮詰めていけばまだまだ良さを引き出せそうな気がした。

南海電車

2006年05月19日 | 徒然
久しぶりの鉄人
泉佐野の帰り、久しぶりに南海の特急に乗ることになりこの雄姿を・・

 今日の話は指定管理の話し。あちこちの話しを聞くと、情報は確実に増えているのだが、出口はあんまり判然としないのが続く。こういうのを我慢したり無視したり一点突破したりが出来る年齢で無くなりつつあるのを感じる。
困ったものだ。

ホールネットワーク協

2006年05月19日 | 徒然
2年前に胃が危ないのに高岡まで日帰りをしてやった基調講演の音楽ホールネットワーク協議会の総会とシンポがあって、再び基調講演。前回は何を話したか全然覚えてないが、今回は「いまこそ市民参加を!」というお題。現在のホール(というより自治体ですね)の事情から市民の参画を促すことが必要になるだろう・・ということと、そのとき起こりそうな問題について話しをした。あとはパネルディスカッション任せなので、案外気楽ではありましたが、本当はかなり深刻な状況と言うことですよね。ネットワークも新しい工夫をしないといけない、というのはその前の理事会での話。各会館の人(比較的偉いほうのかた)もずいぶん変わってしまっていたが、今回のシンポはなかなか面白かった。内容と言うよりは出ている人のキャラですけれど・・
 でも、音楽に限らないかもしれないが、音楽では特に、聴くことの参加を活性化することは重要のように思います。音楽は、聴いてからそれぞれの個人の頭(心)の中で再構成したり、連想の飛躍をしたりすることに大きな価値があると思うからです。それは数の問題ではなく質の問題ですが、そのようなお客様が客席にいっぱいになってくれることが大事かと思います。数の問題との連携した評価が必要かもしれません。

長崎です

2006年05月14日 | 徒然
長崎です。今日は長崎も風が寒い。
今年のアウトリーチ候補の場所を見てきました。
外海町の遠藤周作文学館は、東シナ海に面したがけの上にあり絶景。今日は天気が悪かったが、前に来たときに、海に雲間から光が射しこむのがとても神秘的。宗教的な香りのするところです。入口のところが、教会風になっていてやたら響くのですが良い雰囲気です。近くの黒崎教会というのも昨年見たのですが、ちょっとやりにくいかもしれないと言うことで、こっちになりそう。
昨年出来た、長崎県美術館の横の埋め立て地に出来ているのがAIGのビル。ビルといっても横の美術館と同様5階くらいまでしかなく、ビジネスビルとはとうてい思えないデザイン。これはこの埋め立て地の開発にさいして景観的な配慮を求めたせいだと思うのですが、ここの1階の端の部分は公共的な空間にするという方針らしく、秋の公開に先駆けてミニコンサートが出来ないかという話。場所の問題はありますがやってみる価値はあるかな。AIUは東京の本社のある墨田ではかなり大規模に文化的活動をしています。長崎はコールセンターをまとめてここに持ってきたらしいので、かなり大規模な事務所になっています。事務所はすでに稼働中ですが、セキュリティの厳しい中、5階のコンビニと食事や打合せのスペースを見せてもらいました。夏の港の花火の時などの立地は最高。
奉行所を再現した博物館もなかなか面白かった。ここは昨年(だとおもう)に出来たようでした。

夜は、本当に久しぶりにJAZZのライブハウスに行き地元の方の演奏を聴いてきました。





Y棟最上階

2006年05月13日 | 徒然
トリトンスクエアが出来てすでに5年。はじめてY棟(住友商事のビルです)の最上階のレストランにいきました。最高の眺望


なだ万さんが入っているそうです。商事のビルの中なのでどうやって行くんだろう(たぶん関係者がいないとだめ)。3150円也のディナーは大変けっこうでした。
ここの景色はトリトンスクエア随一ではないか知らん。

怒濤の春です

2006年05月08日 | アウトリーチ
何年ぶりかにカレンダー通り休んだ連休が終わると、一気に怒濤のような生活です。
まずは、9,10日とオーケストラのアウトリーチというのをやってきます。明日から茂木大輔さんと広島県。
オーケストラの音楽教室というのはたぶん1950年くらいから行われ、一時は、音楽教室専門の音楽事務所があり、これが思いの外収益があるという話を、この世界に入った30年ほど前に聞かされていますので(ただ、私は事務所に入ったときにかなり年長の先輩から「音楽教室には手を出すな」といわれました)特に真新しい行為ではないともいえます。まあ、今回のは少し違った思想でやってみるわけですけれど、どんな感じになるのかとても楽しみ。今回は全部中学校。
まあ、その「手をだすな」の意味の本当のところはよくわからないのです。もちろん表面的な意味はわかっているつもりですけれど・・

その報告はまたフィールドノートの方で致しますね。とりあえず、あしたは学校に行って授業をしたらその足で羽田に直行

芝浦工大

2006年05月05日 | 徒然

 5月1日に、4月から豊洲に引っ越してきた芝浦工大のキャンパスを見学させてもらいに行ってきた。  

 

いやあ、理工系のせいかどうか、すっきりとして広い、というのはやはり魅力的だ。TANはここをサテライトとしてホール外のいくつかのプログラムを行っていくつもりだ。まだまだ、周りは空き地が多く、階上からは北側の運河に船が通るのが見えたり、基本的に見晴らしが良いのだ。ここにどんどんとマンション群が建つことを思うと、5年後の豊洲がどのようになっているのかを考えるのも楽しい。 一方で、このような下町の近代都市の建築群が人間の生活にどのような感じを与えるのか、と言うことも考えなくてはと思った。神戸女学院の内田樹(高校の同級生である)は、女学院の現在の校舎の環境の意味について、「都会から通う学生は、町中での不快な刺激にから自分を守るために、五感の感度を下げ、パーソナルスペースを最小化し、出来るだけ他者とのコンタクトの機会を減じてしのぐしかない。それ故、固い殻をかぶったような感じになってしまう。寮生のように自然のあるキャンパスで過ごしていると、美しいものを見、優しい音を聞き、かぐわしい香りをかぎ、快い触感のするものだけにふれることで、五感の感度をどんどんと上げていき、コミュニケーション感度の良い(空気が読める)を生み出していくのである」と述べているが、豊洲という町は、そのどちらでもないような空気があるような気がする。それは、空を感じられる空間の広さとともに、水(川と運河)の力に負うところが大きいかもしれない。 まだ若干のよそよそしさがあるのは、開校してまだ1ヶ月ということのせいだろうと思うが、芝浦工大はここで、コミュニティに解放されたキャンバスを目指すのだそうだ。実際、交流棟と名付けられた建物はコンビニもあり、学食も、建前はともかく、近所の方がどんどん来てくれることを望んでいるとのこと。 こういうところで、周りのマンションに住んでいる人たちも交えたコンサートをしていくのはいろいろな意味で面白そうだ。さて、今年はなにをやろうか・・・  ところで、大学では5月20日(土)に大学開放DAYというのをやるそうです。大学の紹介や講演会のほか、子どもも喜びそうな参加イベントや、関連企業のブースとか、近所の商店街の出店とかもあるそうです。理工系でしかできない楽しそう顔とは色々あるもんなあ・・。