児玉真の徒然

峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい
(真壁仁 峠)

長崎さるくの会議

2007年10月30日 | 徒然
今日は長崎日帰り。
9月から始まったのだが、長崎の文化をさるくに取り入れられないか・・という会議。午後に2本終わらせて、その足でバスに飛び乗り帰京というあんまりハッピーではないスケジュールではある。長崎への出張は基本的においしい食べ物とか幸福なことが多いのだけれどねえ。
実は何とか会議とか何とか委員会の座長という役をやるのはまったくの初めてでドキドキである。どうしてもと頼まれてなのでしょうがないのだが、それが報告となり市長になんらかの提言をすることになるはずなので、責任はそれなりに重いわけだ。この忙しい時期に(ずっとか・・)こんな経験のない役を引き受けるというのははっきり言って時間的に心配である。
しかし、こういうことはいずれしないといけない年齢にきているのも事実なので、自分の能力がどこまであるか試すという意義もあるだろう。
しかし、今日の話題のひとつだった明清楽や胡弓の話は自分がほとんど何も知らないことを教えてもらった感じだ。勉強になる。明治維新ころに流行ったとされる月琴の話などとても面白かった。確かに日本で流行した音楽と社会の流れなどは西洋音楽に比べて極めて小さな知識しか持っていない気はする。特に明治の混乱期の話はその後どちらかというと封印されてきた話題であり、特に文化的流行などはそのハザマで完全に埋もれて行きつつあるのかも知れない、と思った。

幸田、3年目の宮本妥子(小学校)

2007年10月28日 | アウトリーチ
順序は逆になるが、先週の初めは幸田町での3年目のアウトリーチがあった。
演奏家は3年連続宮本妥子さんと後藤由里子さん(マリンバ&打楽器)
今年は前年ともまた少し変化をつけ、最後に動物の謝肉祭抜粋(語りつき)。手作りの楽器での競演の指揮とともに、幸田のプロデューサー本間氏がおはなしでも大活躍。
同じ人での3回連続は音活関係でもほとんどないと思うが、小中学校全校(計9校)全部に3年連続で訪問するというのもまたすごいと思う。
これだけ関係が作っていければ、もうまったくアウトリーチ自体は任せておけるところまできている。あとは、ほんの少しの安心感というかが付加できれば完璧。まあ、とはいえそれまでに3年間という時間は必要だったともいえる。

9月10月と同じマリンバの大熊さんと音活で付き合ってみて、それぞれの特徴というか個性が出ていて面白かった。例えば、大熊さんもいわゆる二人羽織を道化師のギャロップで子供たちにしてあげるのだけれど、同じことをやっても宮本さんとは違った空気が流れるのである。子供の反応の仕方も若干違いがあって、宮本さんではキラーコンテンツになるなと思う二人羽織も大熊さんの場合はまだ手のひとつという感じだった。もちろんそれぞれが違うことのほうが重要で、同じだったらなんと味気ないだろう。

NUUさんのコミュニティプログラムスタート(おでかけアリオスVol1)

2007年10月28日 | いわき
いわき最初のコンサートイベントがおとといから三日間あった。いわき最初のおでかけアリオスである。「はじめまして!NUUライブ」と題された3日間で、場所は平の龍門寺、田人ふれあい館、いわき市内郷の総合保健福祉センター。NUUさんとギターの笹子重治さんと、パーカッションの渡辺亮さん(まったくの同姓同名がチェロ関係の知り合いでいてまぎらわしいな)。
NUUさんはいわゆるシンガーソングライターであるが、自分では曲を産む人だといっている。それは曲の出来方がそのようだかららしいのだが、確かにヒンデミットの本にも「新しい作品が出来るときは、部分部分が出来てくるのではなく、ある瞬間にすべての細部まで俯瞰するように見えてしまう」ということが書いてある。それが産むということなのだと思う。案外女性らしい官能的な見方のような気もするけれど・・・。
今日の親子(1歳から5歳までのお子さんがいた)のコンサートで彼女のコミュニティでの能力が俄然と発揮されたように思う。ああ、この人のベースはこういうことなのね、と感じてしまうような進行。これについてはフィールドノートでは書きにくい(というよりもメモが取れない・・・)が、途中までの不安をよそに、少なくとも最後のスーダラ節(写真)では完全に子供たちが踊っていた。すごい・・!


アウトリーチ活動については、最近人前で話をすることが多いのだが、いつも思うことがある。それは活動拠点から出かけていくアウトリーチ活動には明らかに二つの要素があるということ。ひとつはその人の芸術というか音楽をわかりやすく伝えること、そのきっかけになるようなことをすることであり、もうひとつは聴きにこられない人のところには出かけていこうという思想である。片方が普及的にな意図を持ち片方は福祉や人権(最近は文化権というものがある)にかかわることだろう。
いずれにしろボランタリーな精神抜きに継続して行うのは案外しんどいだろう。
もちろん出掛けていくということは音楽活動としては本来的には必須条件ではない。しかし地域の会館の仕事という観点からすると、そこで地域の人と接触しわかり合い、ひとつのことに向けて力を出していくという作業が会館の役割として実に大きいということがある。それはスタッフもアーチストもである。
それがおでかけアリオスの欲張りな企画趣旨である。その上にアーチストが地域のいろいろなことから刺激を受けて、コンサートが成功した・・という以上の何かを持ち帰ることが一番うれしい。

その話はまたいずれするかもしれないけれど、今日はともかくNUUさんのコンサー
トがいい形で出来たことをいわきのために喜びたい。
全部のコンサートが終わってNUUさんに、いわきの人や自然から何かが貰えましたか?と聞いた。「もちろん!特にたくさんの人たちから貰いました」という返事を聞いてほっとして帰京の車に乗った。



新書について

2007年10月17日 | 徒然
ここ数年、新書のような比較的入門的な本を読むことが多くなった。冊数は年間30~40冊位である。これを多いと言うべきか少ないと言うべきか・・・。もちろん所謂小説や漫画、趣味の本などは別だから、実際買っている本はもっと多いわけだ。理由はいくつかあると考える。まあ本を買うときにそんな理由は考えているなどということはあり得ない。ほとんど面白そうだから・・とか言うのが普通であるし、自分の興味の範囲のものが多いのではあるが。
考えられる理由
1,入門書はそのジャンルの普及を目的にしており分かりやすいこと
2,厚くなく、かつ安いこと。持って歩くのにヒーヒー言うようでは体力が持たないしね
3,この仕事はそもそも広く浅く・・と言う仕事であること。
4,自分のやっていることを他のジャンルから補強してもらいたいと思うこと。自分のジャンルからはいくら論理的で納得できるとしても、たかが1%未満の人の理屈だから。
5,ネタ探しと揶揄されようと、実際に随分それで助けてもらったから。とくにこの10年、人前で話すことがでてきて、刹那的ではあるが、人にうなずいてもらえないとものすごく落胆し落ち込むわけだ。

高校時代の同級、内田樹君の「寝ながら学べる構造主義」という本で、
良い(ここが大事)入門書は、知らないことを軸に書かれており、「何を知らないか」「何故知らないのか」を考察しつつ、専門家が言いそうもないことによって進められる
というようなことを言っている。彼らしいアイロニカルな雰囲気があるが、確かにそうだと思えるところが多々ある。(逆に悪い入門書は、誰でも知っていることから初め専門家なら誰でも言いそうなことで終わる、ということ)
なるほど。
入門書は、よりラディカル(根源的)な問いに出会う確率が高い・・ということか。アウトリーチにも若干通じるものがあるかなあ。

最近、新しい千代田図書館が新書検索システムを採用したコーナーを作るなどの工夫をしているがこれもなかなか面白いかも。未だ行っていません。
まあ、新書というシステムが良いのではなく、良い入門書が良いにすぎませんけど、失敗してもまあいいやと思える値段でもある。

玉村町の大熊理津子

2007年10月15日 | 徒然
群馬県玉村町の音活が終了。4月の全体研修では、若干、意欲が空回りして、実現性との間のギャップで苦しみそうだという気がしたのだが、終わってみればうまく行ったように思う。あとはこっちの体力が落ちているのを実感。単に忙しいせいかもしれないけれど・・。
先月に続いての大熊理津子さん(マリンバ)である。このように連続で付きあうと、人柄から音楽に対する考え方、話し方などいろいろなことが分かるし、話し合いなどでも少し奥まで行くことが出来るので、単発よりも充実感はある。
彼女はアウトリーチプログラムについて非常によく考えている人で、その点では立派としか言いようがない。昨年の様子は知らないが随分成長しているに違いない。写真は大熊流二人羽織の図。
前回の矢掛町のアウトリーチを文章化する際に話にやや奥行(この言い方は難しい。奥行きとも違うかも知れぬ)がないように感じたので、そのことに少し気をつけていた。とはいえ、今回は幼稚園や保育園など小さい子ども向けのものが多く、話の辻褄よりも勢いの方が大事な相手だったこともあって充分には話せなかった。
コンサートの出来は非常に良かったのではないか。客も比較的楽しむ姿勢の方が多く雰囲気は良かったのではないか。マリンバの音のスケールと900席という空間の広さがマッチして伸び伸びと出来ていた感じがする。力のある人は大きなホールで演奏すると、音楽もそのサイズのスケールになるから不思議である。それがアウトリーチには無いコンサートホールでの演奏の醍醐味である。音活の場合、そのことと観客数が必ずしも結びつかないということはあるのだが、音楽の質的なことは数だけの問題ではない。
それよりも、今回は玉村の裏方の動きがよいことに敬服。マリンバの運搬も、重いものに慣れている彼らの楽器扱いは実に安心だったし、財団の方3名と舞台会社から来ている人1人が非常によい連携で動いていて、これは音活の中でも特筆に値するかも。下見のときに全部裏方さんが付いてきてくれたのも珍しいパターンで、玉村はうまく行きそうだと思ったのだが、全体に財団の方の熱い気持ちが伝わるような4日間だった。
しかし、コンサートのお祝いに特大のテディベアと花束という届きもの・・というのは初めて見た。

玉村町の様子もいずれフィールドノートに・・

玉村町1

2007年10月12日 | 徒然
ご無沙汰です。
ここのところ忙しすぎてブログに行く暇がないのです。特に目から来る疲れがありそうなので、パソコンに迎時間を減らしたいというきもあるので、さぼっております。申し訳ない(って誰にだろう?・・・)
フィールドノートも、書くべきことは随分残っていて、9月の長崎の永渕さん、アムール。10月初めの北九州地元のミュージックグループ紫音、笹部聡子さん、木管アンサンブルラヴィソン。まとめなくてはいけないのですが・・・
今日は、朝トリトンのアウトリーチで田村緑さんと浜まゆみさんのリハーサルに付きあい、給食を頂いてその足で東京駅に走り、音活で玉村(群馬県)の大熊理津子さん。おかげで、朝、夕方と2回もマリンバの組み立てをすることになり、同じヤマハでも機種によってまったく違うことに想到せず、案外ビックリしました。
大熊さんはなかなかよく考えていて、今日も飲みながらいろいろと話したのですが、アウトリーチ的には比較的勘の良い方だと思います。明日からは「育児をするなら玉村町」のキャッチフレーズ通り、1件を除いて子ども向けのアクティビティです。幼稚園、保育園、児童館。幼稚園は短くして、年中年長に分かれて聴いてもらいます。どうなるでしょうか・・・。本人の心配を他所に案外上手く行ってしまうのではないかと思っていますが。
さっきの組み立て練習では、玉村の裏方の方々の熱い気持ちに大熊さんも随分感激しておりました。組み立ての様子を全部ヴィデオに収録していました。ここの裏方は、以前から入っている舞台関係の会社が裏方を派遣してくれているのですが、いろんな意味で非常に積極的です。ありがとうです。