児玉真の徒然

峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい
(真壁仁 峠)

いわきのアウトリーチ研究会(おであり研究会)2

2010年12月26日 | いわき

アウトリーチ研究会のプログラム検討の時間が終わった、今日は10時からだから大体6時間。四人の演奏者(フルート、ソプラノ、ピアノ、ヴァイオリン)のそれぞれが持ち寄ったアウトリーチ向けのプログラムについて、四人とアリオスの担当者と広報と私との8名で話をしていったのだけれど、まだ全員による立体的な討論にならないのはまあ仕方がないとは言うものの今後の課題である。ただアートの世界だけに価値観をぶつけ合ってもうまく行くとは限らないのが難しいところだろう。そのあたりのやり方のブレイクスルーとして見つけてくれる人がいると良いのだけれど・・・

今回は20代前半の音大を出てまだ時が経っていない2人と、40程度で既にいわきでの活動実績を持つ2人がいるのだけれど、同胞意識というのがすこしづつ出てきているようなのが嬉しい。とはいえ演奏家なので判らないところもあるのだけれど・・・・

フルートの紺野さんはオーディションの時に一番大人の生き方を感じた。いわきの久ノ浜で活動していくのは大変だと思うのだけれどちゃんと自分の演奏をメンテナンスしているのがすごいと思った人。木田さんは第九の合唱で過去2回お世話になったソプラノ。オープニングの時は自ら不足している合唱団の練習を面倒見て頂いたり、きちんと歌える力を持った人。ピアノの鈴木さんはアリオスが出来たので帰ってくる気になったという、アリオス関係者が泣いて喜ぶことを行ってくれた人。田村さんのアウトリーチを熱心に見て一番吸収する意欲があるように思える。ヴァイオリンの常光さんはいわき期待のヴァイオリンでまっすぐな感じがする。弦楽器は各地で常に良い人が少ないことが大きな悩みなのでこういう人がいると嬉しい。いずれにしろみんな一所懸命に考えてくれていて、前回渡した企画シートのおかげもあるとしても、今日集まったプランもピントが合っているものが多く、嬉しい誤算。その割にミーティングに時間がかかったのだけれど。

このおであり研究会は比較的丁寧に進めているので、次は1月8日に全員のランスルーを見て、その後1月19日からのアウトリーチの本番となる。このときは北海道の深川からも見学に来るそうだ。

 


長崎のコーディネート講座

2010年12月24日 | 徒然

長崎のコーディネート講座は、11月に先に地元の人のコンサート(じげもんコンサート)をやってからアウトリーチを仕掛けるというふつうとはなんか逆なやり方なのだけれど、これがなかなか良かったみたいだ。コンサートの方がやるべき事が明確で誰でも見当がつくのでやるべき事を絞り込みやすいのだろう。それにアウトリーチと少なくともひとつ変動要素が少ない(主催者がこっちだから)のである。とはいえチケットを売らないといけないという問題はある。

今回はコンサートの時に取材などを担当した演奏家と一緒に今年度中にアウトリーチを一回実施しようということで集まってもらって、話し合いをしてもらったのだけれど、3年目と言うこともあるのだろうが比較的スムースにアイデアが出てきて、すぐにでも進められそうな感じがした。まあそうは行ってもはじめるといろいろとあるとは思うけれども・・・。長崎では比較的事例が少ない障害者向けのアウトリーチという案も出てきて、市の担当ともども楽しみな展開である。

長崎からとんぼ返りして、トリトンのクリスマスコンサートのサポーター(と言うかうちの奥さんが参加していたので・・・)と合流して、深夜まで話をしていた。今日はいわき。明日に「おいでよアリオス」と銘打ったバックステージツアー。夏にやったのと基本の構想は同じだけれど、今回はクリスマスヴァージョンらしい。そして、明後日は地元の演奏家で行う「おであり研究会」のミーティング。彼らは1月に行く学校とすでに下見と打合せをして来ていて、それを元にプログラムを考えて来てくれることになっている。たのしみ。その事はまた今度。

 

 


来年のアウトリーチフォーラム

2010年12月23日 | アウトリーチ

来年のアウトリーチフォーラムのオーディションがあった。今日は途中までしかいられず、従って審査にも参加しなかったのだけれど、知っている演奏家が何人もいたのでかえって審査員にならなくて良かったかもしれない。とはいえ、アウトリーチの基礎を教えた人も混じっていて、知っているだけでも案外はらはらするものである。今年から来年にかけては滋賀県と和歌山県が名乗りを上げていて、実際のキャンプなどは来年度に入ってから。春は滋賀、秋は和歌山である。いろいろと悩ましいところもあるけれども、個人的な感覚からすると、アウトリーチ的な事業はすでに演奏家が出かけていく仕掛けを作る以上に、その現場で何を伝えていくのか、どう伝えるのかをしっかりしないと事業的には長続きしない(又は堕落する)と思っているので、フォーラムは貴重な存在だと考えている。いい人が選抜出来るといいですね。

その後はノウハウが地域に根付くかどうか。地域で本気で演奏家とともにこういう事業の質を維持してくれるコーディネート役が育っていくかというのが大事であろう。ただ、そのためには継続的な事業の維持という難題がある。事業をやりつつ人を育てないと多分地域に根付くのは難しいだろうから。このことに対しては消して楽観的にはみえていない。とはいえ、ひとつの例としては、北九州市の財団がアウトリーチ人材を(演奏家もコーディネート役も)育てようとしているのは良いことだと思う。今年は私のところに話が来る前にずいぶん演奏家と話をしている様子が見えるので、自力でどのあたりまでいけるのかを期待してみたいと思う。

さて、フォーラムは県に市町村と連携したアウトリーチ事業を実施してもらうことも目標でもあるけれども、県内で一緒に作っていく人を育成することをどうするのか、と言う問題に対してなかなか答えが見つけにくいところがある。多分私が県の立場にいたとしてもそれなりに環境が整っていない悩ましさを感じるような気がする。

 


アウトリーチフォーラム京都

2010年12月19日 | アウトリーチ

地域創造と京都府が行っているアウトリーチフォーラムは今年は五月末にキャンプを行ってから昨日まで半年以上の長期にわたったが、一応無事終了。京都府の取り組みがとりわけ熱心だったので、今後どのような形でこの財産が残されていくのか興味がある。丹波丹後地域のほとんどの市町が参加したことになったけれど、市町でのアーチストとの交流も色濃かったようだ。コンサート終了後は来ていた市町のお客様とロビーで写真を撮ったりして名残を惜しんでいた。

中丹文化会館の事務局長の加柴さんが「今回長く付きあうことで、演奏家はこんなに一生懸命に練習して本番に臨むのだと言うことを職員みんなが肌で感じた。それがまた一人でも多くの人に聞いてもらいたいという気持ちに繋がっていくのがすばらしいと思う」と言うことをおっしゃっていたが、確かにこの事業の良いところは、地域の会館とアーチストとの交流期間が長くミッションが共有できることで、それがその後に同じ演奏家をまた呼びたいという気持ちを形成するのだろう。こういうアーチストとのつきあいは、多分今までの会館運営にはあんまり考えられていなかったことだ。しかし、藝術が社会の中にある意義はこういうところに多く存在する。そういうことを最近の仕分け人の人たちにもちゃんと理解してもらいたいものだ。

もう少しコンパクトに集中して実施出来ればもっと良いのかもしれないが、今回は国民文化祭のプレ事業の位置づけでもあり、テンションを長く維持できたのかもしれないと思う。会場には京都の国民文化祭のマスコットでもある「まゆまろ」のぬいぐるみも参加して、子どもたちの人気を集めていた


竹村浄子のシューマン

2010年12月15日 | 徒然

帰りがけにピアノの調律の方が、「竹村さん成長したね。ピアノもそうだけれど人間的にも本当に良くなった」と言っていたのが印象的だった。実際、今回のコンサートは共演者の竹村さんを応援する気持ちが乗り移ったような気持ちのこもった演奏。こういう演奏会は不思議と充実感がある。

今年はシューマンとショパンの年だが、やはりショパンの方が盛り上がっている感じはする。それでも、シューマンの良い企画もいくつかある。竹村浄子さんはシューマンが大好き、2回のシリーズを行った。一回目は聴きに行けながったが、昨日の二回目は、ヴァイオリンソナタ、女の愛と生涯、詩人の恋、ピアノ5重奏曲という盛りだくさんのコンサート。6時半開演というのも長さを意識していたとおもう。

女の愛と生涯を歌った半田さんのソプラノはきれいに上の方に響が拡がる独特な声が印象的だったし、詩人の恋では歌詞がきちんと入ってきて、久しぶりにリートで心のひだを楽しめた。やはりこういうコンサートの場で受ける刺激はいろいろと想像力が拡がって気持ちがよい。最後の五重奏は熱演。ヴィオラの安藤さんは相変わらずぴしっとヴィオラの音を響かせてくるし、中声が充実しているのでシューマンらしい厚みが感じられる気持ちの良い演奏。

最近、ほとんどの方のコンサートに行けなくて不義理というか申し訳ないことをしている野だけれど、たまたま早めに打合せが終わって行けたコンサートだったのだけれど、心地の良い帰り道だった。

 


のみ

2010年12月12日 | 徒然

数日前に人吉で菊央さんが地歌の作もの「のみ」を子どもたちと歌ったのが伝染して、のみがあたまから離れない。まあ2日で4回も習ったことになるので仕方ないか・・・

「のみが茶臼をせったらおてせおうて、富士の山ポイと越えてああしんど」

という荒唐無稽な話である(まあムソルグスキーのほうもかなり笑える曲だけれど)。地歌の座敷を楽しむ精神がなんとなく判るような気がする。こういうのを可笑しいと笑ってくれるのはそれなりに高度で、今回4つの学校に良いって6年生に聞いてもらったわけだけれど、話を聞いて笑ってくれたのは最後の一校だけ(それも先生)。写真は菊央さんが書いたのみの絵。

芭蕉の句に「富士の山のみが茶臼の覆かな」というのがあるけれど、何で富士が茶臼なのだろうか・・・。大体茶臼といえば那須の茶臼岳とかいくつかあるけれど、大体釜があって、その臼の形をイメージしていたのだけれど、富士山ねえ。茶臼に覆いをかけたみたいな形ということかな。でも、茶臼というのは所謂餅つきの臼とは違うようで、そばを挽く石臼に似たもののようである。それで茶を粉にして抹茶を作るというのをはじめて知った。まだまだ勉強しないといけないことだらけ。とはいえ、富士山の形とはなかなか結びつかないな。

調べていて解ったことだけれど、茶臼という地名は戦争で山に陣地をはる場所として縁起が良かったらしい。茶臼山という地名は思いの外多いのだそうで、そのあとで名前がついたところもありそうだ。

 

 


人吉の邦楽活性化事業

2010年12月09日 | 各地にて

熊本県人吉市は比較的好きになれそうな町である。まずこじんまりしているのが良い。町の中に流れる球磨川の流れも気持ちが良く、その向こうに人吉城が見える。人吉温泉は町の中に宿が点在していて、温泉地という感じではないので好き嫌いがあるだろうけれども、僕にとっては気持ちが良さそうだ。

まちゆくひとが「こんにちはと挨拶するようねえ」というのがアーチストやスタッフの町の印象のようで、なんか親しみがわいているようだ。今日訪問した人吉東小学校は中心エリアののマンモス校と言えると思うけれども(とはいえ学年100人前後)、ありがちなコミュニケーションが薄い感じはしない。今回のアウトリーチは邦楽で良くある楽器体験とかはなく、鑑賞に徹することにしていて、楽器に触るのは土曜日に会館のワークショップに来て欲しい、問いうっことになっている。まずすごいものにあってもらおう、楽器の音に魅力を感じたらさわりに来て欲しい・・・という順番になっている。本当はその後にではコンサートに来てねというのが一番良いのだろうが、なかなか邦楽ではそうは行かない状況があって、なかなか実現しにくいのだ。

人吉は焼酎とかでは有名であるものの、はっきりとこれだという産業がないと言うこともあって人口減はやむを得ない状態であるという。今回は地域創造の仕事で邦楽のアウトリーチと体験ワークショップなわけだけれど、出来て25年ほども経つカルチャーパレスの新しい館長さんは非常に熱のある人で話していても気持ちがよかった。もう少し発信してくれるともっと嬉しいのだけれど・・・

菊央雄司さんたちのアウトリーチは、感じをつかもうと努力してもらおうとするもの、一緒に楽しむもの、菊央さんの絵心も活かして文字と絵で曲を解説をしていくものなどがうまくバランスして居て良かったと思う。最後に、どの曲が一番良かったかを聞くのも悪くない(復習効果)。

 


アウトリーチの定義

2010年12月07日 | アウトリーチ

芸大で昨年の学生に呼び止められ、クラシックのワークショップについての卒論でアウトリーチをどう定義するか、と尋ねられたのだけれど、実は案外困る質問なのだ。彼女は昨年松原勝也さんに頼んでワークショップのようなことを足立区の小学校で行ったのだけれど、それをベースにまとめるらしい。一応現場を中心にやっている側から言うと、クラシックのワークショップをやる人たち(特に演奏家や演奏家に関わる人たち)にとって「自分のやることを間違わないために」定義するのは必要で、演奏家への研修では一応定義らしきものを示すのだけれど、それがどこまで客観的で、世間に受け入れられているか・・となるとそれほど自信がないのである。その定義ですら、実行している人の10人に聞けば最低でも5種類くらいの言葉が返ってきそうである。そもそも意義のある言辞としてどれだけかえって来るかもわからない。アウトリーチと学校公演の違いとか言われても必ずしも明快な答えには困るのではないかな。感覚的にわかっている人はいるけれど、それだけ現場優先の分野だと言うことだろう。

それ故、現場では「仮の定義」を先にしていくという手法で質を維持する必要があるように思う。私はカザルスホールにいた頃からずっと「これは運動である(ビジネスでもあるけれど・・・)」と思って仕事をしてきた(それで売れないことをやる人だと思われてきたし、マーケティングが弱いとも思われてきた。まあ、ある程度はあたっているかもしれない。そのあたりは解釈ではあるけれど)。卒論でもいろいろな事例を元に結論としてアウトリーチを定義するのではなく、仮に定義をしてから検証していくほうが、事態を正確に写すことが出来そうな気がする。運動とはそういうものだと言うこともある。

 


びんごウインズとバズファイブ

2010年12月05日 | 各地にて

 

市民吹奏楽団のびんごウインズの山口先生ととバズの上田君の出会いは福山のリサイタルに感激した先生が上田君に声をかけたのが始まりらしい。今回たまたま尾道市がバズを呼んで今回の共演が実現した。9月にバボラックが指導した尾道商の吹奏楽もそうだったけれど山口先生が振る団体はみんな楽しそうに演奏するのが気持ちいい。今回はしまなみ交流館のギャラリーでバズの演奏と、共演とを約80名のお客さんと共に楽しんだ。今日も午前中はそれぞれの楽器のクリニックで、そこにもメンバーが何人も参加している。バズもこういうことはとても楽しいらしいし、びんごウインズにとっても刺激になるだけでなく楽しかったようだ。

 

 

 

 


バズ・ファイブのアウトリーチ

2010年12月04日 | 各地にて

尾道の今年の最後のアウトリーチのグループはバズ・ファイブ。てっぱんの放送と合わせたわけではないが比較的タイムリー。逆にバスの加藤君のように、尾道でてっぱん撮影の現場を見るのを楽しみに来てくれた人もいる。そんなわけで今日はアウトリーチ2校の合間にラーメンを食べお好み焼きを食べ・・・。

バズファイブとは彼らが音活に登録する1年くらい前からだからずいぶん長くなる。けれど彼らのアウトリーチを見るのは久しぶり。トリトンで頼んだとき以来かもしれない。今日は小学校と定時制高校。夜の尾道南高校定時制の生徒に対するアウトリーチでは、出会いの一瞬の戸惑いのようなものはバズにも生徒にもあったのかもしれないけれど、終了後にバズのメンバーと話をしたら生徒の純粋さに感激をしていた。「定時制はもっともっとやってみたい。ブラスの威力を示せると思う」というのがリーダーの上田君の弁。写真は指揮者コーナー。

明日は保育園に行き、地元の備後ウインズとの共演があり、明後日はクリニックがあるというように、今回は様々なアウトリーチの場所が行えるので、尾道という場所にアウトリーチは何が出来るのか・・・と言うことも見えてくるかもしれないと思っている。アウトリーチは町の音楽興しの大事なツールであって、今回のように効果も様々な拡がりがあった方が良いかもしれぬ(もちろん教育に特化するとかそういう方法も政策としてはある)。その辺の戦略をどうするかが政策担当者の大事な目利き効果というものだろう。

バズのアウトリーチの内容はある意味手慣れたところがあって安心してみていることが出来る。小川さんがここまで話せるようになって来たのはすごいこだし、5人の姿勢も話を聞くとはっきりとしていて気持ちがよい。それでも、話す内容についての詰めはもう少ししても良いかもしれないと思った。アウトリーチにおけるラッパの威力を知っているだけに、少し欲張りなのは承知しているが、少しの変化で大きな成果が得られそうなのである。