拝啓 夏目漱石先生

自称「漱石先生の門下生(ただのファン)」による日記

元祖「エロかわ」?『不思議なメルモ』

2006-11-20 21:12:08 | 漫画
手塚治虫の漫画『不思議なメルモ』の文庫版を見つけたので読んだ。以前の記事にちらっと書いた『奇子』とは違い、一般人にもよく知られている有名どころの部類に入るこの作品。大人や子供に変身できる魔法のキャンディーを手に入れた少女・メルモちゃんによるドタバタ魔法コメディーである。1970年代に描かれた古い作品だが、「♪メルモちゃん メルモちゃん メルモちゃんが持ってる 赤いキャンディー 青いキャンディー しってるかい」という主題歌に聞き覚えがある人は多いだろう。
突然交通事故に遭い、急逝してしまったメルモちゃんのお母さん。まだ幼いメルモちゃんと弟のトトオくんを二人だけ残してしまったのを心配したお母さんは、神様に頼んで、メルモちゃんに魔法のキャンディーを渡してもらう。赤いキャンディーを食べると10歳若返り、青いキャンディーを食べると逆に10歳年をとる。何か困ったことが起きたらこのキャンディーを使い、二人で頑張って生きるよう言われたメルモちゃん(とトトオ)。メルモちゃんは7歳なので、基本的に青いのを食べて大人に変身し、身の周りで起こる事件を解決したり逆にトラブルを巻き起こしたりすることが多いのだが……妙に色気がある。
メルモちゃんに限らず、手塚治虫の漫画に描かれる可愛い女の子や美しい女性たちが妙に色っぽいということは、彼の漫画を数冊読めば気づくことだろう。ただ、メルモちゃんの場合は色気の描写が割りと露骨だ。この漫画は完全に子供向け、しかも学年誌「小学1年生」に連載されてた低年齢向けの漫画で、ストーリーも子供用に単純明快で勧善懲悪ものが多い。ちょっといじわるな大人たちに、キャンディーで大人になったメルモちゃんが対抗するというのが主なストーリー展開である。で、メルモちゃんが青いキャンディーで10歳年上の女性に変身する際、大きくなるのは体だけで、着ている服は小さいまま。何が起こるか容易に想像がつくだろう。連載と同時期に放送されていたアニメでの変身シーンなど、思春期真っ只中の中学生男子が見たら…。小さな子供ならワクワクしながら、思春期の子供ならドキドキして、大人になったら「あぁ、こういうことだったのかぁ」と納得しながら楽しめる。『不思議なメルモ』はそんな漫画だ。
手塚治虫は「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」などで世間一般から「戦後漫画の創始者」「漫画の神様」という健全なイメージを持たれていたにもかかわらず、よりによって子供向け作品でこんなのを描いていた。もしかしたらそんなイメージを逆手にとっていたのかもしれない。彼は「手塚治虫」というブランドをオブラートとして、ちょっと過激な作品を包むのに利用していたはずだ。
もちろん『不思議なメルモ』はお色気的展開だけではない。メルモちゃんが魔法のキャンディーのあっと驚く使い方を次々と発案し、トラブルを乗り越えるシーンは痛快である。一般常識が足りない分、まだまだ頭の柔らかい7歳のメルモちゃん。キャンディーで体が大人に変身しても心は7歳のままというのは、実際大人になった私から見るとある意味脅威である。現代では、体はすっかり大人なのに精神的には大人になりきれない若者が増加し問題になっている。多分自分もそこに片足を突っ込んでいるだろうという自覚もある。「大人になりきれない」と「子供そのもの」は違う。中途半端で不安定な自分は、見た目は大人なのに中身は正真正銘の子供であるメルモちゃんには色んな意味で負けるかもしれないな…。子供の発想は、時に大人を越えるから…。
さて、『メルモ』とほぼ同時期に青年誌で『奇子』が連載されていたのだが、これはかなり興味深い。『奇子』は、数奇な運命を辿った山奥の旧家の末娘・奇子(あやこ)が主人公の物語である。とある事件がきっかけで土蔵に閉じ込められ、幼児期~20代前半という人間にとって精神的にも肉体的にも最も大切でかけがえの無い時期をその土蔵の中でひっそりと過ごした奇子。20年近くも外の世界を知らず、必要最低限の世話をしにくる母と兄が唯一の世界とのパイプだった彼女は、まさにキャンディーで大人になったメルモちゃんと同じように心が未発達な状態で成長を遂げてしまった。『奇子』はファンタジー漫画ではないから、赤いキャンディーで体を戻してやり直すことは出来ない。『不思議なメルモ』を読んで、益々『奇子』が持つ重苦しい物語性に気づかされた気分…。

『不思議なメルモ』オープニングテーマ(youtube)
あまりにも有名。可愛い!

『不思議なメルモ』エンディングテーマ(youtube)
変身シーンあり