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相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!

☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

旗本上田家の菩提寺「宝林山泉沢寺」

2025-04-18 19:31:30 | 寺院
川崎市中原区上小田中に浄土宗寺院「宝林山泉澤寺」は鎮座している。創建は延徳3年(1491)、開山は好善、開基は吉良頼高氏の菩提寺である。本尊は阿弥陀如来。当寺の前にはかつての中原街道の「県道45号線」が通っている。「中原街道」は東海道の脇街道で交通の要所であり、大正時代までは「門前市」が立ったほどである。当寺は元々(1491年=延徳3)は武蔵国多摩郡烏山村(世田谷区烏山)にあったが、天文19年(1550)に領主の吉良頼康によって現在地に移転した。江戸時代には上田元俊を初代とする旗本上田家の菩提寺となった。移転時に頼康は上丸子山王社に釈迦如来像を奉納し、武運長久を祈ったという。現在「釈迦如来像」は上丸子山王社の旧別当寺だった「大楽院」に移されている。「寺号標」(山門)より入山すると正面に入母屋造・銅板瓦棒葺の「本堂」(安永7年再興)、左に有形文化財で格式の高い袴腰付の形式の「鐘楼」がある。屋根は切妻造、瓦葺で建立年代は18世紀後期頃とされる。当寺は準西国稲毛三十三所観音霊場17番札所である。(2503)
 
 
 
 
 
 
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かつて中本寺格の風格漂う「龍宿山西明寺」

2025-04-16 08:43:20 | 寺院
川崎市中原区小杉御殿に川崎七福神と三霊場である真言宗智山派寺院の「龍宿山西明寺」は鎮座している。創建は弘法大師が東国御巡化の蔡に子後二留錫し高弟泰範上人に命じ堂宇を建立、北条時頼が開基となり創建と伝わる。江戸時代には隣地に「小杉御殿」が建立され将軍家の崇敬を受け、寛永19年(1642)には寺領10石の御朱印状を拝領、近隣に末寺20余ヶ寺を擁す中本寺格の寺院であった。本尊は金剛界大日如来像。長い「参道」、「仁王門」、境内正面に入り母屋造りの「本堂」、鐘楼、「観音堂」、弁財天、天満宮、八幡宮、閻魔堂、二宮金次郎像、客殿がある。当寺は川崎七福神の大黒天、玉川八十八ヶ所霊場20番、東国八十八ヵ所霊場9番、準西国稲毛三十三観世音霊場18番である。(2503)
 
 
 
 
 
 
 




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明治期宮内学舎となった「覚王山高願寺」

2025-04-15 07:32:12 | 寺院
川崎市中原区宮内に浄土真宗本願寺派寺院「覚王山高願寺」は鎮座している。浄土真宗本願寺派寺院の山号は「覚王山」である。創建年代は不詳であるが新編武蔵風土記稿によると慶安年中の水帳に「弥陀堂料」という載があり、慶安年間(1648-1651)には既に創建されていたと推定される。本尊は阿弥陀如来像。当寺は江戸時代中期より「寺子屋」が当寺で開かれ、明治5年には「宮内学舎」となっていた。近年寺号を「高元寺」から「高願寺」へと改称した。武蔵中原から中原街道を進むと構えられている「寺号標」(山門)より入山すると左手に「宮内学舎」建物、右手に「本堂」がある。境内は美しくいろいろな花が美しく彩っている。(2504)
 
 
 
 
 
 


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「漫画寺」と呼ばれている「春日山常楽寺」

2025-04-13 07:24:58 | 寺院
川崎市中原区宮内に「まんが寺」と呼ばれている真言宗智山派寺院の「春日山常楽寺」(医王院)は鎮座している。当寺は奈良時代に聖武天皇の直御願所として行基が開山、創建したとされる。平治元年(1159)には宮中の祈願所となった。本尊は平安時代作と伝わる木造聖観世音菩薩立像をはじめ大日如来、木造釈迦如来坐像、木造十二神将立像は川崎市重要歴史記念物に指定されている。隣接する宮内「春日神社」の別当を務めていた。昭和43年(1968)の本堂改修の際には「まんが好き」の和尚を慕って、漫画家達が本堂の襖や壁画にまんがを奉納したことから「まんが寺」と呼ばれるようになった。現在は先々代住職と親交のあった漫画家の作品を集め公開している。境内には神奈川県の天然記念物に指定されている「スダジイ」や「シラカシ」などの常緑樹が生い茂り、まんが筆塚も立つ。当寺は玉川八十八ヶ所霊場26番札所である。(2504)
 
 
 
 
 
 
 
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不忍池に「寛永寺」の伽藍の一つ「弁天堂」

2025-04-10 09:14:26 | 寺院
台東区上野桜木一丁目にある天台宗関東総本山寺院「東叡山寛永寺」は鎮座している。開基は徳川家光、開山は天海、本尊は薬師如来である。京の都の鬼門を守る比叡山に倣い「東の比叡山」=「東叡山」とした。江戸時代後期、最盛期の寛永寺は寺域30万5千余坪、寺領11,790石を有し、子院は36ヶ院に及んだ(現存するのは19か院)。現在の上野公園のほぼ全域が寛永寺の旧境内である。最盛期には今の上野公園の2倍の寺地(域)を有する大規模なものであった。現在の東京国立博物館の敷地は本坊跡、博物館南側の大噴水広場は根本中堂であった。当園には寛永寺の清水観音堂、東照宮、大黒天堂、「弁天堂」などの伽藍が数々が建ち並ぶ。代表格の「弁天堂」は江戸初期の寛永年間に天台宗東叡山寛永寺開山の慈眼大師天海大僧正が建立、「不忍池弁天堂」と呼ばれている。この堂は日本一大きな湖琵琶湖に浮かぶ竹生島「宝厳寺」をモデルとし、宝厳寺から招いた「弁財天」を祀っている。不忍池にまるで浮かぶように建てられた独特の八角形の弁天堂は当初、木造入母屋造であったが、昭和20年(1945)の東京大空襲で焼失、昭和33年(1958)に現在の八角形の鉄筋コンクリート造りで再建された。八角形のお堂は不忍池のどこからでもお参りができるようにと配慮されている。弁財天は長寿や芸能の守りとして信仰篤く、上野王子駒込辺33ヶ所観音霊場の30番札所である。(2503)
 
 
 
 
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