つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

連荘

2006-01-21 12:25:51 | ミステリ
さて、こちらは純粋な短編集の第417回は、

タイトル:沙羅は和子の名を呼ぶ
著者:加納朋子
出版社:集英社文庫

であります。

連作ではなく、独立した短編を集めたもので、10~20ページ程度の短いものから、50ページを超えるものまで、長さも様々な短編が10編収録されたもの。

なので各話ごとに解説を。

「黒いベールの貴婦人」
第二のハネムーンと称し旅行へ出かけてしまい、ひとりになってしまった大学の夏休み、主人公のユータはカメラを持っていろんなところの風景などを撮影していた。
暗くなり始め、帰ろうとしたときに運悪く自転車がパンクしてしまう。
パンクした場所は、無惨に寂れた病院。被写体として興味を惹かれたそこへ入ったユータは、そこである少年と麗音(れいね)と言う少女に出会う。

医療事故とされ、寂れてしまった病院、少年の幽霊、かわいらしい生意気さを見せる麗音……医療事故の真実を解き明かしながら、ユータと麗音のラストがくすっと微笑えてしまうほほえましさを持った作品。

「エンジェル・ムーン」
様々な熱帯魚を飼っているエンジェル・ムーンという喫茶店を舞台に、経営する伯父とその姪であるかおりの物語。
かおりがいる現在の時間と、かおりと同じ年齢の、事故で亡くなった伯父の妻の時間が幾重にも折り重なり、現在なのに現在感の曖昧な、不思議な雰囲気を持った小品。

「フリージング・サマー」
ニューヨークへ行ってしまった三つ年上の従妹である真弓ちゃんが住んでいたマンションでひとり暮らしをしている知世子……ちせ、と真弓ちゃんが呼ぶ女性の物語。
公園で出会った少年や、伝書鳩で届けられた「コロサナイデ。コロサナイデ。コロサナイデ。ワタシヲコロサナイデ」という文面の手紙……。

謎解きに、正体の知れない不思議な少年を用い、マンションでたったひとり暮らすちせと真弓ちゃんの関係を描いたもので、「いちばん初めにあった海」のように、ひとの心の弱さをしっとりとした優しさと悲しさで描いた珠玉の小品。

「天使の都」
ひとり娘の死をきっかけに、関係が終わりかけた夫婦のうち、妻が夫の赴任先であるバンコクで出会ったひとりの地元の少女によって心を取り戻す話。

クルンテープ……天使の都と呼ばれるバンコクで行われた夫と、部下である男性の家族とが仕組んだ小さな嘘。
それがとてもやさしく、心に響く秀作。

「海を見に行く日」
ひとりで旅行に行くと、滅多に帰らない実家に顔を出した娘に、おなじようにひとりで旅をしたことがあると語る母親の過去話と言うスタイルを取る話。
全編通して、母親の語り口調で、およそ観光地とはかけ離れた小さな町での出来事を語る。

軽い口調で語られる物語だが、ラストまで読むと娘に対する母親の限りない愛情を感じさせてくれる素晴らしい作品。

「橘の宿」
著者にはめずらしい時代劇っぽい話で、ある若者が山中で見つけた、橘に囲まれるようにして建っている小さな家で出会った女性との暮らしを描いたもの。
いわゆる異類婚姻譚を題材にした物語。

「花盗人」
たった4ページしかない短い話で、おばあちゃんの家で起きる、庭の花にまつわる物語。
孫である少女の視点で書かれており、ラストの少女の内心の言葉が秀逸。

「商店街の夜」
夜になるとシャッターを閉めて閑散とする地場の商店街に描かれたウォールペインティングによって、毎日その商店街を通勤に使っている青年が、不思議な体験をする物語。
日常の中に突如として現れた不可思議な世界……どこか憧れを抱くような、日常のミステリを描いた逸品。

「オレンジの半分」
双子の高校生の片割れの真奈は、高校になっても彼氏のひとりもいないのもどうかと言うことで、姉にひとりの男性を紹介される。
けれど、初デートの日、真奈は待ち合わせ場所で30分も待たされ、結局帰ってしまう。
そのまま帰るとデートだと言うのにあまりにも早いので、ドーナツ屋で時間を潰していると、双子の姉が紹介された男性と一緒に歩いているのを目撃する。

双子の姉という半身。
おなじでありながら違うことを求め、けれどまたおなじであることを望む真奈の心の揺れを繊細に描いた小品。
デートの件の謎解きに関しては、実は双子の姉である加奈と、紗英という長姉がいるところがミソ。

ちなみに、解説を読んで、「掌の中の小鳥」を引っ張り出してようやく気付いた(笑)のだが、紗英は「掌の中の小鳥」の紗英だったりする、らしい。

「沙羅は和子の名を呼ぶ」
ある町に引っ越してきた元城一樹、佐和子、そして娘の和子と3人家族。
そこで和子は、沙羅と言う年上の少女と友達になる。
どこの家にも自由に出入りでき、和子を魅了してやまない沙羅は、しかし近所の誰に聞いても存在していないはずの子供。

そして過去、一樹が付き合っていたカナダ人とのハーフである絵美……エイミイとともに、子供が出来たらつけようとしていた名前が沙羅。

エイミイを裏切り、会社の重役の娘である佐和子と結婚した一樹の娘である和子のもとに現れた沙羅。
佐和子と結婚した現実の一樹と、エイミイと結婚していたどこか違う世界の一樹。
異なる未来の世界が和子と沙羅によって重なり合う不思議な物語。

とは言え、別の未来でも一樹が勤める会社、つまり組織内での人間関係などと言ったものもきっちり描かれているため、不思議なだけではすまない話ではあるけど。

……さすがに10編全部は長いな……。
この短編集の中では、個人的に「黒いベールの貴婦人」「フリージング・サマー」「天使の都」「海を見に行く日」が好き。

それにしても、「天使の都」なんか10数ページ程度の話なのに、すごいやさしい作品で、おもしろい。
お気に入りの作品はすべて読んでいて、作品の雰囲気にとっぷり浸かっていられるくらい、雰囲気のある作品だね。

連作というわけではないので、加納作品を初めて読もうと思うのなら、これがいちばんいいかもしれない。


☆クロスレビュー!☆
この記事はLINNが書いたものです。
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