小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

ついに安倍総理の「集団的自衛権のための憲法解釈変更」の野望は泡と消えた。泡にしたのは私だ。(了)

2014-03-20 06:53:02 | Weblog
 まず、昨日のブログ記事の訂正をしておきたい。17日に9年ぶりに開かれたのは総務会ではなく、13日に行われた総務会での議論を受けて急きょ招集された総務懇談会である。実は安倍総理の「集団的自衛権の行使を憲法解釈の変更で可能にする」という私的な構想に対する批判が殺到したのは13日に行われた総務会でのことである。

 さて13日の自民党総務会では、どんな議論がされたのか。
 まず総務会とはどういう機関なのか、その説明をしておこう。
 自民党には総裁に次ぐ党の幹部として、いわゆる「党三役」と称される重職者がいる。その筆頭が幹事長で、現在は石破茂氏だ。次が総務会長で、現在は野田聖子氏、三番目が政調(政務調査)会長で、現在は高市早苗氏である。自民党の最高意思決定機関は党大会で、次が両院議員総会であるが、いずれも常設の意思決定機関ではない。唯一常設の意思決定機関として、事実上党の方針や政策を決定する場所が総務会なのである。この総務会で支持を得られなければ、たとえ総裁でもあっても勝手気ままにふるまえるわけではない。その総務会で、事実上安倍総理の「集団的自衛権の行使を憲法解釈の変更によって可能にする」という私的構想が否定されてしまったのだ。
 時事通信によれば、総務会で、安倍総理の国会答弁に対する批判が相次いだという。以下、時事通信の報道を転載する。

 問題視されたのは12日の衆院予算委員会での発言で、首相は(集団的自衛権行使を可能にするための憲法)解釈変更について「政府の最高責任者は私だ。政府の答弁について私が責任を持って、そのうえで選挙で審判を受ける」と強調した。
 総務会で村上誠一郎元行革担当相は「首相の発言は選挙で勝てば憲法を拡大解釈できると理解できる。その時々の政権が解釈を変更できることになる」と非難。村上氏の主張を、野田毅税調会長が「正面から受け止めるべきだ」と支持し、船田元憲法改正推進本部長も「拡大解釈を自由にやれるなら憲法改正は必要ないと言われてしまう」と指摘した。
 野田聖子総務会長はこの後の記者会見で「誤解を招くことがないよう(首相に)提案したい」と述べ、総務会の意見を首相に伝える考えを示した。

 この総務会で批判が集中したのを受けて、危機感を抱いた安倍総理が急きょ、野田総務会長を通じて招集したのが17日の総務懇談会である。懇談会は総務会と違って意思決定機関ではない。安倍総理としては、公明党が反発を強めだしたうえ、党の事実上の意思決定機関である総務会でも批判が集中するなど、四面楚歌的状況のなかで、何とか党内をまとめたいとの思いで懇談会を招集したのだろう。その懇談会の後に記者たちに囲まれた主な出席者の発言をNHKは『ニュース7』で流した。党の幹部の発言は以下の通り(幹部の発言についてのNHKの説明にはNHK政治部の政治的意図が含まれているため、NHKがつけた説明は省く)。

衛藤氏 国際情勢が不安定な時に、集団的自衛権を行使できるようにしないと、国民の生命や財産、領空や領海などを守りきれないのではないか。徹底的に議論すべきだが、先送りできない課題なので、政権与党として責任を持って対応すべきだ。(※私の記憶では衛藤氏は「個別的自衛権だけでは守りきれないから」と発言していたと思う)
船田氏 私は、「本来であれば集団的自衛権の行使容認には憲法改正が必要だが、相当な時間がかかるので、憲法解釈の変更で行わざるを得ない」と述べた。た
だ集団的自衛権の行使が認められるケースについては、地理的条件などをかなり限定すべきで、今後、専門的な議論が必要だ。
村上氏 閣議決定で憲法解釈を変更することは、立憲主義や三権分立の考え方にも反するので言語道断だ。憲法を改正し、正面から堂々とやるべきだ。たとえ憲法解釈の変更に基づいた法案が出てきても、本会議場で賛成はできないし、そうしたやり方は党の分裂を招いたり、憲政史上に汚点を残したりすることにつながる。
石破氏 これから先、議論を深め、方向性を見出すことは十分に可能だという感想を持った。私のように20数年このテーマを議論している人もいれば、去年の参議院選挙で当選したばかりという人や、この分野ではベースとなる事実認識を持っていない人もいるが、話をすればすぐに共通の理解ができると思う。

 この懇談会で安倍総理がとんでもないことを言いだした。「集団的自衛権を行使できるようにするための総裁直属の議論の機関を設置したい。その機関は石破幹事長をトップにする」というのだ。
 ということは、この4月に報告書を出すことになっている安保法制懇はどうなるのか。安倍総理は憲法解釈の変更による集団的自衛権行使は無理、と判断したことを意味するのか。そう解釈しないと、安保法制懇とは別に集団的自衛権行使のための議論の機関(安倍総理の突然の思い付きだったようで、機関の名称も不明)をなぜ作る必要があるのか、理解に苦しむ。
 いずれにしても、私がこれまで何度もブログで書いてきた集団的自衛権についての政府解釈「密接な関係にある国が他国から攻撃を受けた場合、日本が攻撃されたと見なして軍事力を行使する」が間違っているということを、ようやく理解する政治家が自民党から出てきたのは、大いに歓迎したい。従来の解釈にしがみついている間は、独立国としての権利と責任、義務を明確にした憲法を制定することはできない。
 すでに私の憲法論は1月22日から24日にかけて3回連続のブログ『安倍総理の憲法改正への意欲は買うが、「平和憲法」が幻想でしかないことを明らかにしないと無理だ』で述べているが、朝日新聞は私の主張を受け入れたようで、「平和憲法」という表記をやめて「憲法の平和主義」に変えた。そういう表記なら間違っていないし、新しい憲法を制定する場合も現行憲法の平和主義の理念は継承すべきだと、私も思っている。ただ、現実問題として日本が憲法の精神ともいうべき「平和主義」をどうやって実現するかということになると、まだ朝日新聞は明確な方向性を打ち出せていない。
 私の基本的スタンスは「現行憲法無効論」であることは先に述べたブログでも明らかにしていて、そのブログを書く前に読売新聞読者センターの方には骨子をお伝えした。その方は「ありがとうございました。ご意見は編集局に伝えさせていただきます」と、異例の対応をしてくれたが、いまのところ読売新聞の紙面には私の考えが反映された憲法論は載っていない。ま、読売新聞が私の憲法理論をベースにした主張をしようとしまいと、私にとってはどうでもいいことで、むしろ保守・中道系の政治家たちが私のブログを読んでくれれば一気に「憲法改正」が最大の政治テーマになるのだが…。
 いずれにしても、私が何度も述べてきたように日本はすでに集団的自衛権をいつでも行使できる状態にはある。が、日本が他国から攻撃されたとして。日米安全保障条約に基づいて集団的自衛権を行使してアメリカに軍事支援を要請したとしても、アメリカは自国の国益を害してまでは日本を支援してはくれない。現に、日本の領土である竹島は韓国に不法占拠されているが、日本は手を出せない。なまじ教科書に「竹島は日本の領土」と記載してしまうと、子供たちは「自国の領土が占領されているのに、日本はなぜ何もしないの?」という素朴な疑問を必ず抱く。その質問に教師はどう答えるべきか、そこまで安倍総理は考えてのことだろうか。だったら、教科書の副読本に「竹島は日本の領土だけど、占領されても何もできないんだよ。取り返そうとすれば、アメリカが『止めろ』というからね」と書くべきだろう。「なぜアメリカは反対するの?」と聞かれたら、「日本が韓国と揉めたら中国を利することになり、アメリカの国益を害するからだ」と答えればいい。生徒がしつこく「なぜアメリカが反対したら日本は何もできないの?」と聞いてきたら、「その理由は安倍総理に聞いてくれ」と答えるようにしたらいい。
 安倍総理は、中曽根氏は10回も、小泉氏も6回総理大臣として靖国参拝したときはアメリカは何も言わなかったのに、なぜ自分のときだけクレームを付けられたのか、まだ分かっていないようだ。またマスコミも、アメリカがなぜ「失望した」のか、分かっていない。
 はっきり言えば、アメリカは安倍総理の靖国参拝が中韓を刺激して極東の緊張が高まることは、自国の国益を害する迷惑極まりない行為だからだ。「失望した」などという、いやしくも日本の総理の行動に対して上から見下すような言い方をしたこと自体、アメリカが日本をどう見ているか、わかりそうなものだが…。
 非常に分かりやすい関係に置き換えて言おう。親が子どもに、あるいは教師が生徒に、また上司が部下に「失望した」という言い方をしても不思議でもなんでもないが、その逆に子供が親に、あるいは生徒が教師に、また部下が上司に「失望した」などという言い方ができるか。つまり日本政府がアメリカ大統領の行動に対して、
 昨日のブログにも書いたが、さすがに「失望した」という言い方は一応「同盟国」ということになっている日本の首相に対して失礼だという批判が米政府内で生じたのだと思う。だから「河野談話の作成過程の検証」作業を始めることを菅官房長官が発表したときは、頭ごなしに「失望した」といった見下したようなたしなめ方はせずに、水面下で(ひょっとするとオバマ大統領がホットラインで安倍総理に直接に)「河野談話の見直しはしない」と国会で表明したほうがいいとアドバイスしたのであろう。一方、韓国の朴大統領にも水面下で、「安倍総理の国会での表明を歓迎したほうがいい」とアドバイスしたに違いない。実際、当初は疑心暗鬼を表明していた朴大統領が一気に軟化姿勢に転じたのはアメリカからの水面下での何らかのサジェッションがあったからとしか考えられない。おそらく、今後、安倍総理が韓国政府や韓国人を刺激するような言動を慎み大人しくしていれば、慰安婦問題もいつの間にか沈静化していくはずだ。
 もう一つ、ついでに書いておくが、政府解釈による集団的自衛権の行使を可能にしたら、アメリカは喜ぶどころか、ありがた迷惑な話と考えることは間違いない(表面的には歓迎するふりをするかもしれないが)。アメリカは、日本に守って貰う必要性などまったく感じていない。むしろ、片務的な安保条約が双務的になることによって、相対的に日本の発言力が大きくなることは、極東におけるアメリカの軍事的ガバナンスが弱まることを意味し、また沖縄に築いてきた既得権益も失いかねないと危惧する可能性すら生じる。
 私は、たとえアメリカが失望しようとしまいと、日本は独立国としての誇りを持てる憲法を制定すべきだと考えているし、日本の安全をアメリカにだけ頼る状態を解消して、NATOのような環太平洋集団防衛体制の一翼を担えるようにすべきだと考えている。もちろんアメリカにもその集団防衛体制の一翼を担ってもらう。そういう状態を作ることが、現行憲法の平和主義を実現するための最も有効な方法だと思うからだ。

 明日から三連休。私もブログはその間、休ませてもらう。ただ、昨日のニュースで気になったことが一つある。猪瀬直樹氏の「5000万円疑惑」である。徳田虎雄氏が「選挙資金」と証言したようだ。猪瀬氏があくまで「選挙に落ちたときの生活が不安だったから個人的に借りた」と言い張るなら、知事を辞職し、作家生活に戻ることも不可能ないま、どういう生活をしているかが問われる。ま、そういうことには嗅覚が鋭い週刊誌が、さぞや優雅な生活をしているかもしれない猪瀬氏の日常を暴きだすことを期待したい。もし猪瀬氏が、本当に困窮した生活を送っていれば、「選挙資金」というのは徳田氏側の思い込みで、猪瀬氏の「生活不安があったから借りた」というと議会での証言が間違いではなかったことが明らかになる。そうなれば、猪瀬氏は堂々と作家生活に戻れるだろう。だが、彼の日常生活が都民の期待を裏切るものであったなら、猪瀬氏は作家活動に戻れるどころか、永遠に社会的生命を失うことになる。
 
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