小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

原発ゼロにしたら国民生活と経済活動はどうなる? (後編)

2012-09-03 10:43:09 | Weblog
 さて本論に戻ろう。前回の記事で政府が三つの選択肢を設定してアンケートをとった本当の理由とそのバカさ加減について述べた。では3回行われたアンケートの結果はどうだったのかを見てみよう。
 アンケートで行われた三つの選択肢の問題点は前回の記事で一部を指摘したが(ということは他にもあるということ。その致命的とも言える問題点の指摘は後述する)、改めて政府が国民に選択を迫った三つの選択肢をもう一度明らかにしておこう。
   ① 0%   ② 15%   ③ 20~25%
 まず1回目の世論調査は全国11か所での「意見聴取会」という形で行われた。その結果は、政府の期待を完全に裏切るものだった。政府は②を選択する人が最も多いはずだと、キャリア官僚が知恵の限りを尽くして作った選択肢だったが、その期待は空回りに終わった。それぞれの選択肢の支持率はこうだった。
   ① 68%   ② 11%   ③ 21%
 続いてインターネットなどで行われた「意見公募」の結果はもっとさんたんたるものだった。60年安保改定時に国会がデモ隊に囲まれて、総理官邸に閉じ込められた岸信介総理が吐いた「名言」が残っている。「声なき声は私を支持してくれている」というのがそれだ。カギカッコを付けながら私が「名言」と評したのは実際そういう結果になったからだ。60年安保の時に声を上げたのは学生運動家や労働組合の活動家が中心になり、彼らの扇動に乗った一般市民やノンポリ学生たちだった。確かに60年安保闘争は戦後最大の反政府運動に発展したが、その声がさらに拡大の一途をたどったかというと、そうではなかった。ノンポリ学生や一般市民が立ち上がったのは、衆院で強行採決した自民党内閣に対する一過性の怒りに過ぎず、国民は岸内閣の退陣後も自民党政権の継続を望んだのである。安保闘争の盛り上がりの先に「共産主義革命」を夢見た新左翼の活動家たちの夢はもろくも崩れ去り、それ以降少数の新左翼学生たちの活動は先鋭化していく一方、ノンポリ学生や一般市民との距離はどんどん遠のいていった。その辺は何十年と民主化を要求して、そのシンボル的存在のスーチー氏に対する支持勢力が年々増え、とうとう軍部の独裁政権に風穴をあけたミャンマー国民の根強い反政府運動とは一線を画すものだったことは間違いない。そういう意味では結果論だが、デモ隊だけでなくマスコミからも袋叩きにあっていた岸総理が吐いた「声なき声は私を支持している」というのはまさに名言(あえてカギカッコを外した)だったと言えよう。
 一見原発問題とは関係がなさそうに見える安保闘争とミャンマーの民主化運動について触れたのは、現在の反原発運動は一過性に終わる、と私は見ているからである。だが、一過性に終わらせるためにはそれなりの努力が必要だ、
 2回目の調査はインターネットを中心にした「意見公募」によって行われた。「意見公募」に応じた人は政府予想をはるかに上回る8万9千件もの意見が寄せられた。その結果はこうだった。
   ① 87%   ② 1%   ③ 8%   ④ 「その他」4%
 ④の「その他」という選択肢は政府は設けていなかった。が、政府が自分たちにとって都合がいい結果を誘導するための三つの選択肢に疑問を持った人たちが4%もいたことを証明したと言えなくもない。
 そもそも「意見公募」に応じた人は受動的な立場ではなく、能動的立場で意見を表明するのが常である。たとえば、プロ野球の「夢の球宴」と言われるオールスターの人気投票も、個々の選手の実力を客観的に評価しての投票ではなく、投票時に自分のひいきチームが好調なときはそのチームで多少活躍している選手を優先的に選ぶ。日本のプロ野球の場合、巨人と阪神が常に人気争いをしてきたが(他の球団にファンがいないなどと言っているわけではない。2球団だけが全国的な人気球団であって、特に阪神の場合は阪神の主催ゲームではなくても、観客席の半分以上を阪神ファンが占めてしまうという状態が続いている)、あまり人気がない球団が首位争いをしていた場合はファン投票が拡散する傾向がまま見られるが、特に阪神の場合は首位を突っ走っているような場合は全ポジションを阪神選手が独占してしまうケースがしばしば見られる。そうなるのは阪神ファンの場合、全国各地に「猛虎会」のようなファングループがあって、阪神の試合がある日は特定の居酒屋に結集し、あたかも球場で応援しているがごとき一喜一憂の大騒ぎに興じるといった独特なファン層がいるからだ。
 「意見公募」の場合も、それに似た風潮が応募結果に表れたと言っても差し支えないだろう。そういう意味では「その他」という意見を能動的に応募した人が4%もいたということは、日本人の民主主義に対する成熟度が増しつつあると考えてもいいのではないかと思う(その傾向は3回目でさらに強まる)。
 「意見公募」とオールスターの人気投票はいずれも能動的応募・投票だが、マスコミが定期的(だいたい毎月)に行う「内閣支持率調査」は、意見を求める相手の電話番号はコンピュータがアトランダムに選び、その人に電話で意見を聞くという方法のため、聞かれた相手にとっては受動的立場にあるため回答率はかなり低くなる。つまり能動的に自分の意見を述べる行為と受動的に意見を聞かれるケースとでは、意見の重みがまるで違うのである。もっと具体的に言えば、能動的意見を述べる機会が与えられた場合は、意見が偏る傾向が大きくなりがちだということをまず念頭に置いていただきたいのだ。そうでないと3回目の「討論型世論調査」の結果が、1,2回目の世論調査の結果とかなりの差異が生じたことを理解できない。
 ではもう一度政府が行った世論調査の方法と、1,2回目の調査結果と3回目の調査結果を並列してみよう。政府はすでに書いたように、①:0%、②:15%、③:20~25%の三つの選択肢を設け、どの選択肢を選ぶかの能動的意見を3回にわたり聞くことにした。1回目は全国11か所で行った「意見聴取会」で、政府はあえて原発の必要性を説明せず、率直な国民感情を読み取ろうとした。2回目はさらに匿名で選択できるようにインターネットを中心とした(ハガキも可)意見聴取を行った。3回目の「討論型世論調査」では原発の必要性を訴える立場にある人(経産省の職員も出席した可能性もある)も交え、言うならディベート方式で原発の必要性や危険性を論じ合う形で世論調査を行った。
 1回目   ① 68%  ② 11%  ③ 21%
 2回目   ① 87%  ② 1%   ③ 8%   ④4%(その他)
 3回目   ① 46.7%  ② 15.4%(原発依存率15%程度)  ③ 13%(20     ~25%程度)  ④ 24.1%(その他)
 この結果から読み取れる最大の特徴は、1,2回目の調査では圧倒的多数を占めていた脱原発派が、3回目の調査では過半数を切ったということである。
 次に、政府が世論調査で国民が支持せざるを得ないだろうと勝手に思い込んでいた「落としどころ」の原発依存度15%に対する支持率が、2回目の調査ではなんとたったの1%でしかなかったという、政府にとって大ショックな結果が出たことである。
 そして三つ目の大きな特徴は原発容認派(②+③)が、1回目の調査では32%を占めていたのが、2回目の調査では一桁台の9%に低下したものの、3回目には再び28.4%に回復したことである。そして3回目の調査で激減した脱原発派が大幅に減少したことで、原発容認派が増えたかというと、2回目の調査よりは増えたものの、1回目の調査より3.6%減っており反対派が容認派に転向したわけではないことも明らかになった。その一方で「その他」が一気に24.1%と2回目より大幅に増えたことは、日本が原発ゼロにした場合国民生活にどんな影響が生じるのか、脱原発を宣言したユーロ圏最大の経済大国ドイツでどういう現象が生じているかの情報も日本に伝わってきたことで、感情に溺れず改めて日本における原発の在り方を見直してみたい、という「冷静派」が急増したということを意味しているのではないだろうか。私はそれだけ日本人の思考力が民主主義の社会において成熟しつつあるのではないかと考えている。
 政府が読み誤ったのは、いったんは感情に溺れても日時の経過と情報量の増大で、日本人は次第に冷静な判断をするようになってきたということを理解していなかったことが最大の要因である。
 消費税問題一つとってもそうだ。
 消費税導入が初めて政治課題として浮上したのは意外に古く、34年も前の1978年(昭和53年)で、第一次大平内閣の時である。が、逆進性が大きい消費税に国民が反発して、政府はすぐ撤回している。その後も中曽根内閣の時に売上税構想が練られたりするなど、自民党政権にとって税制改革は憲法改正と並ぶ2大目標であった。
 その悲願ともいうべき3%の消費税導入に成功したのは1988年(昭和63年)の竹下内閣の時だった。所費税導入に成功したのは。それまで税制改革に批判的な態度をとってきたマスコミ界が、姿勢を180度転換して支持するスタンスに変えたせいでもある。このとき竹下内閣がマスコミに対して殺し文句として使ったのが「消費税導入の2大理由」である。その一つは「もはや日本はアメリカに次ぐ世界第2の経済大国になった。国民も等しくその恩恵を被ってきた。いつまでもシャウプ勧告に従った極端な累進課税を見直し、欧米先進国並みの税制にすべきだ」というのがその一つ。もう一つは「職業についている人は、その人の能力と努力に応じて報酬を貰っている。しかしそうして得た高額所得者に過酷な累進課税をいつまでも続けると、彼らの働く意欲を削いでしまうだけでなく、高額所得者に対する課税が日本に比べて少ないアメリカなどへの頭脳流出に歯止めをかけられない」というものだった。この二つの殺し文句でマスコミはスタンスをコロッと変えてしまった。だが、国民はこの殺し文句に引っかからなかった。要するに「消費税導入の目的は、高額所得層に対する税負担を軽減するために、逆進性の高い消費税を国民に押し付けるのが目的だ」と反発し、総選挙の結果を受けて竹下内閣は退陣を余儀なくされたのである。次いで1997年(平成9年)には橋本内閣が消費税を5%に引き上げ、また総選挙の審判を受けて内閣は退陣した。
 ちなみに、またちょっと余談を述べさせていただきたいのだが、この2回にわたる消費税導入が、実はバブル経済を生む大きな原因となった。「なんのこっちゃ」と思われる方が大半だと思うので、簡単にその理由を述べておきたい。要するに、消費税導入によって高額所得者の税負担が大幅に減少した。つまりその分可処分所得が増えたことを意味する。その金を高額所得層が消費に回していれば内需が一層拡大して企業が儲かり、税収は消費税と法人税の増加によって国家財政は健全化し、社会保障制度も充実させることができたはずだった。
 が、そうはならなかった。高額所得者は余剰可処分所得を、消費に回すのではなく、さらに資産を増やすべく投資(結果的に言えば投機だったのだが)に多額の資金を注ぎ込んでいったのだ。その結果不動産や株、ゴルフ会員権、絵画などの相場がうなぎのぼりで上昇していった。
 たとえばこんなエピソードが流布されたのもこのバブル経済を象徴している。日本1というより世界1と言ってもいい高額の小金井カントリー倶楽部会員権の相場が4億円に達した時期のことである。ある小金井カントリー倶楽部のメンバーが同伴したアメリカ人プレーヤーに「ここは今4億円もするんだぜ」と自慢話をした(その人は、すごいだろうと言いたかったのだと思う)。アメリカ人は「それは安いね。アメリカだったらこれだけのゴルフ場を4億円ではとても買えないよ」と感嘆の声を上げた。メンバーは慌てて「いやゴルフ場の値段ではなく、会員権つまりプレー権の相場のことだよ」とアメリカ人の誤解を解いた。アメリカ人は口をあんぐり開けて一言「オーマイ、クレイジー」と言ったとさ。
 当時一流銀行の営業マンが、取引先の業者の「営業マン」のごとく、開発中の住宅地やゴルフの会員権を売りまくったことは知る人ぞ知る話だ。こうした銀行員の行為は当然銀行法に触れるから、銀行の営業活動の一環としてはできないはずで、おそらく就業時間内の個人的アルバイトだったのだろう。極め付きは、友人に誘われて10人前後のグループで仙台市郊外の宅地開発地を見に行ったことがある。驚いたのは、このグループに某大銀行の支店長が同行し、業者営業マンの説明を引き継いで「今なら開発完了後の売り出し価格よりかなり安くで買えます。購入価格の全額を当行が融資しますから資金的問題はまったくありません」と購入を勧めたことである。まさにバブルの片棒を担いだ銀行を、公的資金を投入して救済した政府は、何を考えているのかと言いたい。
 バブルの演出者であった銀行と、その銀行を救済した政府(あまりにも悪質だった北海道拓殖銀行は、政府もさすがに見放したが)に対する批判はこの辺で打ち切るが、今の日本人の成熟度は、政府が考えているよりはるかに進んでいる。その何よりもの証拠は、今国会で成立した消費税増税に対して反対運動はほとんど生じず、むしろ理解を示していることからも明らかである。いまは民主党の支持率は低下の一途をたどっているが、もし自民党が消費税問題を政局にするため、参議院で反対票を投じて法案の成立を阻んでいたら、自民支持率は暴落し、民主党は次の総選挙で漁夫の利を得ていた可能性がかなり高くなっていたであろう。
 そういう国民の意識の変化をまったく見抜けなかったのが、小沢一郎氏と、彼と行動を共にした小沢チルドレンの一部の国会議員だった。確かに民主党は先の参院選で消費税増税をマニフェストでうたっていなかったことは事実だが、かといって「消費税増税はしない」ともマニフェストでは主張していない。「マニフェストでうたわなかったことをやろうというのはマニフェスト違反だ」という小沢氏の屁理屈には、さすがに小沢チルドレンの大半が反発して小沢氏と行動を共にしなかったのは国会議員の良識ある行動だったと私は評価している。少なくとも小沢氏が「消費税増税なき社会保障制度」の設計図を示していたら、小沢氏と行動を共にした議員は数倍に増えていたであろう。私は小沢氏が政治の表舞台から姿を消すのはそう遠くないだろうと思っている。
 余談はこの辺で打ち切って原発問題に戻ろう。
 日本には現在50基の原子炉が存在する。その中で今稼働しているのは大飯原発の2基だけである。まさに電力供給は綱渡り状態にある。
 政府はもともとは原発による電力供給を35%まで引き上げる予定でいた。理由は大きく分けて三つある。
 ひとつは何と言っても燃料原のウラン鉱山が(日本国内ではほとんど未開発だが)世界各地に分散しており、供給元の選択肢がかなりあり、その結果原料調達のコストも比較的安定していること。
 二つ目は地球温暖化の最大の要因とされている化石燃料(石油・天然ガス・石炭)を使用する火力発電所を今以上に増やしたくないというスタンスを堅持し、エネルギー問題と地球温暖化問題についての国際発言力を増大したいという狙い。
 最後に火山と地震の世界的「大国」である日本には原発建設のための立地条件が極めて厳しく、新たな建設予定地を探すのがかなり困難であることから電力供給の原発依存度は35%が限界とみなしていること。
 またこれまで日本の原子炉の平均稼働率は欧米の平均稼働率の80%をかなり下回る平均70%にとどまっていた。欧米は定期点検の期間は当然原子炉を止めるが、コンピュータによるストレステストの期間は原子炉を止めない。その必要がないからだ。それに対し日本は、ストレステストの期間中も原子炉を止めている。
 原子炉に限ったことではないが、電力で稼働状態を止めたり再稼働する場合の機械や装置にかかる負荷はかなり大きくなる。厳密に言うと止めるときはそれほどでもないが、再稼働するときの負荷は相当大きい。しかも機械や装置にかかる負荷だけでなく、再稼働するときの電力消費量は通常運転しているときの数倍から数十倍消費してしまう。例えば自動車の場合、バッテリーの性能が経年劣化してくるとスタートするときセルを回してもエンジンが一発ではかからず、困った経験は皆さんされているはずだ。もっと身近な話では蛍光灯をしょっちゅう点けたり消したりすると蛍光灯の寿命も短くなるし、点けるときにかなりの量の電気を消費する。だから台所などの蛍光灯は相当の時間台所を離れるのでなければ、点けっぱなしにしておいた方がいいということはご存知だろう。また比較的短い時間しか照明を点けない場所(トイレや玄関など)には蛍光灯は付けないのもそのためだ。
 日本の場合、ストレステストの期間中も原子炉を止めてきたのは、ストレステストによって重大な欠陥や自然災害によるリスクの大きさがわかった場合、急きょ原子炉を止めなくてはならなくなる。そして再稼働する際に原子炉にかかる負荷の大きさを考えると、定期点検が終わってもストレステストで安全が確認されるまでは原子炉を再稼働させないほうがいいと考えたのではないだろうか。もちろん活火山の周辺や、当時の研究レベルで発見されていた地下の活断層の周辺には原発は作ってこなかった。そのくらい安全性については厳しい基準と対策を電力会社は設けてきたのである。そういう意味では東日本大震災による福島第1原子力発電所の大事故は想定外の大震災に見舞われたという不幸なケースであり、一概に東電の責任だけを追及すれば問題が解決するというわけではない。このことはすでにこの長いブログの前編で書いたが、被害を大きくしたのはひとえに素人総理の管直人氏が、厚生大臣時代に血液製剤の問題点をすでに把握していた厚生省(当時)の記録を見つけ(管氏が自分で見つけたとは考えにくい。おそらく当時の厚生省の心ある職員が、菅氏なら血液製剤で感染したエイズ患者の立場になって早期問題解決に乗り出してくれるのではないかという期待から極秘情報を管氏に提供したのだと思う)、ただちに訴訟を起こしていた原告(エイズ患者)に深く謝罪し、一気に問題を解決した「手腕」を再び発揮して国民的英雄への返り咲きを狙ったとしか思えない不可解な行動に出て現場の大混乱を招き、被害の拡大を招いたことを考えると国の責任は極めて大きいと言わざるを得ない。もちろん事故後の東電の危機管理体制の欠陥が露呈したことは、管氏に責任を押し付けて解決できる問題ではない。
 私は東電を実質国有化して経営の立て直しを図ろうとしている国の対策は、さらに国民を愚弄するに等しい行為だと考えている。私はいったん東電に「会社更生法」を申請させ(実質的倒産)、私利私欲に走らない正義感の強い弁護士に経営の実権をゆだね、東電の垢を徹底的に洗い出し、人員の大幅削減、施設の大胆な整理・売却(都心の1等地にある本社も売却して、大半の本社機能を東北3県や千葉県などの、地価が暴落している被災地域に移して、東京には経産省や原子力安全委員会などとの折衝に当たらなければならない、せいぜい数十人程度の人員が仕事をできるスペースを賃貸ビルに確保すればいい)、企業年金の廃止(リタイアした元社員も含む。これは過酷のように見えるが、会社が倒産したのだからやむを得ない)などのコストダウンを徹底的に行い、そうして浮いた余剰資金の半分は被害者への賠償に充て、残り半分は既存原発を想定外の自然災害からも守れるよう安全策の向上のために使うべきだと思う(半々としたのは、はっきり言って素人判断で、その配分比率は専門家たちが知恵を絞って決めてくれればいい。ただし余剰資金を電気料金のアップ率を下げるために使うべきではない)。安全策についても素人考えだが、相当年数のたった原発については建屋の補強対策、原子炉容器や配管を、現在最も強度が強く耐久性も高いチタン合金で被膜するなどの方策が考えられよう。そうしたことに余剰資金を使うことによって、国民の原発に対する信頼感を回復することを、会社更生法適用後に新経営陣が取り組むべき最優先課題だと思う。
 またこの機会に他の電力会社も「対岸の火」と傍観するのではなく、私が提案した既存原発の安全性を高めるための努力を行ってほしい。余裕資金のある電力会社だけとは限らないので、消費者に目的をきちんと説明し「合理化努力もするが、多少の値上げをお願いしたい」と誠意を示せば、大方の消費者は納得してくれるはずだ。
 私が長々と書いた余談で、日本人の思考力は急速に成熟化しつつあると書いてきたのは、このことを言いたかったためである。大新聞社を始め、このような日本国民の成熟度を見誤ると、国民のマスコミ離れはますます進行する一方になることを心してほしい。
 さて「後編」も許容文字数が限界に達しつつある。そろそろ記述を「起承転結」の「結」に移していきたい。
 政府が行った3回目の世論調査「討論型」では何度も書いたように「原発ゼロ派」は1,2回目に比べかなり減りはしたものの、依然として50%近い多数派であることは疑いを入れない。この46.7%は全回答者の中に占める割合で、「その他」(政府が設定した三つの選択肢のうちから一つを選ばせるという趣旨をあくまで基準として考え、この24.9%を「無効票」扱いにすると、有効回答率は75.1%になる)を除くと実質「原発ゼロ派」は一気に62.2%に跳ね上がる。もちろんこれはあえてレトリック手法を悪用した計算法で、すでに私は「その他」25.1%について、冷静に原発問題を考え直してみようという、原発に対する考え方の基準を白紙に戻した人たちだろうと書いており、あえてレトリック手法を使ってみたのは政府の世論調査がいかにでたらめだったかを証明することが目的だったことをお断りしておきたい。
 では原発問題で、国民の意思を問うにはまず政府がフェアなアンケートの設定をしなければいけなかった。三つの選択肢を意図的に設け、そのうちの一つを選ばせようなどという試みは、すでに書いたが官憲がしばしば行う「誘導尋問」と極めて類似したやり方である。
 これもすでに書いたが、現在日本の原子炉(広義な意味で原発と言ってもいいだろう。マスコミはすでに広義な意味で原発と言っている)は50基あり、平常時の稼働率は70%だ。つまり平常時なら35基の原発が稼働していなければならないのだが、現在稼働しているのは大飯原発の2基だけである。大事故を起こした東電の管轄内原発はすべで稼働を停止しており、いつ、どの原発が再稼働できるかの見通しは全く立っていない。
 そうした状況を踏まえ、8電力会社が擁している原発の数(厳密には原子炉の数)と、それぞれの出力電力量をまず明らかにすること(たとえば。1997年に7号基が稼働を始めた新潟県の柏崎刈羽原発の出力数は最大で871万2千キロワットに達し、当時世界最大の原発になったが、地理的には北陸電力の管轄内だが東電が擁する原発である)。
 で、原発の立地ではなく各電力会社が要する原発の総数と合計最大出力数(原発稼働率の全国平均70%ではなく、各電力会社が擁する原発の合計最大出力数の何%が平均して出力されているかを各電力会社ごとに明らかにすることと、各電力会社ごと(管轄内地域)の年間平均の原発依存度を明らかにすること、そのうえで各電力会社の管轄内の住民に対し、それぞれの地域での原発依存度について判断を仰ぐというのが最もフェアで、かつ国民がより適正な判断をすることができる唯一の手段であった。
 その場合、世論調査を行う際の参考資料として、欧米先進国の大まかな地域別原発依存度を明らかにできれば、国民の判断はさらに適正度を増すと思われる。
 私が「大まかな」と書いたのは、例えば東電管轄内でも原発依存度を高める必要がある地域と、そういう必要があまりない地域が混在しているからだ。例えば東京23区内や横浜、川崎、千葉の臨海工業地域などは当然のことながら二酸化炭素の排出量が大きくなるし、電力需要も大きい。そういう地域の原発依存度を高めることは電力会社の社会的責任として重要なことだし、また政府は実質的に東電を国有化したわけだから、ただ東電の経営再建を図るだけでなく、(配電網の配置換えなどかなりの資金が必要にはなるが)公共事業の在り方の模範例を示す意気込みで取り組んでもらいたい。

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