米朝会談の行方が不透明になった。
トランプ米大統領はこれまでも北朝鮮・金委員長を持ち上げて見たり、罵倒してみたり、主にツィッターで北朝鮮との交渉で様々なブラフを操ってきた。「正直」であることを美徳としてきた日本では、メディアや政治家がこうしたブラフをまともに受け止め、その都度右往左往してきた。
ブラフは通常、言うなら「振り上げたこぶし」である。あるいは日本刀の「鯉口を切ったり、締めたり」といった行為に近い。振り上げたこぶしは、頭上で
振り回して相手を威嚇したり、少し緩めて相手の譲歩を引き出そうとしたりすることで交渉を有利に進めるための駆け引きである。鯉口も切ることで相手を威嚇し、交渉を有利に進めようとする行為だ。
だが、振り上げたこぶしも、鯉口を切る行為も、そこまでがブラフの限界だ。振り上げたこぶしを打ち下ろしてしまったり、刀を抜いてしまったら、ブラフによる交渉は終わりで、「俺に従うか、それとも戦うか」という最後通告、あるいは宣戦布告に代わる。打ち下ろしてしまったこぶしや抜いた刀は、相手が服従しなければ、実際に戦いで決着をつけるしかなくなる。
24日、トランプ大統領が、とうとうブラフの限界を超えた。6月12日にシンガポールで開催を予定していた米朝会談の中止を金委員長に文書で通告したのだ。はたせるかな、いったん北朝鮮はトランプ文書に猛烈に反発したが、25日になって態度を急変させ、トランプ大統領に翻意を「懇願」した。
米朝トップ会談は、もともと北朝鮮側の念願だった。北朝鮮にとっての最大の政治的懸案は金体制の安定と継続である。それを確保するには「内敵」と「外敵」による体制崩壊を未然に防ぐことが最重要な課題となる。「内敵」は国内の政権に目障りな重要人物の粛清や反体制派への弾圧でつぶすこと。これは共産主義体制の国に限らず、アメリカの同盟国でも独裁国家の常套手段である。「アメリカの同盟国でも」と、わざわざ書いたのは、アメリカがしばしば人権問題で他国を非難する場合、アメリカと敵対関係にある国や非友好国(アメリカの同盟国と敵対関係にある国を含む)に限られている。アメリカの友好国の場合は、人権無視の独裁体制でも知らんぷりだ。実際、ベトナムで独裁体制を築き、人権無視の反体制派弾圧を繰り返してきたゴ・ジェンジェム政権を守るために、アメリカは自国兵士の血を大量に流したこともあった(ベトナム戦争)。
ここで私の立ち位置をはっきりさせておく。私は北朝鮮の独裁体制を擁護するつもりなど毛頭ないし、北朝鮮の核やミサイルが日本の安全保障上の問題にならないようにするためには、そしてまた拉致問題の完全解決を実現するには、日本政府はどういう政策をとるべきかを最重要視している。
そのうえで、トランプ大統領の「米朝会談中止決断」を支持し、賛意を示した日本政府は、本当に日本の国益を最優先しているのかという疑問を呈さざるを得ないと考えている。
もし、本当に「ブラフ交渉はもう終わりだ。力で決着をつけよう」というトランプ大統領の最後通告(もっとも、交渉再開の最後のチャンスは与えていたから、宣戦布告にまでは至っていないが)に北朝鮮がそれまで強がっていたように、金体制の存続をかけて「核戦争辞さず」の態度に出る可能性は無視できなかった。日本がかつてアメリカの最終的ブラフの「ハルノート」を最後通告と解釈して無謀な対米戦争に突入したように…。
幸い、金委員長は旧日本陸軍のようにバカではなかった。北朝鮮側のブラフが通用しなくなったと判断して対米交渉の姿勢を大きく転換した。金委員長はまだ若いが、トランプ大統領が評価しているようにかなり頭がいいようだ。そもそも平昌オリンピックを契機に一気に南北融和の機運を作り、文・韓国大統領との首脳会談を実現して南北融和への道を開いた外交力は、世界各国の首脳の中でもトップクラスと評価してもいいだろう。
日本のメディアは二人の親密な関係の演出ばかりに目を奪われているが、実はそれ以上に金委員長の手腕で驚嘆すべきことがあった。それは南北首脳会談に自分の身内だけでなく、軍の幹部二人を連れて行ったことだ。先に独裁政権にとって「内敵」をいかにつぶすかが重要なテーマであることは書いたが、金委員長は権力の座を脅かしかねない(脅かそうとしていなくても、将来その可能性が否定できない)重要人物は、肉親ですら粛清したり暗殺したりして排除してきた。あと残るのは「反体制派」である。そして最も怖いのは軍が反対制になることだ。いまのところ軍は金体制に忠実であり、クーデターの心配はないと思われるが、金政権が従来の対韓・対米政策を大きく転換した場合、それまで対韓・対米のためにひもじい思いをしながら戦意を高揚させてきた軍が、一気に不満を爆発させる可能性を金委員長は恐れたのだと思う。だから軍のクーデターを未然に防ぐために、あえて南北融和への道筋を作る南北会談に同行させ、トップ級会談にも同席させて南北融和進展の責任を一緒に負わせることにしたのではないか、と私は推測している。
そこまで周到な金委員長だったが、それでも計算を間違えることもある。対北強硬派のペンス・米副大統領を無能呼ばわりして、トランプ大統領から譲歩を引き出そうとしたことだ。これが、トランプ大統領を一気に硬化させてしまった。
金委員長にしてみれば、韓国の文大統領を引き寄せ、中国の強力なバックを得ることにある程度成功したことで、米朝会談を有利に進めることが出来ると計算したのだろう。その場合、最大の障害になる可能性があったペンス氏の力をそぐことで、米朝交渉を一気に北朝鮮ペースに持ち込もうとしたのだろう。それが裏目に出た。アメリカが今年中間選挙を控えており、トランプ氏が大統領再選を果たすには中間選挙での攻防は極めて重要である。トランプ大統領にとっては、何がなんでも米朝会談を成功させノーベル平和賞の候補になることで、なかなか上向かない支持率を一気に引き上げるために、ある程度譲歩に応じるだろうと読んだのだろう。
実際、その作戦はある程度成功しつつあった。北朝鮮側に「核とICBMの即時完全廃棄」を絶対条件にしていたトランプ氏が、北朝鮮の条件(段階的廃棄)を条件付きで認めることを示唆しだしたからだ。
残る大きな対立点は二つある。
一つはアメリカが(日本も尻馬にのって)「北朝鮮の非核化」を要求しているのに対して、北朝鮮は一貫して「朝鮮半島の非核化」を主張して譲らないことだ。韓国は、日本と同様、核は持っていない。韓国駐留の米軍基地に配備されていた核も、いちおう撤去されたことになっているが、実態は不明だ。北朝鮮は米軍基地にまだ核が配備されていることを疑っているか、あるいは諜報活動によって配備されていることをキャッチしているのかのどちらかだと思う。そう北朝鮮が考えても無理はないと思える要素もある。本当に韓国の米軍基地に核が配備されていないのなら、トランプ大統領も北朝鮮の「朝鮮半島の非核化」に同意しても差し支えないはずなのに、また文大統領も同意しているのに、頑として「朝鮮半島の非核化」には同意しない。やっぱり韓国の米軍基地にはひそかに核が配備されているのか、という疑問を私も持たざるを得ない。
もう一つの懸案は「金体制維持の保証」である。これは米朝交渉の大きな壁として表面化しているわけではないが、私が金委員長だったら、という仮定で論理的に考えてみた。トランプ大統領は「核の完全かつ不可逆的な廃棄」と引き換えに金体制の維持を保証すると主張している。北朝鮮が核を完全に不可逆的に廃棄すれば、本当にアメリカは(ポスト・トランプ後も)金体制の維持を保証してくれるのかという不安を、金委員長が持つのは自然である。私が金委員長だったらアメリカに「金体制維持の不可逆的保証」を、「核の完全かつ不可逆的廃棄」との引き換えに要求する。この問題は、まったく表面化していないが、おそらく水面下では厳しい駆け引きがあるのではないか。
この二つさえ着地点を見いだせれば、米朝会談は間違いなく大成功に終わるし、日本にとっての安全保障上の最大の懸案も一気に解決する。日本には「北朝鮮がICBMを廃棄しても中短距離ミサイルがある以上、日本にとっての安全保障上の問題は解決しない」などとしたり顔で主張する向きもあるが、ミサイルに搭載される核がなければ、ミサイルは爆弾を搭載していない爆撃機と同じ単なる飛行体に過ぎない。むしろ日本が必要以上に北朝鮮や中国の軍事力を安全保障上の脅威と騒ぎ立てて、「戦争が出来る条件を緩和」(集団的自衛権の行使容認のこと)したり、それを口実に自衛隊の攻撃的(防衛的要素を超えた)軍事力を強化すれば、それは直ちに近隣諸国にとっては安全保障上の脅威になり、かえって彼らに軍事力増強の口実を与え、その結果日本の安全保障上の脅威が高まるという非条理が、安倍政権にはまったくわかっていないようだ。
私は前にも書いたが、経済面における安倍外交は高く評価している。日本産業界の営業本部長のごとく世界各国を飛び回り、日本経済の発展に努力してくれていることには感謝すらしている。
が、アメリカべったりの安倍政治外交にははっきり言って疑問を抱いている。少なくとも米朝交渉でアメリカの尻馬に乗ることは、日本の安全保障上も、また拉致問題の解決にとっても百害あって一利がない。日本にとっての安全保障を、アメリカの安全保障より優先するのであれば、「朝鮮半島の非核化」と「金体制維持の不可逆的保証」をアメリカに要求すべきではないか。日本の政府要人からも「いざというとき、アメリカが核の傘で日本を守ってくれるという保証はない」という発言が公然と出ているくらいだ。すでに述べたように、アメリカにとって敵対国や非友好国の人権問題には軍事力の行使もいとわない介入をするアメリカだが、同盟国や友好国の非人道的行為には見て見ぬ振りが出来る国だ。日本の政府要人がいみじくも語ったように、アメリカが自国の国益に反してまでも、日本を核の傘で守ってくれるなどと期待することは大甘だ。アベさんも、アメリカべったりの外交姿勢を示すことで、アメリカの核の傘の威力を高めることを考えているのだろうが、果たしてそれが日本の安全保障にとって最善の道か。
前にも書いたが、第2次世界大戦後、国際間の状況は一変した。かつての、いわゆる「帝国主義」「植民地主義」による他国への侵略行為はまったく不可能になった。かつてだったら、尖閣諸島はとっくに中国によって軍事侵略されていただろうが、そういうことは、いまの世界情勢では不可能だ。オバマ前大統領やトランプ大統領が「尖閣諸島は日米安保条約5条が適用される」と言ってくれてはいるが、そんなのは単なるリップ・サービスでしかない。尖閣諸島が軍事拠点になりうるようなら、中国に侵略されたらアメリカにとって大きな軍事的障害になるから自衛隊と一緒に尖閣諸島防衛に相当の力を注いでくれるだろうが、その可能性は全く考えられず、いちおうリップ・サービスをした手前の程度の協力はしてくれるだろうが、せいぜいそこまでだ。
別に国益最優先は、アメリカだけではない。あらゆる国が国益最優先である。それが間違っているとまでは、私も言わない。
マルクスはかつてこう書いた。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」。この言葉のために、私は学生時代を過ごした。その過去を、私は後悔しているわけではない。むしろ、自らの生き方として、その言葉のために生きた時代を誇りにすら思っている。
ただ現実を考えた時、その言葉のむなしさを涙が出るほど悔しく思うしかない。そして今、私の価値観の大半を占めていることは、自分のためにすることが他人のためになればいいな、自国の国益になることが他国の国益になるような政治になればいいなと、外野席から蟻の歩みほどの貢献でもできたらと考えているだけだ。
そういう視点から、北朝鮮問題について、過去にも何度も書いたが、日本の国益にもなり、かつ北朝鮮の国益にもなり、ひいては世界平和に貢献できればいいではないか、という取り組み方を改めて提案する。
北朝鮮との関係を考える場合、これまでは拉致問題と安全保障という二つの問題が重視されてきた。そのこと自体を否定するわけではないが、同時に解決しようというのは、はっきり言って無理がある。現に、日ロ関係も(旧ソ連時代から)平和条約締結と北方領土問題を同時に解決しようと日本政府は努力してきたが、一歩も前進しなかった。やはり優先順位をつけるというか、一つを解決することで残った問題の解決にも近づけるという考え方が必要なのではないかと、私は思う。
話があまり拡散しても読者が混乱するだろうから、北朝鮮との関係に絞る。私は、たとえアメリカが不愉快になろうと、まず北朝鮮との平和条約締結に向けて最大限の努力を払うべきだと考えている。平和条約を締結して、日本が技術・資本の面で協力して北朝鮮の産業近代化を支援して、友好関係と経済的互恵関係を強めることだ。経済的互恵関係が強まれば、それは双方にとっての最高の抑止力にもなる。
抑止力というと、リベラル志向が強い朝日新聞ですら「相手の軍事力に対抗する軍事力」と解説しているくらいで、「抑止力=軍事力」と思い込んでいる政治家やジャーナリストが大半だが、現代における最大の抑止力は経済的互恵関係の構築と、それによる友好関係の強固化である。戦後、なぜ日米関係が、たびたび経済摩擦を生じながらも強固な友好・同盟関係を長期にわたって築いてこれたのかを考えてみればわかる。アメリカも日本も、もし軍事的に対立するようなことがあったら、双方が自ら自国の国益に反する行動をとることを意味するからだ。
そういう関係をできるだけ多くの国と構築することが、日本にとって最大の抑止力になる。安倍総理が世界中を飛び回って多くの国と経済的互恵関係を構築しようとしていることは、単に日本の産業界の発展のためだけではなく、実は安倍さん自身気付いていないようだが日本の抑止力を高めているのだ。
そのことに安倍さん自身が早く気づいてくれれば、北朝鮮との関係についても、どういう外交方針をとることを最優先すべきかが分かるはずだ。
日本が北朝鮮との間に平和条約を締結して経済支援(技術及び資本)を行って(できれば韓国と足並みを揃えて行うことが望ましい)、北朝鮮の産業近代化が進み、国民生活が向上すれば、日本と北朝鮮との経済的互恵関係が強くなる。
日本は少子化が進み、今後も労働力不足が当分続く。AIが労働力不足を完全に補えるようになるまでにどのくらいの時間がかかるかは私にはわからないが、少なくとも最も近い国である北朝鮮の労働力を日本企業が活用できるようになれば、日本にとっても北朝鮮にとっても大きなプラスになる。そうなれば経済的互恵関係が深まり、両国の友好も強まる。互いに相手の軍事力を脅威に感じる必要もなくなる。そうなったとき、黙っていても拉致問題も解決するだろう。
国益重視の外交とはどうあるべきか、頭を冷やして考えてもらいたい。
トランプ米大統領はこれまでも北朝鮮・金委員長を持ち上げて見たり、罵倒してみたり、主にツィッターで北朝鮮との交渉で様々なブラフを操ってきた。「正直」であることを美徳としてきた日本では、メディアや政治家がこうしたブラフをまともに受け止め、その都度右往左往してきた。
ブラフは通常、言うなら「振り上げたこぶし」である。あるいは日本刀の「鯉口を切ったり、締めたり」といった行為に近い。振り上げたこぶしは、頭上で
振り回して相手を威嚇したり、少し緩めて相手の譲歩を引き出そうとしたりすることで交渉を有利に進めるための駆け引きである。鯉口も切ることで相手を威嚇し、交渉を有利に進めようとする行為だ。
だが、振り上げたこぶしも、鯉口を切る行為も、そこまでがブラフの限界だ。振り上げたこぶしを打ち下ろしてしまったり、刀を抜いてしまったら、ブラフによる交渉は終わりで、「俺に従うか、それとも戦うか」という最後通告、あるいは宣戦布告に代わる。打ち下ろしてしまったこぶしや抜いた刀は、相手が服従しなければ、実際に戦いで決着をつけるしかなくなる。
24日、トランプ大統領が、とうとうブラフの限界を超えた。6月12日にシンガポールで開催を予定していた米朝会談の中止を金委員長に文書で通告したのだ。はたせるかな、いったん北朝鮮はトランプ文書に猛烈に反発したが、25日になって態度を急変させ、トランプ大統領に翻意を「懇願」した。
米朝トップ会談は、もともと北朝鮮側の念願だった。北朝鮮にとっての最大の政治的懸案は金体制の安定と継続である。それを確保するには「内敵」と「外敵」による体制崩壊を未然に防ぐことが最重要な課題となる。「内敵」は国内の政権に目障りな重要人物の粛清や反体制派への弾圧でつぶすこと。これは共産主義体制の国に限らず、アメリカの同盟国でも独裁国家の常套手段である。「アメリカの同盟国でも」と、わざわざ書いたのは、アメリカがしばしば人権問題で他国を非難する場合、アメリカと敵対関係にある国や非友好国(アメリカの同盟国と敵対関係にある国を含む)に限られている。アメリカの友好国の場合は、人権無視の独裁体制でも知らんぷりだ。実際、ベトナムで独裁体制を築き、人権無視の反体制派弾圧を繰り返してきたゴ・ジェンジェム政権を守るために、アメリカは自国兵士の血を大量に流したこともあった(ベトナム戦争)。
ここで私の立ち位置をはっきりさせておく。私は北朝鮮の独裁体制を擁護するつもりなど毛頭ないし、北朝鮮の核やミサイルが日本の安全保障上の問題にならないようにするためには、そしてまた拉致問題の完全解決を実現するには、日本政府はどういう政策をとるべきかを最重要視している。
そのうえで、トランプ大統領の「米朝会談中止決断」を支持し、賛意を示した日本政府は、本当に日本の国益を最優先しているのかという疑問を呈さざるを得ないと考えている。
もし、本当に「ブラフ交渉はもう終わりだ。力で決着をつけよう」というトランプ大統領の最後通告(もっとも、交渉再開の最後のチャンスは与えていたから、宣戦布告にまでは至っていないが)に北朝鮮がそれまで強がっていたように、金体制の存続をかけて「核戦争辞さず」の態度に出る可能性は無視できなかった。日本がかつてアメリカの最終的ブラフの「ハルノート」を最後通告と解釈して無謀な対米戦争に突入したように…。
幸い、金委員長は旧日本陸軍のようにバカではなかった。北朝鮮側のブラフが通用しなくなったと判断して対米交渉の姿勢を大きく転換した。金委員長はまだ若いが、トランプ大統領が評価しているようにかなり頭がいいようだ。そもそも平昌オリンピックを契機に一気に南北融和の機運を作り、文・韓国大統領との首脳会談を実現して南北融和への道を開いた外交力は、世界各国の首脳の中でもトップクラスと評価してもいいだろう。
日本のメディアは二人の親密な関係の演出ばかりに目を奪われているが、実はそれ以上に金委員長の手腕で驚嘆すべきことがあった。それは南北首脳会談に自分の身内だけでなく、軍の幹部二人を連れて行ったことだ。先に独裁政権にとって「内敵」をいかにつぶすかが重要なテーマであることは書いたが、金委員長は権力の座を脅かしかねない(脅かそうとしていなくても、将来その可能性が否定できない)重要人物は、肉親ですら粛清したり暗殺したりして排除してきた。あと残るのは「反体制派」である。そして最も怖いのは軍が反対制になることだ。いまのところ軍は金体制に忠実であり、クーデターの心配はないと思われるが、金政権が従来の対韓・対米政策を大きく転換した場合、それまで対韓・対米のためにひもじい思いをしながら戦意を高揚させてきた軍が、一気に不満を爆発させる可能性を金委員長は恐れたのだと思う。だから軍のクーデターを未然に防ぐために、あえて南北融和への道筋を作る南北会談に同行させ、トップ級会談にも同席させて南北融和進展の責任を一緒に負わせることにしたのではないか、と私は推測している。
そこまで周到な金委員長だったが、それでも計算を間違えることもある。対北強硬派のペンス・米副大統領を無能呼ばわりして、トランプ大統領から譲歩を引き出そうとしたことだ。これが、トランプ大統領を一気に硬化させてしまった。
金委員長にしてみれば、韓国の文大統領を引き寄せ、中国の強力なバックを得ることにある程度成功したことで、米朝会談を有利に進めることが出来ると計算したのだろう。その場合、最大の障害になる可能性があったペンス氏の力をそぐことで、米朝交渉を一気に北朝鮮ペースに持ち込もうとしたのだろう。それが裏目に出た。アメリカが今年中間選挙を控えており、トランプ氏が大統領再選を果たすには中間選挙での攻防は極めて重要である。トランプ大統領にとっては、何がなんでも米朝会談を成功させノーベル平和賞の候補になることで、なかなか上向かない支持率を一気に引き上げるために、ある程度譲歩に応じるだろうと読んだのだろう。
実際、その作戦はある程度成功しつつあった。北朝鮮側に「核とICBMの即時完全廃棄」を絶対条件にしていたトランプ氏が、北朝鮮の条件(段階的廃棄)を条件付きで認めることを示唆しだしたからだ。
残る大きな対立点は二つある。
一つはアメリカが(日本も尻馬にのって)「北朝鮮の非核化」を要求しているのに対して、北朝鮮は一貫して「朝鮮半島の非核化」を主張して譲らないことだ。韓国は、日本と同様、核は持っていない。韓国駐留の米軍基地に配備されていた核も、いちおう撤去されたことになっているが、実態は不明だ。北朝鮮は米軍基地にまだ核が配備されていることを疑っているか、あるいは諜報活動によって配備されていることをキャッチしているのかのどちらかだと思う。そう北朝鮮が考えても無理はないと思える要素もある。本当に韓国の米軍基地に核が配備されていないのなら、トランプ大統領も北朝鮮の「朝鮮半島の非核化」に同意しても差し支えないはずなのに、また文大統領も同意しているのに、頑として「朝鮮半島の非核化」には同意しない。やっぱり韓国の米軍基地にはひそかに核が配備されているのか、という疑問を私も持たざるを得ない。
もう一つの懸案は「金体制維持の保証」である。これは米朝交渉の大きな壁として表面化しているわけではないが、私が金委員長だったら、という仮定で論理的に考えてみた。トランプ大統領は「核の完全かつ不可逆的な廃棄」と引き換えに金体制の維持を保証すると主張している。北朝鮮が核を完全に不可逆的に廃棄すれば、本当にアメリカは(ポスト・トランプ後も)金体制の維持を保証してくれるのかという不安を、金委員長が持つのは自然である。私が金委員長だったらアメリカに「金体制維持の不可逆的保証」を、「核の完全かつ不可逆的廃棄」との引き換えに要求する。この問題は、まったく表面化していないが、おそらく水面下では厳しい駆け引きがあるのではないか。
この二つさえ着地点を見いだせれば、米朝会談は間違いなく大成功に終わるし、日本にとっての安全保障上の最大の懸案も一気に解決する。日本には「北朝鮮がICBMを廃棄しても中短距離ミサイルがある以上、日本にとっての安全保障上の問題は解決しない」などとしたり顔で主張する向きもあるが、ミサイルに搭載される核がなければ、ミサイルは爆弾を搭載していない爆撃機と同じ単なる飛行体に過ぎない。むしろ日本が必要以上に北朝鮮や中国の軍事力を安全保障上の脅威と騒ぎ立てて、「戦争が出来る条件を緩和」(集団的自衛権の行使容認のこと)したり、それを口実に自衛隊の攻撃的(防衛的要素を超えた)軍事力を強化すれば、それは直ちに近隣諸国にとっては安全保障上の脅威になり、かえって彼らに軍事力増強の口実を与え、その結果日本の安全保障上の脅威が高まるという非条理が、安倍政権にはまったくわかっていないようだ。
私は前にも書いたが、経済面における安倍外交は高く評価している。日本産業界の営業本部長のごとく世界各国を飛び回り、日本経済の発展に努力してくれていることには感謝すらしている。
が、アメリカべったりの安倍政治外交にははっきり言って疑問を抱いている。少なくとも米朝交渉でアメリカの尻馬に乗ることは、日本の安全保障上も、また拉致問題の解決にとっても百害あって一利がない。日本にとっての安全保障を、アメリカの安全保障より優先するのであれば、「朝鮮半島の非核化」と「金体制維持の不可逆的保証」をアメリカに要求すべきではないか。日本の政府要人からも「いざというとき、アメリカが核の傘で日本を守ってくれるという保証はない」という発言が公然と出ているくらいだ。すでに述べたように、アメリカにとって敵対国や非友好国の人権問題には軍事力の行使もいとわない介入をするアメリカだが、同盟国や友好国の非人道的行為には見て見ぬ振りが出来る国だ。日本の政府要人がいみじくも語ったように、アメリカが自国の国益に反してまでも、日本を核の傘で守ってくれるなどと期待することは大甘だ。アベさんも、アメリカべったりの外交姿勢を示すことで、アメリカの核の傘の威力を高めることを考えているのだろうが、果たしてそれが日本の安全保障にとって最善の道か。
前にも書いたが、第2次世界大戦後、国際間の状況は一変した。かつての、いわゆる「帝国主義」「植民地主義」による他国への侵略行為はまったく不可能になった。かつてだったら、尖閣諸島はとっくに中国によって軍事侵略されていただろうが、そういうことは、いまの世界情勢では不可能だ。オバマ前大統領やトランプ大統領が「尖閣諸島は日米安保条約5条が適用される」と言ってくれてはいるが、そんなのは単なるリップ・サービスでしかない。尖閣諸島が軍事拠点になりうるようなら、中国に侵略されたらアメリカにとって大きな軍事的障害になるから自衛隊と一緒に尖閣諸島防衛に相当の力を注いでくれるだろうが、その可能性は全く考えられず、いちおうリップ・サービスをした手前の程度の協力はしてくれるだろうが、せいぜいそこまでだ。
別に国益最優先は、アメリカだけではない。あらゆる国が国益最優先である。それが間違っているとまでは、私も言わない。
マルクスはかつてこう書いた。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」。この言葉のために、私は学生時代を過ごした。その過去を、私は後悔しているわけではない。むしろ、自らの生き方として、その言葉のために生きた時代を誇りにすら思っている。
ただ現実を考えた時、その言葉のむなしさを涙が出るほど悔しく思うしかない。そして今、私の価値観の大半を占めていることは、自分のためにすることが他人のためになればいいな、自国の国益になることが他国の国益になるような政治になればいいなと、外野席から蟻の歩みほどの貢献でもできたらと考えているだけだ。
そういう視点から、北朝鮮問題について、過去にも何度も書いたが、日本の国益にもなり、かつ北朝鮮の国益にもなり、ひいては世界平和に貢献できればいいではないか、という取り組み方を改めて提案する。
北朝鮮との関係を考える場合、これまでは拉致問題と安全保障という二つの問題が重視されてきた。そのこと自体を否定するわけではないが、同時に解決しようというのは、はっきり言って無理がある。現に、日ロ関係も(旧ソ連時代から)平和条約締結と北方領土問題を同時に解決しようと日本政府は努力してきたが、一歩も前進しなかった。やはり優先順位をつけるというか、一つを解決することで残った問題の解決にも近づけるという考え方が必要なのではないかと、私は思う。
話があまり拡散しても読者が混乱するだろうから、北朝鮮との関係に絞る。私は、たとえアメリカが不愉快になろうと、まず北朝鮮との平和条約締結に向けて最大限の努力を払うべきだと考えている。平和条約を締結して、日本が技術・資本の面で協力して北朝鮮の産業近代化を支援して、友好関係と経済的互恵関係を強めることだ。経済的互恵関係が強まれば、それは双方にとっての最高の抑止力にもなる。
抑止力というと、リベラル志向が強い朝日新聞ですら「相手の軍事力に対抗する軍事力」と解説しているくらいで、「抑止力=軍事力」と思い込んでいる政治家やジャーナリストが大半だが、現代における最大の抑止力は経済的互恵関係の構築と、それによる友好関係の強固化である。戦後、なぜ日米関係が、たびたび経済摩擦を生じながらも強固な友好・同盟関係を長期にわたって築いてこれたのかを考えてみればわかる。アメリカも日本も、もし軍事的に対立するようなことがあったら、双方が自ら自国の国益に反する行動をとることを意味するからだ。
そういう関係をできるだけ多くの国と構築することが、日本にとって最大の抑止力になる。安倍総理が世界中を飛び回って多くの国と経済的互恵関係を構築しようとしていることは、単に日本の産業界の発展のためだけではなく、実は安倍さん自身気付いていないようだが日本の抑止力を高めているのだ。
そのことに安倍さん自身が早く気づいてくれれば、北朝鮮との関係についても、どういう外交方針をとることを最優先すべきかが分かるはずだ。
日本が北朝鮮との間に平和条約を締結して経済支援(技術及び資本)を行って(できれば韓国と足並みを揃えて行うことが望ましい)、北朝鮮の産業近代化が進み、国民生活が向上すれば、日本と北朝鮮との経済的互恵関係が強くなる。
日本は少子化が進み、今後も労働力不足が当分続く。AIが労働力不足を完全に補えるようになるまでにどのくらいの時間がかかるかは私にはわからないが、少なくとも最も近い国である北朝鮮の労働力を日本企業が活用できるようになれば、日本にとっても北朝鮮にとっても大きなプラスになる。そうなれば経済的互恵関係が深まり、両国の友好も強まる。互いに相手の軍事力を脅威に感じる必要もなくなる。そうなったとき、黙っていても拉致問題も解決するだろう。
国益重視の外交とはどうあるべきか、頭を冷やして考えてもらいたい。