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第322回 裁判でマジックショー

2019-06-07 | エッセイ

 以前、裁判の傍聴は,カラダさえ運べば誰でも簡単にできるもので、私もちょっとした好奇心から離婚裁判を傍聴した話を書きました(第103回 裁判所に行こう(文末にリンクを貼っておきました))。私の場合は、その時限りでしたけど、世の中には「裁判傍聴マニア」とでも呼ぶべき人がいます。その代表例が、「阿蘇山大噴火」というインパクトのある芸名というかペンネームで、傍聴コラムを書いたり、メディアに登場しているこの方です。




 2009年まで、TBSラジオで「ストリーム」という番組があり、多彩なゲストが登場してトークを繰り広げるコーナーが人気でした。好評だったトークを集めたのが「コラムの花道 2007傑作選」(TBSラジオ「ストリーム」編 アスペクト)という本です。

 そこで、阿蘇山氏が披露しているのが、手品の実演ショーが行われたという前代未聞にして抱腹絶倒の裁判話。なにはともあれ、本書によりながら、ご紹介することにします。

 罪名は「貨幣損傷等取締法違反」。起訴の根拠となっている「貨幣・・取締法」は、戦後まもなく制定された随分古い法律です。当時10円銅貨の銅価格が額面以上あったため、溶かして金儲けを企む不心得者を取り締まることを本来の目的としています。

 被告は、マジックショップのオーナー、店長、店員の男3人。ギミックコイン(手品のネタに使うため、削ったり、穴をあけたりした硬貨)を、台湾の業者に発注(3種類の硬貨を各100枚)したものの、日本の税関で発見され、起訴に至ったものです。

 3人の被告人は罪を認めていますが、弁護士の方針は、「これは表現の自由の侵害である」というもの。つまり、マジシャンにとってギミックコインは商売道具であり、それを使うのは、職業上、仕方がないし、表現の自由の範疇だ、という理屈を持ち出しました。そして、ギミックコインを使ったマジックがどんなものかを立証、証言させるために用意した証人が、なんと、日本奇術協会の理事長という大物です。

 弁護人とのやり取りは、ギミックコインを使った手品の歴史から始まります。「石(当時のオカネ)を消すマジックというのはエジプトの壁画に描かれているんですよ」と誰も実証のしようのない事をぬけぬけと答える理事長。なかなかの役者ぶりです。

 その後、ギミックコインを使ったマジックの歴史とその仕掛け、日本での歴史、最近の動向などのやり取りがあって、やおら、弁護士が、「ま、ギミックコインを使った手品ってたくさんあると思うんですけれども、この場で口頭で説明してもらっても分かりづらいですから、実演していただけますでしょうか」と持ち出すのです。

 で、理事長は、「かねて用意の」500円玉を取り出して、実演に及ぼうとするのですが、当然、検察官は「こんな証人尋問は不適切です!聞いたことありません!!」と机をたたいて大抗議に及びます。実演は裁判記録として「文書」に残しようがありませんから、検察官の抗議はもっともではあるんですが・・・
 当事者も傍聴者も固唾を飲んでいると、裁判長から「まっ、裁判所としては、やっていただいてもいいですよ」との一言。怒り心頭、ふてくされる検察官を前に、実演が始まる事になりました。すべて事前の段取り通りなんでしょう、理事長もやる気まんまんです。

 で、手品が始まるのですが、裁判長に向かって証言していた理事長は、何を思ったか、くるっと後を向いて、傍聴席に向かって手品を始めようします。何しろ珍しい裁判ですから、傍聴席は超満員です。理事長もいつものクセで、つい「客席」に向かって演じようとしたんですね。すかさず、弁護士が立ち上がって、「あの、すいません。裁判長の方を向いてやってもらえませんか」

 というわけで、阿蘇山氏を含む傍聴者には見えませんでしたが、500円玉が10円玉にすり替わるという手品の実演が成功したようで、裁判長も思わず「うお~っ!すげえ!!」

 人類の歴史とともにあるギミックコインを使った手品の歴史、そして、それが人々を驚かせ、感動させる”罪のない”ものであるかの立証に、弁護士は成功したようです。

 検察も意地になってだか、ムキになってだか、オーナーに懲役8か月、店長と店員に同6か月と重めの求刑をしました。で、判決の刑期は、求刑通りでしたが、いずれも執行猶予3年が付いたごく妥当なもの。古色蒼然たる法律で、マジック業界を狙い撃ちにしたような微罪の取り締まりに狂奔する前に、検察もやるべきことが他にあるんじゃないの・・・そんな声が聞こえてきそうな裁判の顛末でした。

 冒頭でご紹介した記事(第103回 裁判所へ行こう)へのリンクは<こちら>です。

 いかがでしたか?次回をお楽しみに。

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