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第559回 一言で効く殺し文句の研究

2024-01-19 | エッセイ
 作家・阿刀田高さんのエッセイには、お仕事柄、言葉にまつわる話題が多いので、かねてから愛読しています。今回は「殺し文句の研究」(新潮文庫)がネタ元です。「殺し文句」なんていうと、もっぱら恋愛関係用で、今時はちょっと古臭い感じもします。でも、いろんな場面、シチュエーションで使えそうな例が盛りだくさんです。中から、使い勝手が良さそうなものを選んでみました。存分にお楽しみください。

★顔がきらいだ★
 いきなりインパクトのある「殺し文句」の登場です。
 三島由紀夫は、太宰治に対して、猛烈な嫌悪感を持っていました。(三島(左)と太宰)

 その理由を、三島はエッセイで「第一私はこの人の顔がきらいだ。第二にこの人の田舎者のハイカラ趣味がきらいだ。第三にこの人が自分に適しない役を演じたのがきらいだ。女と心中したりする小説家は、もう少し厳粛な風貌をしていなければならない」(同書から)と書いている、といいます。よほど嫌いだったのでしょうね。第二、第三のそれらしい理由も付け足しているのですが、「顔がきらいだ」と、いきなり理屈抜きで言われれば、引き下がるしかありません。
 著者の家に、さる政党の機関紙販売員がやってきて、しつこく勧誘されました。とにかくいらないと断る氏に「どうしてか」と尋ねられたので、「おたくの党首の顔がきらいだ」と言い放って、お引き取り願ったそう。おススメは出来ませんが、時と場合により、使える「殺し文句」かも。

★見合いは今だけだ★
 今の若い人たちの結婚のきっかけは、「見合い」と「恋愛」のどちらが主流なのでしょう。最近は、「ネット」という選択肢も入ってきているようです。私たち団塊世代が若い頃は、「恋愛」に憧れながらも、やむをえず「見合い」というのが、多かった気がします。
 著者も若い頃、先輩から見合いを勧められました。あまり乗り気でないのを見て、先輩が言いました。「恋愛なんてものは結婚してからでもできるけど、見合いは今だけだ。」(同)
 ちょっとアブないセリフですけど、氏が見合いを奨(すす)める時には、ちゃっかり借用していとのこと。奥様とのきっかけは、見合いでも、恋愛でもなく「ほかにもう一つ「なれあい」ってのもあるんだよな」と答えている」(同)とはぐらかされました。

★その質問にお答えする前に★
 政治家諸氏がご愛用のセリフです。政党の代表者や幹事長クラスが集まっての討論会や、一対一のインタビューでは、ホンネを聞き出さなくてはなりません。ですから、質問者はイエスかノーかで答えるべき問いを発することがよくあります。
 それに乗っかって、白黒はっきりした物言いをするようでは、政治家としては失格なんですね。「その質問にお答えする前に」との前フリで、一見関連ありそうだけど、別の問題を俎上に乗せて、さっきの質問はウヤムヤにする、という手です。う~む、姑息、逃げ腰、場当たり的・・・そんな言葉が浮かんできました。

★海軍の兵士はニューヨーク市民より安全です★
 かつて、合衆国の海軍が兵士募集の広告を出したことがあり、その時のキャッチコピーだというのです。
 根拠はこうです。当時、ニューヨーク市民の死亡率は、1000人につき16人でした。それに対して、対スペイン戦争(1898年)の時の海軍の兵士の死亡率は、1000人に対して9人でした。昨今のニューヨークはともかく、当時、ニューヨク市民であることに危険を感じた人はいなかったでしょう。海軍はそのニューヨークよりも死亡率が低いのですから、安心して応募して下さい、というわけです。
 もちろん、ここには統計上のゴマカシがあります。ニューヨーク市民の死亡率は、乳幼児や高齢者、病気の人たちも含んだ上での計算です。一方、海軍の方は屈強な若者たちで占められています。もともと比較に無理があります。あやうく、文字通りの「殺し文句」になるところでした。

★三善、四善、五善、六善・・・★
 著者には一つだけ自作の主義主張めいたものがあるといいます。やや照れながら紹介しているのが、この項目タイトルです。最善を尽くすのをモットーにする、でも、それがだめなら次善の策で、というのはよくあります。氏の場合、筆が思うように進まない場合であっても、さらにその先、三善、四善などの作品作りへの努力をぎりぎりまで惜しまない、という立派な殺し文句です。現状に妥協しがちになる自身への「殺し文句」とも言えます。私もシロートながら、ブログを書く身として、この「殺し文句」を肝に銘じました。

 いかがでしたか?イザという時、役立ちそうな(?)「殺し文句」があれば幸いです。それでは次回をお楽しみに。