★★★ 芦坊の書きたい放題 ★★★

   
           毎週金曜日更新

第554回 椎名誠のオバケ話

2023-12-15 | エッセイ
 「オバケとか幽霊の存在を信じますか?」と訊かれたら、私の答えは「う~ん、会ったことはないですけど、「いる」かもしれませんねぇ。関心はあります。」となります。
 世界、日本のあらゆるところを旅してきた作家・椎名誠のエッセイ「旅先のオバケ」(集英社文庫)を読んで、久しぶりに「世の中、不思議なことがあるもんやなぁ」心が刺激されました。オバケや怪異現象の体験だけを集めているのではありません。でも、私が興味引かれるのは、そのテの話ですので、椎名自身のオバケ話を2つと、旅に同行した知人のそれ1つをお届けします。どうぞコワゴワお楽しみください。

 まずは「ぼくの体験した例でもっともすごかったのはロシアのニジニ・ノヴゴロドという古い街のホテルだった。」(同書から)という椎名の体験談です。夜の街並みです。

 訪れたのは、気温がマイナス30度にもなろうかという厳寒の季節です。粗末な食事をウオッカで流し込んで、すんなり眠りにつきました。幸福な眠りは夜更けにいきなり破られました。すさまじい騒音に叩き起こされたのです。まるで工事が始まったかのようなものすごい騒音です。
「何かドリルのようなもので壁にギリギリ穴をあけているような音がする。ハンマーでがしんがしんと壁を叩きつけるような音。何かが投げられ、それが壁に飛んできたような音。」(同)
 監視役としてついていたKGBの係官からは、夜はどんなことがあっても部屋から出ないようにいわれていましたから、椎名は部屋の壁に斧を打ち付けて対抗します。しかし、騒音は収まらず、結局、ちょっとまどろんだ程度で辛い朝を迎えました。
 一体、どんな連中が騒いでいたのか確かめるべく、翌朝、部屋を出た椎名は衝撃を受けます。隣に部屋などなく、レンガとコンクリートでできた陰気な下り階段があるだけだったのです。
 朝食の席で、昨夜の騒動のことをKGBの係官に話すと、返ってきたのは、「それはラッキーだったね」という言葉。そしてこう続けました。「典型的なポルターガイスト(騒音を立てる幽霊)さ。この街はそれが出るので有名で、それを体験したくてあちこちの過去に出てきたという噂のあるホテルを探している連中がけっこういるくらいだ。君は、それを一晩で体験したんだよ」(同)
 彼の言ってることを理解するのに少し時間がかかった、と椎名は書いています。こんな体験をラッキーだといわれても、そりゃ戸惑いますね。

 さて、次なる舞台は、シングルモルトウィスキーで有名なスコットランドのアイラ島。こちらは有名な「ラフロイグ』の蒸留所です。

 カメラマンと取材で訪れた椎名は、一日早くホテル入りしていたカメラマンから、前夜のこんな体験を聞かされます。
 夜中にいきなり起きるなどいうのを経験したことのない彼が、夜更けに息苦しくなって、目がさめました。体は動かず、どんどん息苦しくなってきます。ツインの部屋でしたから、なんとか動かせる目で、隣の空きベッドを見て、恐怖が走りました。
「なんとその一部がゆっくり沈んでいくのが見えたのだという。ひとりでにシーツの「ある部分」だけが沈んでいくのだ。やがてそれは「ある部分」だけでなく、ベッド全体に連動したものであることに気がついてきた。しだいにそれはヘコミだけである明確な形になっているのがわかってきた。はっきり人間があおむけに寝ている形になってきているのだーーという。」(同)
 なんとか体は動くようになり、枕元の読書灯をつけることはできました。しかし、しばらく動悸が止まらなかったといいます。目には見えないけれど、こんな形でその存在をありありと示すーーそんなオバケも「いる」のですね。

 最後は、椎名の日本での体験です。山口県の牛島(うしま)という小さな島を、土着の祭り取材の一環で訪れました。同行メンバーとの麻雀をひとり早めに切り上げた椎名は、部屋ですぐ眠りに落ちました。すると、夜中になんの前触れもなく目が覚めたのです。隣室でも麻雀は続いていますが、布団の裾のほうになんだか違和感を感じます。
 最初は、犬が布団の裾の匂いをかいでいるように思えました。「でも、目をこらすと、それは犬ではなく人間だった。しかもひどく小さい人間だった。犬ぐらいの大きさでハダカだった。」(同)
 追い払おうとした腕は空を切り、吐き気を催しましたが、吐けなかったといいます。なんともユニークなオバケとの遭遇で、不謹慎ながら、ちょっと頬が緩みました。

 オバケなんて幻想か、幻聴だ、と言い切る人もいます。でも、私は本書のオバケ話を堪能し、「いるかもしれない」度が10ポイントほどアップしました。
 皆様はいかがでしたか?それでは、次回をお楽しみに。