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第435回 アーミッシュという生き方〈旧サイトから〉

2021-08-20 | エッセイ

 <旧サイトから>の第6弾になります。
 18世紀以降の文明を一切拒否するなど独特の教義を信奉する「アーミッシュ」と呼ばれる人々の生き方を取り上げました。
 現代社会では、ある意味で不便で、厳しい生活を強いられますから、若い世代に、この教義に生きるか、棄てるかの選択機会を与える仕組みがあります。また、やむを得ない事情で信仰を捨てる人々の苦悩が大きいこともテレビのドキュエンタリーで知りました。重いテーマですが、真摯に向き合っていただければ幸いです。
 
★ ★以下、本文です★ ★
 アーミッシュというのは、アメリカに23万人の信者がいるといわれるキリスト教の一派です。
 17世紀の終わりに、スイスで生まれたキリスト教の一派で、徹底した非暴力主義、一切の傲慢の排除、神への謙遜と服従などが教義の柱です。ローマン・カトリックにも、国家にも従わなかったため、迫害を受け、信仰の自由を求めてアメリカに移民してきました。ペンシルバニア州を中心に、居住区での農業による自給自足の生活を送っています。アメリカでは、1980年代頃から、比較的知られた存在です。

 2006年10月、居住区の学校に、ショットガンを持った男が乱入し、5人の少女を射殺、多くに重傷を負わせた挙句、犯人は自殺するという痛ましい事件が起こりました。
 生存者によると、縛られた少女のひとりは、「他の子のかわりに、私を撃って」と申し出たと伝えられます。また、遺族の親たちが「私たちは犯人を許す」とコメントしたことも、当時、話題となりました。理屈だけでない強固な宗教的信念を持った人たちです。

 教義の思想は、日常生活のあらゆる面に及びます。
 18世紀以降の文明を一切拒否していますので、居住区内には、電気、電話、自動車などはありません。移動手段は、ご覧のような黒い箱形の馬車だけです。

 テレビ、ラジオ、ネットはもちろん、聖歌以外の歌も禁止され、男女とも、17世紀の農民の服を着用します。服のボタンも、虚飾なので禁止、許されるのはホックだけ、という徹底ぶりです。言葉もドイツ語が基本です。英語を話すアーミッシュの人たちは、「イングリッシュ」と呼ばれ、軽蔑されます。

 文明に毒された(?)我々から見れば、あまりにも厳しいアーミッシュの人々の生き方は、若い世代にどう受け入れられ、どう受け継がれていくのでしょうか?
 実は、「ラムシュプリンガ」という興味深い仕組みがあります。

 アーミッシュは、男女とも16歳になると、居住区の外にアパートを借りて、一定期間(この期間を「ラムシュプリンガ」と呼び、数年に及ぶようです)共同生活をします。そして、なんとそこでは、セックス、ドラッグ、ロックミュージックなど、世間一般の若者なら誰でもやっているか、やりたいことが何でも許されます。

 さて、その期間が終わった若者の選択肢は2つ。もとのアーミッシュに戻って、厳しい戒律の生活に戻るか、それとも、アーミッシュを棄てるかです。望んでアーミッシュの家に生まれたわけではない子供たちに、一生に一度だけ選択のチャンスを与える、そして、アーミッシュに戻るにしても、思い切りハメを外す事でのガス抜き、(不謹慎ながら)そんな狙いも見えてくる気がします。

 もとのアーミッシュに戻るのは、どれくらいの比率だとお思いですか?
 以前読んだ本によると、なんと9割だというのです。子供の頃からしみ込んできたアーミッシュの信仰、価値観を棄てるのは、相当難しいようです。

 一方で、アーミッシュを棄てるというのも厳しい決断だろうと想像できます。親、兄弟などとの関係を一切断ち切って、独立独歩、自分の才覚だけで生きていかねばなりません。「ラムシュプリンガ」での一時的快楽だけに溺れて、安易に結論を出せるような問題ではないのです。

 中には、家族ぐるみで、やむを得ざる事情により、アーミッシュを棄てるケースもあります。
 だいぶ前に、アメリカのドキュメンタリーで見たのは、こんなケースです。
 遺伝性の病気(閉鎖的な集団なので、近親婚が多く、遺伝性の病気を抱えた子供の比率が高いことが以前から指摘されています)の子供を抱えた両親が、子供に最新の治療を受けさせることを決断します。
 治療それ自体も許されない上に、通院のためには、自動車の利用も不可欠であり、アーミッシュを棄てざるを得ないというというのが両親の選択です。
 子供のためとはいえ、まったく新たな世界に踏み出さす両親の不安、苦悩の大きさが、ひしひしと伝わってきました。
 日々、安逸な生活を送っている私などには、想像もつかない重い決断に粛然とさせられたことを思い出します。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。