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第308回 職人好き

2019-03-01 | エッセイ

 小さい頃は、大工や左官といわれる人たちが身近な存在で、その巧みな手技(てわざ)に敬意を抱いていました。
 オトナになってからは、アートの分野で、工芸家と呼ばれる方々の精緻な仕事ぶり、職人的こだわりに興味を魅かれています。

 工芸品(漆、木工、金工、陶器、織物など分野は多岐に亘ります)とか工芸家というのは、美術番組で時々取り上げられるテーマです。作品そのものにも魅かれますが、その制作過程が紹介されたり、かつての名工達の超絶技巧を、現代の名工が再現する場面には特に目を奪われます。
「近いものはできましたけど、ホンモノにはとても及びません」
「どうしたらここまで出来るんでしょう?」
 そんな現代の工芸家、職人さんたちの言葉を聞いて、作品の凄さを思い知ると同時に、私も一緒にため息を漏らしています。

 そんな根っからの「職人好き」ですので、ドイツ文学者池内紀(いけうち・おさむ)さんの「ドイツ職人紀行」(東京堂出版)に自然に手が伸びました。
 職人といえばドイツ。いろんな職種に、マイスター制度(高等職業能力資格制度)が残っている国で、伝統と技が脈々と受け継がれています。そんな国で、さまざまな(広い意味での)職人さんたちと触れ合った記録です。

 取り上げられるのは35の仕事。時計師、眼鏡師、靴匠など、いかにも「職人」という仕事も取り上げられますが、古書肆(こしょし)、書店のほか、弁護士、公証人など、いわば、「その道のプロ」と呼ばれる人たちも登場します。

 例えば、精肉業(日本でいえばお肉屋さんですが)での、いかにもプロ、そしてドイツ的なこだわりぶりが興味深いです。

 「ドイツでは精肉店へ肉を買いにいっても、ななかな肉にたどりつけない。」とあります。

 まず、どのような料理に使うのか、どこの肉を、どれだけと告げて、初めて店主の了解が得られ、その上で、店主からいくつかの案が示される、という手順です。
 部位だけでも、肩、胸、腹、腰、脚など細かく分かれてますから、客の方にも、提示された案から選んで決めるだけの知識が要求されるというわけです。「肉のプロ」たる店主からは、牛肉買うのも、ひと苦労です。
 いや~、知りませんでした。日本なら、「フィレ」「サーロイン」「ももブロック」くらいの区分で、パックされたのを買うだけですから。

 さて、「西洋職人づくし」(1970年 岩崎美術社)という本が、本書の中で、たびたび引用、言及されるので、気になって、ネットで取り寄せました。

 元になっている本がドイツで出版されたのは、1568年なので、日本だと、江戸時代より前、安土桃山時代です。紹介されるのは、114の仕事。それぞれに、ヨースト・アマンによる木版画と、ハンス・ザックスによる八行詩が付いています。

 読んでみて驚くことがあります。

 まずは、そんな古い時代のことなのに、現代でも十分に仕事の中味が理解でき、個人の手を離れているにしても、日常生活、社会生活に必要なものの作り手がほとんどだということです。
 活版師、印刷師、製本師など印刷、製本に関わる仕事が8つというのが、目を引きます。また、鉄砲鍛冶、甲冑師、銃床つくり、よろい師、弓師など武ばった仕事が多いのも、時代背景を感じさせます。
 なかには、「守銭奴」「大食い」なんてのも取り上げられてて、ユーモラス。

 もうひとつは、冒頭で取り上げられている「職人」。なんと「教皇」なんですね。「神に仕えるお仕事」だとは思うのですが、こんな木版画に、八行詩が付いています。



 この世のありとあらゆる
 心を握るのが このわしじゃ
 地上には 異端・異教がむらだち
 これらすべてを いたるところで
 聖なる神のことばをもって
 力のかぎり根だやすのが わしじゃ
 かくて、キリスト教世界すみずみまで
 信仰一致の平和がつづく

 「教皇」に続けて、「枢機卿」などの聖職が4つ、「皇帝」「国王」なんかも取り上げられてるのが面白いです。原題が「職業の書(Standebuch)」なので、構わないとは思うのですが、作り手の批判精神というか、揶揄(やゆ)精神を感じます。

 いかがでしたか?次回をお楽しみに。