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第289回 脳のパフォーマンスを決めるもの

2018-10-12 | エッセイ

 自分自身そのものでありながら、広大無辺にして不可解な存在である「脳」。

 医学、解剖学、神経学、心理学、精神分析などなど多くの科学的アプローチがなされています。脳研究者の池谷裕二(いけがや・ゆうじ)氏の場合は、ヒトの振る舞いや言動を、さまざまな実験を通じて分析し、脳の働きや機能を実証的に解明しようという手法を得意とされているようです。

 その成果は、「脳には妙なクセがある」(扶桑社のち扶桑社新書)、「進化しすぎた脳」(旭出版者のち講談社ブルーバックス)など、幾多の啓蒙書として結実しています。私もいくつか目にしていますが、門外漢にも十分楽しめる刺激的な実験、検証に溢れています。

 さて、「街場の読書論」(内田樹 潮新書)を読んでいたら、池谷氏の講演会のことに触れていました。氏の研究手法の一端を知ってもらうのに格好の話題だと考え、ご紹介することにします。池谷氏の画像をご本人のホームページから拝借しました。



 講演会で取り上げられたのは、スワヒリ語の単語40語を学習して、あとでそれを覚えたかどうかテストする、という単純な実験です。ただし、4グループに分けて、違うやり方をします。

 第1のグループは、テストをして、1つでも間違いがあれば、40単語全部を学習し、40単語全部についてテストをします。全部正解するまで続けるいちばん「まじめ」なグループです。

 第2のグループは、間違いがあれば、間違った単語だけ学習し、40単語全部についてテストします。

 第3のグループは、間違いがあれば、40単語全部を学習し、間違った単語についてだけテストします。

 第4のグループは、間違いがあれば、間違った単語だけ学習し、間違った単語についてだけテストします。いちばんの「手抜き」グループです。

 全問正解に至るまでの時間は4グループに有意な差はありませんでした。「まじめ」にやっても、「手抜き」でも結果は同じでした。

 ところが、数週間あいだを置いて、もう一度テストをしたら、劇的な差がつきました。「まじめ」グループの正解率は81%、「手抜き」グループのそれは36%。まあ、これは予想通りといっていいでしょう。
 問題は、第2と第3のグループです。やり方は大して違わないようですが、果たしてどんな結果だったでしょうか?

 第2グループの正解率は、81%(「真面目」グループと同じ)、そして、第3グループのそれは36%(「手抜き」グループと同じ)だったというのです。この違いをもたらしたものは何か?
池谷氏の説明では、脳への入力と出力の関係だというのです。

 単語を学習・記憶することは、脳への「入力」です。そして、この実験の場合、テストを受けるのは、記憶した知識を「出力」することになります。第1と第2のグループは、40単語全部についてテストしています。つまり、「出力」に「真面目に」取り組んだグループです。その結果、脳のパフォーマンス(働き、記憶保持力、賢さ)が向上した、というのが池谷氏の説明です。私流に平たく言えば、「知識は、貯めただけじゃアカン。使うて(出力して)なんぼ」ということなんですね。

 私も小学校以来、いやというほどテストを「受けさせられて」きましたが、知識を身につける「方法」としては、それなりに合理性があったんですね。点数至上主義に陥ったり、学業以外の評価に使ったりするから、なにかと問題になるだけで。

 余談ながら、内田氏の批判の矛先が、入力過剰で出力過少な学者どもへ向かうのが笑えます。「そのわずかばかりの出力を「私はいかに大量の入力をしたか」「自分がいかに賢いか」ということを誇示するためにほぼ排他的に用いる傾向にある」(同書から)

 それはさておき、私自身のことを考えてみても、寄せ集めの知識を当ブログの記事にする、という形で「出力」しています。また、いつものお店で、親しい方といろんな話題を交わして、「入力」と「出力」に励んでいます。
 う~ん、脳のパフォーマンスが向上したって実感はあまりないんですけど、悪いことじゃないようなので、続けていこうと思います。
 愛読者の皆様、そして、お店でご一緒する皆様、私の入力、出力に(ご迷惑でしょうが)引き続きお付き合いください。

 それでは、次回をお楽しみに。